アルカリ性の水に溶けたCO2をエネルギー物質に転換 ー炭素循環を実現する炭酸ガス回収・利用技術として期待ー
1.概要
東京都立大学大学院都市環境科学研究科の野本晃汰(大学院生)、岡崎琢也特任准教授、別府孝介助教、宍戸哲也教授、天野史章教授らは、アルカリ性の水に溶けた二酸化炭素(CO2)である炭酸水素イオンを高効率でギ酸イオンに変換できる革新的な電極触媒反応技術を開発しました。生成されるギ酸[1]は、最小のカルボン酸であり、カーボンニュートラル[2](炭素循環社会)を実現するためのエネルギー貯蔵物質として期待されています。
カーボンリサイクル(CO2の回収・資源化)は、温室効果ガスであるCO2を集めて高付加価値化合物に変換する技術であり、炭素循環社会の構築に不可欠です。電気化学反応(電解反応[3])は、再生可能エネルギーを活用し、常温・常圧条件でCO2の還元反応を促進できますが、大気や排ガス中からCO2を分離・回収する際のエネルギー損失が大きい課題がありました。また、ガス供給型の電解反応装置ではCO2の利用効率が低いという隠れた課題もありました。
今回、東京都立大学の研究グループは、もともとは電気化学的に不活性な炭酸水素カリウム水溶液を原料としながら、300 mA/cm2の高電流密度において85%という世界最高のファラデー効率[4](電流効率)でギ酸イオンを合成することに成功しました。この成果は、燃焼排気に含まれるCO2をアルカリ性の水酸化カリウム水溶液で捕捉し、得られた炭酸水素イオンから直接的にエネルギー資源を合成できるだけでなく、回収したCO2の利用効率を大幅に改善できる革新的な反応制御技術です。グリーントランスフォーメーション(GX)[5]による脱炭素社会の実現に向け、社会実装を目指した研究を展開いたします。
本研究成果は、2024年8月30日 (英国時間)付けで英国王立化学会(The Royal Society of Chemistry)が発行するオープンアクセスジャーナル「EES Catalysis」でオンライン公開されました。
2.ポイント
・排ガス中のCO2を捕捉した水溶液をそのまま有用化学品に変換する革新的な電解反応プロセス
・炭酸水素塩水溶液からのギ酸イオンの合成における世界最高の選択性および部分電流密度
・溶解したCO2を反応器の内部で発生させ、高い利用効率で資源に変換するための電極触媒反応場
3.研究の背景
ネガティブエミッション[6]および再生可能エネルギー活用の観点から、Direct Air Capture(DAC)[7]、及び回収CO2の電解還元による燃料や化学品の生産が注目されています。しかし、分離・回収したCO2を化学反応の原料として使うには、精製や圧縮も含めた多段階の工程が必要であり、多くのエネルギーが必要でした。また、気体のCO2をガス拡散性電極に供給する従来型の電解反応装置では、CO2の利用効率が低く、供給した純ガスの多くは未反応のまま失われてしまいます。このように、CO2回収ガスの資源化に関する既往の研究では、エネルギーの浪費が大きな課題でした。
これに対する新しいアプローチとして、アルカリ性の水溶液で捕捉したCO2を直接利用して資源化を行うReactive CO2 Capture(RCC)[8]技術が提案されています。酸性のCO2はアルカリ性の水酸化カリウム水溶液に容易に溶けます。この水に溶解した炭酸水素イオンを直接的に電解反応に用いることができれば、CO2の分離・回収工程に要するエネルギーを大幅に削減できます。炭酸水素カリウム(KHCO3)水溶液を原料として供給する電解反応装置では、高分子電解質膜の近傍で炭酸水素イオンがプロトンと中和反応(HCO3− + H+ → CO2 + H2O)することによって、反応装置の内部でCO2の気泡が発生します。発生したCO2は電極触媒による活性化が可能であり、ギ酸への還元反応(CO2 + 2H+ + 2e− → HCOOH)を進行させることができます。しかしながら、これまでの水溶液供給型の電解反応装置では、ギ酸を生成するためのファラデー効率が最大でも約60%にとどまっていました。これは、内部発生したCO2の還元反応に競合して、水素発生反応(2H+ + 2e− → H2)が起こってしまうことが原因でした。ギ酸への転換反応のファラデー効率を向上させるには水素の発生を抑制する必要があります。しかし、原料となる炭酸水素イオン自体が水素発生反応を誘発するプロトン供与体となる可能性も指摘されており、困難と考える意見もありました。したがって、炭酸水素塩水溶液を供給する電解反応装置において、ギ酸などの還元生成物を選択に合成するための戦略は明らかになっていませんでした。
4.研究の詳細
東京都立大学の研究グループでは、CO2還元反応用の電極(カソード)近傍におけるプロトン濃度を低減するとともに、内部で発生したCO2の分圧を増大させることによって、ギ酸合成の選択性を向上できるのではないかと考えました。この作業仮説を実証するため、プロトンを輸送する高分子電解質膜とCO2還元用カソードを、親水性の多孔質膜で隔てた構造の電解反応装置を開発しました(図1)。
図1 炭酸水素イオン水溶液からギ酸イオンを合成するための電解反応装置
水を分解して酸素を発生するための電極(アノード)には酸化イリジウム触媒を、CO2をギ酸に還元するためのカソードにはビスマス触媒を用いました。高分子電解質膜にはプロトン交換膜を使用し、アノードで生成したプロトンをカソードに輸送させます。このプロトン交換膜とカソードとの間に親水性の多孔質膜を設置し、ここにカソード側から濃度3.0 mol L−1のKHCO3水溶液を供給しました。アノードから高分子電解質膜を経由して供給されるプロトンが、親水性の多孔質膜の内部で炭酸水素イオンによって中和されてプロトン濃度が低減し、それと同時にCO2ガスの発生反応が促進され、生成したCO2は微細な気泡としてビスマス触媒上に移動すると考えられます。親水性の多孔質膜としてセルロース混合エステルを用いたところ、電流密度100 mA cm−2においてギ酸生成のファラデー効率が91%に達することがわかりました(図2)。このファラデー効率は、KHCO3水溶液を原料とするギ酸イオンの電解合成のなかでの世界最高性能です。また、反応を駆動させるための全セル電圧は3.1 Vであり、既報と比べて低く、電解反応が高効率で進行していることがわかりました。電極触媒反応場の合理的な設計によって、水溶液を原料とした場合であっても効率よくギ酸イオンが生成したことから、触媒の固体表面に電解液及び内部発生したCO2ガスが近接した三相界面が形成されていることが示唆されました。
図2 電流密度100 mA cm−2におけるギ酸生成のファラデー効率と駆動電圧(既報との比較)
さらに高電流密度での反応を検討したところ、300 mA cm−2においてもギ酸生成のファラデー効率は85%を維持し、250 mA cm−2を超える部分電流密度で高速にギ酸イオンを合成できることがわかりました(図3)。高電流密度における高いファラデー効率は、KHCO3水溶液からのギ酸合成における既報を凌駕するものであり、本手法の革新性が示されました。
図3 電流密度300 mA cm−2におけるギ酸生成のファラデー効率(既報との比較)
また、本電解装置におけるCO2の利用効率は89%と高く、反応装置の内部で発生したCO2のほとんどはギ酸へと変化しています。このCO2利用効率は、既往のガス供給型電解装置の値(通常は10%以下)を大きく上回ります。また、少なくとも30時間以上の長期にわたって安定してギ酸イオンを合成することが可能でした。未反応の炭酸水素イオンは、繰り返しの反応に用いることが可能であり、炭酸水素イオンの消費に伴って単調にギ酸イオンの濃度が上昇していくことがわかりました。CO2ガスを通気させた3.0 mol L−1のKHCO3水溶液を40時間にわたって電解したところ、ほぼ全ての炭酸水素イオンをギ酸イオン水溶液に変換することに成功しました。ここから水分を取り除くことによって、KHCO3を含まないギ酸カリウム(HCOOK)の結晶を得ることができます(図4)。ギ酸塩の結晶は、固体のエネルギー物質として、大容量かつ長期のエネルギー貯蔵及び長距離のエネルギー輸送に利用できると期待されます。
図4 KHCO3水溶液を原料として電解合成したHCOOKの結晶
5.研究の意義と波及効果
本成果は、再生可能エネルギー由来の電力を用いて大気中のCO2をエネルギー物質へと変換するRCC技術として、温室効果ガスの削減を目指すネガティブエミッションの達成に貢献します。また、合成されたギ酸塩はエネルギー物質として直接形燃料電池や水素キャリアに活用できるため、GXによる脱炭素社会の実現に繋がると期待されます。革新的なCO2資源化技術としてのさらなる高性能化を目指すとともに、産学連携での共同研究に取り組むことで段階的に研究開発の規模を拡大し、2050年カーボンニュートラルの実現に向けた実用化を目指します。
6.特記事項
本研究成果は、2024年8月30日(英国時間)付けで英国王立化学会が発行する学術雑誌「EES Catalysis」でオンライン公開されました。「EES Catalysis」は、エネルギー科学分野の主要雑誌であるEnergy & Environmental Scienceの姉妹紙であり、触媒に関する研究を特集するものです。
<タイトル> “Highly Selective Formate Formation via Bicarbonate Conversions”
<著者名> Kohta Nomoto, Takuya Okazaki, Kosuke Beppu, Tetsuya Shishido, Fumiaki Amano*
<雑誌名> EES Catalysis
<DOI> https://doi.org/10.1039/D4EY00122B
本研究は、東京都立大学及び東京都による「カーボンニュートラルの実現に向けた取組」の支援により行われました。また、本発明は2024年5月21日に特許出願いたしました。
<タイトル> 電解セル及びそれを用いた化合物の製造方法
<特許出願番号> 特願2024-82719
7.補足説明
[1]ギ酸:炭素数が1個のカルボン酸であり、防腐剤、抗菌剤、還元剤、化学原料などの用途がある。常温で液体であり、重量水素密度(53 g/L)が高いことから水素の貯蔵体として機能する。直接形ギ酸燃料電池の燃料としての用途も検討されており、運搬可能なエネルギー貯蔵体(エネルギーキャリア)になる。
[2]カーボンニュートラル:温室効果ガスであるCO2の排出量と吸収量を均衡させ、全体としての排出量をゼロに抑えること。脱炭素化とも呼ばれ、日本は2020年に2050年のカーボンニュートラルを目指すことを宣言した。ゼロ以上に削減することを「ネガティブエミッション」と呼ぶ。
[3] 電解反応:電解質(イオン)で繋がれた電極間に電圧を印加することで、それぞれの電極で酸化反応と還元反応を起こし、化合物を分解または生成する電気化学反応のこと。酸化反応が起こる電極をアノード、還元反応が起こる電極をカソードと呼ぶ。
[4]ファラデー効率:全電流に対する各生成物に寄与した部分電流の割合であり、ここではCO2を目的生成物に変換する際の電子の利用効率を意味している。電流効率とも呼ばれ、電気化学反応における選択性に相当する。
[5]グリーントランスフォーメーション(GX):脱炭素社会の実現に向けて、化石資源に依存する産業構造から、環境にやさしい再生可能エネルギーの利用(太陽光発電や風力発電など)に転換していく取り組み。
[6]ネガティブエミッション:CO2の排出量を削減するだけでなく、正味としての排出量をマイナスとし、大気中のCO2の削減を目指す技術。光合成で生産されたバイオマスの利用やCO2の回収・貯留の他、再生可能エネルギー由来の電解反応等によるCO2資源化技術の開発が期待されている。
[7]Direct Air Capture(DAC):吸収や吸着現象を利用して大気中の低濃度CO2(約400 ppm)を捕捉し、高濃度のCO2として分離・回収する技術。
[8]Reactive CO2 Capture(RCC):化学吸収液を用いて大気や排ガス中のCO2を捕捉回収し、そのCO2を直接次の化学反応に利用するプロセス。CO2の捕捉とその後の変換を一体化することで、高効率化やコスト低減を目指している。
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