ハイエントロピー化合物におけるイオン拡散の解明 〜高融点と高イオン透過率を持つ新奇材料開発に期待〜

1.概要

 東京都立大学大学院理学研究科物理学専攻の石川陸矢氏(博士後期課程)、栗田玲教授、水口佳一准教授、鳥取大学大学院工学研究科の高江恭平准教授の研究グループは、超伝導体や熱電材料として注目されているハイエントロピー型金属テルライド(注1)のイオン拡散メカニズムを解明しました。ハイエントロピー化合物では、原子サイトに異なる元素が多数固溶するため、局所的に運動性が異なることが予想されますが、イオンの拡散メカニズムについては、よくわかっていませんでした。同グループは、分子動力学シミュレーションから、電荷が小さく、サイズも小さいカチオン(注2)がフレンケル欠陥(注3)を形成し、さらにフレンケル欠陥の形成に伴って、他のカチオンも協同的に拡散することを明らかにしました。本研究成果は、ハイエントロピー型金属テルライドの高融点、高強度、高イオン透過率を持つ新奇材料開発を促進し、電池のセパレータの開発に有用な指針を与えるものです。

 

■本研究成果は、8月28日付けでElsevier社が発行する英文誌Journal of Alloys and Compoundsに発表されました。本研究の一部は、JST SPRING(JPMJSP2156)、JSPS Research Fellow (24KJ1854)、科研費(20H05619、21H00151、20H01874)の支援を受けて行われました。

 

2.ポイント

1.    新奇材料候補のハイエントロピー型金属テルライドにおいて、イオン拡散メカニズムは未解明でした。

2.    電荷が小さくイオン半径も小さいカチオンが、より多くのフレンケル欠陥を形成することがわかりました。

3.    フレンケル欠陥形成時に、大きなサイズと電荷を持つカチオンも協同的に拡散することがわかりました。

4.    高融点、高強度、高イオン透過率を持つ新奇材料開発が期待されます。

 

3.研究の背景

 多成分系結晶(ハイエントロピー結晶)は、多様な構成原子間相互作用により多彩な機能を持つ材料として注目が集まっています。例えば、典型的なハイエントロピー結晶である CrMnFeCoNi (Cantor合金)は、金属系材料の中でも最高水準の破壊靱性を持ちます。他にも、高温構造材料やインプラント、核融合材料、触媒への応用を目指したハイエントロピー結晶が開発されています。このように、多元素を固溶することで新たな機能を持たせ、材料開発へつなげる試みが盛んに行われています。

 ハイエントロピー結晶における拡散のメカニズムを解明することは、材料設計の指針を与える上で極めて重要です。例えば、リチウムイオン電池の安全性を向上させるためには、高いリチウムイオン透過性と溶融温度を持つ材料がセパレータとして使用されることが望ましいです。そのため、特定のイオンに対して高い拡散係数を持つハイエントロピー結晶の開発は、大きな関心を集めています。

  そこで、我々はハイエントロピー型金属テルライドであるAgInSnPbBiTe5とその関連物質に着目しました。AgInSnPbBiTe5は擬2元系のイオン結晶で、カチオンのみハイエントロピー化されている化合物です。この系はクーロン力が主な原子間相互作用となる単純な系であることから、長時間かつ大きいシステムサイズでの数値計算が可能です。そこで本研究では、分子動力学シミュレーションを用いて、ハイエントロピー型金属テルライドにおけるイオンの拡散挙動の変化を、系統的に調べました。 

図1 ハイエントロピー型金属テルライド。

 

4.研究の詳細

・カチオンの拡散

 本研究では、まずカチオンの平均二乗変位(注4)について計算しました。図2(a)はAgInSnPbBiTe5の、(b)はSnPbTe2の平均二乗変位を示しています。ハイエントロピー化されたAgInSnPbBiTe5のカチオンは、時間が経過すると増加しますが、SnPbTe2では長時間経っても一定のままとなっています。これは、SnPbTe2ではカチオンが元の原子位置周辺で振動しているのに対し、AgInSnPbBiTe5では時間経過と共に元の位置から離れていくことを意味しています。このことから、ハイエントロピー化することでイオン拡散が大きくなることがわかりました。

 

図2  各イオンの平均二乗変位。(a)AgInSnPbBiTe5、 (b) SnPbTe2。カチオンが多成分になった時、長時間スケールでは、全カチオンが拡散していることがわかる。 

 

・フレンケル欠陥の形成

 拡散が大きくなるメカニズムを調べるため、ある時間の全イオンの運動軌跡を調べました。図3(a)は、ある場所のイオンの軌跡を表しています。赤はカチオン、青はTe2-です。あるカチオンが結晶の中間領域に移動していることがわかりました。この場所にイオンが移動することをフレンケル欠陥といいます(図3(b)挿入図)。

 

図3   (a)ある時間におけるイオンの軌道。あるカチオンが結晶の中間領域(フレンケル欠陥)に移動していることがわかる。(b)各カチオンのフレンケル欠陥の形成頻度。イオン半径が小さいIn+がフレンケル欠陥を一番多く形成していることがわかった。 

 

次に、各カチオンのフレンケル欠陥の形成頻度を解析したところ、In+が一番多く、次にAg+、In3+となることがわかりました。シミュレーションでは、In+とIn3+のイオン半径を同じに設定しているため、電荷が小さい方がフレンケル欠陥を形成しやすいことがわかります。また、In+とAg+では、In+の方がイオン半径が小さいため、イオン半径が小さい方がフレンケル欠陥を形成しやすいことがわかります。

このことを定量的に示すため、フレンケル欠陥のない状態から、あるカチオンだけをフレンケル欠陥に向かって動かしたときのポテンシャルエネルギー変化を調べました。電荷が小さいカチオンでは、エネルギー障壁(極小値と極大値の差)が小さくなり、イオン半径が小さいとフレンケル欠陥の極小値がより小さくなることがわかりました(図4)。この結果は、形成頻度とよく一致しています。

 

図4  フレンケル欠陥形成時のポテンシャルエネルギー変化。 

 

・協同的拡散

 さらに、フレンケル欠陥が生じにくいPb2+の拡散機構を調べました。まず、フレンケル欠陥による拡散を評価するため、Pb2+とTe2-の1対を取り除いたショットキー欠陥(原子欠陥)による拡散の寄与を調べました。図2の破線は、この条件下でのPb2+の平均二乗変位を表しています。AgInSnPbBiTe5とPbSnTe2の両方において、平均二乗変位はショットキー欠陥を導入しても変化しません。一方、ショットキー欠陥と異なり、フレンケル欠陥形成では、局所的なエネルギーポテンシャルが大きく変化します。そのため、カチオンの動きが互いに影響し合い、より大きなサイズと電荷を持つカチオンでも拡散が起こります。この協同的な拡散はフレンケル欠陥の形成を介したもので、多成分系に特有のものであることがわかりました。

 

5.研究の意義と波及効果

 本研究では、ハイエントロピー型金属テルライドAgInSnPbBiTe5に焦点を当て、ハイエントロピー化合物におけるイオン拡散メカニズムを調べました。その結果、フレンケル欠陥が自発的に形成され、カチオンが格子間空間に移動し、拡散を著しく促進することが明らかになりました。ここで、電荷とサイズの小さいカチオンがフレンケル欠陥の形成に重要な役割を果たしていることがわかりました。また、大きなサイズと電荷を持つカチオンも協同的に拡散することがわかりました。

 我々が導き出したこれらのメカニズムは、In+に限定されません。In+をLi+に置き換えても、電荷が支配的な役割を果たすため、拡散において同様の結果が得られます。このことは、Li+を含むハイエントロピー型金属テルライドが、高いイオン透過性、高い融解温度、高い機械的強度を持つように設計できることを示唆しています。将来的にリチウムイオン電池のセパレータなどの用途が期待されます。

 

【用語解説】

(注1)ハイエントロピー型金属テルライド:テルル化鉛(PbTe)のPb部分を一部他の金属イオンに置き換えた結晶のこと。Pbを含めた5種類以上に置き換えたとき、ハイエントロピー結晶とよばれる。

 

(注2)カチオン:陽イオンのこと。

 

(注3)フレンケル欠陥:結晶中において、格子点イオンが、格子間に移りその後に空孔が残った欠陥のこと。イオン結晶にて観察されやすい。フレンケル欠陥は、熱振動が原因で発生しやすい。このフレンケル欠陥の生成は、密度に関しては変化はない。

 

(注4)平均二乗変位:粒子の初期位置とある時間幅中に移動した終点位置との距離の二乗の平均値。運動の大きさを表す統計処理指標の1つ。

 

【発表論文】

<タイトル>

“Diffusion enhancement by spontaneous formation of Frenkel defects in NaCl-type high-entropy materials”

<著者名>

Rikuya Ishikawa, Kyohei Takae, Yoshikazu Mizuguchi, and Rei Kurita

<雑誌名>

Journal of Alloys and Compounds

<DOI>

DOI:https://doi.org/10.1016/j.jallcom.2024.176100

 

 

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図1

図2

図3

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