病原細菌のレジオネラが宿主分解機構を回避する仕組みを解明
レジオネラ含有液胞からRab5を排除するメカニズムの発見
2025年3月5日
国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学
病原細菌のレジオネラが宿主分解機構を回避する仕組みを解明 ~レジオネラ含有液胞からRab5を排除するメカニズムの発見~
ポイント
■ 宿主細胞に侵入したレジオネラはレジオネラ含有液胞(Legionella-containing vacuole; LCV)に集まったRab5にユビキチンを付加することでLCVからRab5を排除していることを見出し、当該ユビキチン化にはレジオネラの病原因子であるLpg2525が必要であることを明らかにしました。
■ Lpg2525によってユビキチン化されたRab5はRabGAP-5(Rab5の不活性化を促進する因子)との親和性が上昇し速やかに不活性化されることでLCVから乖離することを発見しました。更に、Lpg2525がユビキチン化するRab5のアミノ酸残基を同定し、そのアミノ酸を変異させたRab5はLCVから除去されずレジオネラの細胞内増殖を有意に抑制することを明らかにしました。
■ これらの成果は、レジオネラによる宿主分解機構からの回避の阻害などを基盤としたレジオネラ感染に対する新規治療法の開発に繋げられることが期待されます。
概要
東京薬科大学・生命科学部・感染制御学研究室の新崎恒平教授らのグループは、岐阜大学・永井宏樹教授と久堀智子准教授らのグループとの共同研究により、病原細菌であるレジオネラが宿主細胞の分解機構を回避する仕組みを解明しました。本研究の成果は、宿主細胞内におけるレジオネラの生存戦略の一旦を明らかにしたとともに、この仕組みの抑制を基盤としたレジオネラ感染における新規治療法の確立に繋げられることが期待されます。本成果は米国Rockefeller University Pressが刊行する科学誌「Journal of Cell Biology」に掲載されました。
研究の背景
温泉や公衆浴場など『水』を扱う施設での感染事例を報道などで目にする機会のあるレジオネラですが、感染に伴い重篤な肺炎を引き起こすことが知られています。また、レジオネラは宿主細胞内で増殖することから、「細胞内発症型細菌」となります。
宿主細胞であるマクロファージ(食細胞)に侵入後、レジオネラはレジオネラ含有液胞(Legionella-containing vacuole; LCV)とよばれる膜構造を細胞内に形成します。通常、マクロファージは細胞外の異物を取り込みリソソーム(細胞内の分解工場)へ輸送した後に分解する役割を担っていますが、レジオネラはLCVがリソソームへと輸送される過程を遮断します。その後、レジオネラは細胞の生理機能の一つである小胞輸送システムをハイジャックすることで、LCVを宿主細胞の小胞体へと誘導し、最終的には小胞体において増殖します。また、細胞内感染を成立させるために、レジオネラは宿主細胞に対して「レジオネラエフェクター」と呼ばれる無数の病原因子を放出することが知られています。
上記の通り、レジオネラ感染はLCVがリソソームへと輸送される過程を遮断するところから始まりますが、レジオネラがどのようにしてLCVのリソソームへの輸送を回避しているのかは未だ不明のままです。
研究成果の詳細
細胞外から取り込んだ異物をリソソームへと輸送する初期段階において、Rab5と呼ばれる宿主タンパク質が取り込んだ異物を含む液胞に集まることが必要不可欠です。しかしながら、LCVにはRab5が“集まらない”ことが知られています。また、重要なポイントとしてレジオネラエフェクターが放出「できない」変異株を含むLCVにはRab5が集まります。このことは、レジオネラは何らかのレジオネラエフェクターを通じてRab5をLCVから排除していることを意味しています。そこで、レジオネラ感染下におけるRab5の変化を解析したところ、レジオネラ感染によってRab5が「ユビキチン化」されることを発見しました。なお、このユビキチン化はレジオネラエフェクターが放出できない変異株では検出されないことから、Rab5のユビキチン化はレジオネラエフェクターを介することが明らかになりました。次に、Rab5のユビキチン化に働くレジオネラエフェクターの探索を行い、「Lpg2525」と呼ばれるレジオネラエフェクターを候補因子として同定しました。重要な知見として、Lpg2525のみを欠損させたレジオネラの感染によりRab5のユビキチン化レベルが減弱することに加え、Lpg2525欠損株を含むLCVではRab5の陽性率が著しく亢進することを見出しました。更に、Lpg2525の欠損によりレジオネラの細胞内増殖が抑制されることも明らかになりました。
続いて、Lpg2525によってユビキチン化されたRab5がLCVから排除される分子機構の解析を行いました。ユビキチン化は「タンパク質の分解」や「タンパク質の機能制御(タンパク質間相互作用の制御)」に働くことが知られていますが、レジオネラによってユビキチン化されたRab5はRabGAP-5(Rab5の機能を“不活化”する因子)との相互作用が増強されていることを見出しました。以上の結果より、LCVからRab5が排除される分子機構が、Rab5のユビキチン化を介したRab5とRabGAP5との結合増強によるRab5の不活化であることを示しました。
通常、ユビキチン化は基質となるタンパク質の『リジン』残基で起こることから、レジオネラによってユビキチン化されるRab5のリジン残基の探索を行いました。その結果、Rab5の134番目に位置するリジン残基がユビキチン化されることを明らかにしました。更には、このリジン残基を別のアミノ酸に置換させたRab5を発現している細胞では、レジオネラ感染によるRab5のユビキチン化が消失したのみならず、Rab5の安定したLCVへの局在化とレジオネラの細胞内増殖の抑制が見出されました。
今後の展望
現在、レジオネラを含む多くの病原菌感染症の治療は抗生物質の処方が主流となっています。しかしながら、多くの抗生物質に耐性を示す病原菌の蔓延が懸念されている現状において、抗生物質に頼らない病原菌感染症の治療法の確立が世界規模で急務となっています。それゆえ、細胞内に侵入した病原菌の振る舞いを理解することは、その振る舞いを制御することによる増殖抑制といった病原菌感染症に対する新たな治療法となる可能性が秘められています。今回の研究では、レジオネラが宿主分解機構を回避する分子基盤を明らかにしましたが、この回避を阻害できる薬剤の探索やその薬剤がレジオネラ感染症への治療薬となりうるかなどを検証したいと考えています。
用語解説
レジオネラ:1976年、米国フィラデルフィア州で開催された在郷軍人会に参加していた複数の人々が肺炎を発症し、患者より新規の病原細菌が単離された。その後、在郷軍人(legionnaire)にちなみ、Legionella pneumophila(レジオネラ・ニューモフィラ)と命名された。自然界において、レジオネラはアメーバなどの原生生物を宿主としているが、レジオネラを含むアメーバなどによって形成されたバイオフィルム*が存在する取水管やタンク内の水はレジオネラによって汚染される。そして、それら水源から発生するエアロゾルの吸入がヒトへの感染の引き金となる。このように、「水」がキーワードとなる場所でレジオネラが繁殖しやすいことから、日本においては『温泉』や『公衆浴場』などでレジオネラによる集団感染の報道を目にする機会が多い。
*;原生生物や微生物の集合体。例として排水溝のヌメリなどが挙げられる。
レジオネラエフェクター:細胞内に侵入したレジオネラが、分泌装置を介して宿主細胞内に放出する病原因子。レジオネラは300種類以上のレジオネラエフェクターを放出していると推測されている。レジオネラエフェクターには宿主細胞の機能をコントロールする役割があると考えられているが、機能未知のレジオネラエフェクターが多く存在している。
Rabタンパク質:低分子量GTPアーゼ(GDPが結合した不活性化型とGTPが結合した活性化型をサイクルすることで細胞内生理機能を制御する分子スイッチ)とよばれる酵素群に分類されるタンパク質であり、宿主細胞に約64の分子種が存在すると考えられている。細胞内における物質輸送の特異性の担保に重要な役割を担っている。Rabタンパク質の活性化には、GDPをGTPと交換する因子であるGEF(guanine nucleotide exchanging factor)が、不活性化にはGTPを加水分解してGDPへと変換するGAP(GTPase activating protein)が必要となる。
ユビキチン:真核細胞に存在する76個のアミノ酸で構成される小さなタンパク質である。基質となるタンパク質のリジン残基に1つ、もしくは複数結合する。細胞内においてタンパク質の分解・DNA修復・シグナル伝達・タンパク質間相互作用の制御など多岐の機能を有する。
原著論文
掲載誌:Journal of Cell Biology
論文名:Subversion of the host endocytic pathway by Legionella pneumophila-mediated ubiquitination of Rab5
著者:田中 詩乃1,*, 生出 紘夢1,*, 池田 駿馬1, 多賀谷 光男1, 永井 宏樹2,3, 久堀 智子2#, 新崎 恒平1#
*:同貢献度 #:責任著者
所属:1 東京薬科大学・生命科学部・感染制御学研究室 2 岐阜大学・大学院医学系研究科・病原体制御学分野 3 岐阜大学・高等研究院・One Medicine トランスレーショナルリサーチセンター
DOI: 10.1083/jcb.202406159
研究支援
日本学術振興会 科学研究費助成事業 若手研究B( 24790425)、若手研究A(26713016)、基盤研究B(18H02656)、学術変革領域研究B(20H05772)(研究代表者:新崎恒平)
上原記念生命科学財団(研究代表者:新崎恒平)
内藤記念科学振興財団(研究代表者:新崎恒平)
武田科学振興財団(研究代表者:新崎恒平)
アステラス病態代謝研究会(研究代表者:新崎恒平)
日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究B( 19H03469, 22H02867/23K24129)(研究代表者:久堀智子)
武田科学振興財団(研究代表者:久堀智子)
日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究B(23H02716/23K27407)(研究代表者:永井宏樹)
内藤記念科学振興財団(研究代表者:永井宏樹)
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このプレスリリースを配信した企業・団体

- 名称 国立大学法人東海国立大学機構岐阜大学
- 所在地 岐阜県
- 業種 大学
- URL https://www.gifu-u.ac.jp/
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