地震による表層崩壊がもたらす環境変化
北海道胆振東部地震による表層崩壊が河川水質や微生物コミュニティーに与えた影響を明らかに
ポイント
・ 2018年北海道胆振東部地震で発生した表層崩壊によって山地流域の河川水質および微生物コミュニティーが変化したことを解明
・ 表層崩壊の発生規模と環境への影響の度合いの間には相関が見られた
・ 表層崩壊の発生リスクが高い地域における水資源管理と生態系保全のための重要な知見
概 要
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)ネイチャーポジティブ技術実装研究センター 吉原直志 研究員らは、北海道厚真町・安平町の山地流域群において、表層崩壊が河川水質と微生物コミュニティーに与えた影響を明らかにしました。
2018年9月6日に発生し、最大震度7の揺れを観測した北海道胆振東部地震によって、北海道厚真町および安平町の山間部斜面で総数6,000以上の表層崩壊が発生しました。産総研は、この表層崩壊が自然環境に及ぼした変化について、表層崩壊の発生規模が河川水質と微生物コミュニティーにどのように影響しているのかを調べました。
水質分析の結果から、河川水の溶存イオン濃度が流域内の崩壊発生規模(崩壊面積率)と相関していることが明らかになりました。さらに、崩壊堆積物を通過した湧水の分析結果から、崩壊堆積物が周辺よりも還元的な環境を有していることがわかりました。また、環境DNA解析から、河川水中と崩壊堆積物中における微生物コミュニティーの違いが明らかになりました。このことから、崩壊堆積物の内部で進行する酸化還元反応が、表層崩壊をトリガーとする河川水質および微生物生態系の変化を引き起こすものと考えられます。
本研究の成果は、土砂災害の誘因である表層崩壊が、水資源の質的安全性を左右し微生物生態系に影響を与えうるものでもあるという新たな認識を提供する重要な知見となります。
この研究成果の詳細は、2025年7月21日に「Journal of Hydrology」に掲載されました。
下線部は【用語解説】参照
※本プレスリリースでは、化学式や単位記号の上付き・下付き文字を、通常の文字と同じ大きさで表記しております。
正式な表記でご覧になりたい方は、産総研WEBページ
( https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2025/pr20250804/pr20250804.html )をご覧ください。
研究の社会的背景
斜面崩壊は、世界各地で発生する自然災害の一つです。近年、斜面崩壊に伴う地形変動が、河川や地下水の水質に影響を与え、場合によっては水質汚染を引き起こす可能性があることが報告されています*1,2。さらに、今後の気候変動の影響を受けて豪雨の発生頻度が増すことで、斜面崩壊の発生リスクが世界的に高まっていくと予想されます。
斜面崩壊の中でも、豪雨や地震によって斜面を覆っている土層が不安定化し流動する「表層崩壊」は、山地が国土の多くを占める日本では例年頻発し、甚大な人的・経済的被害を引き起こしています。これまで、表層崩壊は土砂災害のトリガーとして広く認識されており、その発生メカニズムや地形学的挙動の解明が進んでいます。その一方で、表層崩壊がもたらす自然環境へのインパクト、特に淡水資源の水質や微生物生態系への影響は、ほとんど注意を向けられてきませんでした。
こうした背景のもと、表層崩壊が水環境に及ぼす“見えにくい”影響に目を向け、その実態を明らかにすることは、防災・減災とともに、水資源管理や生態系保全の観点からも重要な課題といえます。
研究の経緯
2018年9月6日に最大震度7の揺れを観測した北海道胆振東部地震により、北海道厚真町および安平町では6,000以上の表層崩壊が発生しました。この表層崩壊の発生に伴い、斜面を覆っていた火山性土壌が崩落し、森林山地の谷底には崩壊堆積物が形成されました。
産総研は、気候・地形起伏・土地利用・土質・地質などの環境条件が類似している一方で崩壊発生規模の異なる山地流域群を対象として、水質分析と環境DNA解析を組み合わせることで、表層崩壊の発生規模が河川水質と微生物コミュニティーにどのような影響を与えるのかを調べました。
なお、本研究は独立行政法人 日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(C)JP23K03516「表層崩壊をトリガーとする河川水質変化の実態を端成分混合解析で解明する」(2023〜2025年度)の支援を受けています。
研究の内容
崩壊面積率(=崩壊地面積/流域面積×100 [%])の異なる37個の流域から河川水を採取し、崩壊堆積物の内部を通過してきた湧水を24カ所で採取しました。これらの水試料について、電気伝導度(EC)、pH、溶存酸素(DO)、酸化還元電位(Eh)、温度といった現場測定項目に加え、硝酸イオン(NO3⁻)、アンモニウムイオン(NH4⁺)、硫酸イオン(SO4²⁻)、炭酸水素イオン(HCO3⁻)、マンガンイオン(Mn²⁺)、鉄イオン(Fe²⁺)といった酸化還元条件に影響を受けやすいイオンの濃度を測定しました。採水地点のうち14カ所では水中の環境DNAを採取し、微生物の分類や同定に使われる分子生物学的手法である16S rRNA遺伝子解析を実施することで、存在する細菌や古細菌を推定しました。
崩壊面積率が増加するにつれて、河川水中ではNH4⁺、HCO3⁻、Mn²⁺、Fe²⁺の濃度は高く、NO3⁻、SO4²⁻の濃度は低くなることがわかりました(図1)。崩壊堆積物から流出する湧水は、河川水と比較して、低いO2、NO3⁻、SO4²⁻の濃度と、高いNH4⁺、Mn²⁺、Fe²⁺の濃度を示しました。このことから、崩壊堆積物の内部には酸素の乏しい還元的な環境が存在することが明らかになりました。
高次元データを低次元空間に可視化する手法の一つであるt-SNE法を用いて水質分析の結果を2次元空間に投影したところ、崩壊面積率の高い流域における河川水の水質は、崩壊堆積物の内部を通過してきた湧水の水質と類似していることが明らかになりました(図2)。これは、崩壊堆積物の内部で進行する水質形成プロセスが河川の水質に影響していることを示しています。
崩壊面積率の低い流域の河川水と比べて、崩壊面積率の高い流域の河川水や崩壊堆積物を通過してきた湧水からは、嫌気的環境に生息する微生物が多く検出されました。このことから、崩壊堆積物内では微生物が関与する水質形成プロセスのうち、脱窒(硝酸イオンの還元)や硫酸還元、マンガン酸化物や鉄の水酸化物などの還元が活発に進行していることがわかりました。これらの還元反応は、崩壊堆積物中に存在する有機物の酸化と連動して進行していると考えられます。
本研究により、北海道胆振東部地震による表層崩壊が河川水質や微生物コミュニティーに与えた影響が明らかになりました。本調査地域では、斜面を覆っていた火山性土壌が表層崩壊によって流下し、崩壊土砂が河川流路や谷底に堆積した結果、地下水で飽和した還元的(嫌気的)な土壌の領域が崩壊堆積物の内部に形成されました。この還元的な環境は、崩壊堆積物中の地下水の水質や微生物コミュニティーに影響を与えます。さらに、崩壊堆積物中の地下水が河川に取り込まれることで、流域内の河川水質や微生物生態系のシグナルが変化します(図3)。
今回の調査からは、表層崩壊をトリガーとする水質汚染に相当する結果は認められませんでした。ただし、本研究で発見された流域環境の変化は、侵食作用などによって崩壊堆積物が流域から取り除かれるまで継続する可能性があります。本研究で得られた知見は、表層崩壊の発生リスクが高い地域における水資源の質的安全性と生態系の健康状態を評価するための重要な基盤になると考えられます。
今後の予定
崩壊堆積物の内部で進行する微生物活動を突き止めるとともに、酸化還元反応の他に考えられる水質形成プロセスと表層崩壊の関連性を探索します。これにより、国内外の山間部における水資源管理や生態系保全に資する知見の拡充を目指します。
研究者情報
ネイチャーポジティブ技術実装研究センター(地圏資源環境研究部門 兼務) 吉原直志 研究員、飯島真理子 研究員
ネイチャーポジティブ技術実装研究センター(地質情報研究部門 兼務) 井口亮 研究チーム長
地質情報研究部門 西島美由紀 テクニカルスタッフ
論文情報
掲載誌:Journal of Hydrology
論文タイトル:Landslide deposits caused by shallow landslides alter the redox regime in forested catchments: insights from hydrochemical and microbial analyses
著者:Naoyuki Yoshihara, Mariko Iijima, Miyuki Nishijima, Akira Iguchi
DOI: https://doi.org/10.1016/j.jhydrol.2025.133960
参考文献
*1:Göransson, G., Norrman, J., Larson, M., 2018. Contaminated landslide runout deposits in rivers – Method for estimating long-term ecological risks. Sci. Total Environ. 642, 553–566.
https://doi.org/10.1016/j.scitotenv.2018.06.078
*2:Yoshihara, N., Matsumoto, S., Umezawa, R., Machida, I., 2022. Catchment-scale impacts of shallow landslides on stream water chemistry. Sci. Total Environ. 825, 153970.
https://doi.org/10.1016/j.scitotenv.2022.153970
用語解説
山地流域
山地に源流を持つ流域。流域とは、ある河川や水系に流れ込む雨水や雪解け水が集まる地形的な範囲を指す。一般的に山地流域では地形起伏が大きく、急斜面が多いため、表層崩壊や土壌侵食などの土砂移動が活発である。
表層崩壊
斜面の表面付近の土壌や風化岩盤が、豪雨や地震によって不安定化し、流動する現象。崩落する土層の厚さは一般的に1~数メートル程度である。2018年の北海道胆振東部地震の際は、主に北海道厚真町および安平町の山地斜面で表層の厚さ数メートルの火山性土壌の層が崩落し、崩壊堆積物が形成された。
崩壊堆積物
斜面崩壊によって移動した土砂が谷底や斜面下部の緩傾斜地で停止したもの。河川をせき止めた崩壊堆積物は、天然ダムを形成することがある。崩壊堆積物は侵食作用によってやがて消失するが、完全に消失するまでに数十~数百年を要する場合もある。
16S rRNA遺伝子解析
細菌や古細菌が共通して持つ「16S rRNA遺伝子」という配列を調べることで、存在する微生物の種類を明らかにする手法。16S rRNA遺伝子には、すべての細菌に共通する保存領域と、分類群ごとに異なる可変領域があり、分類や同定に適している。環境中の水や土壌などからDNAを抽出し、次世代シーケンサーなどを用いてこの遺伝子を解析することで、微生物コミュニティーの構造や多様性を網羅的に把握できる。
t-SNE法
t-SNE(t-Distributed Stochastic Neighbor Embedding)法は、高次元空間のデータ点の類似性を保ちながら、2次元や3次元などの低次元空間に写像することで、データのクラスターやパターンを視覚的に把握しやすくするための次元削減手法である。主成分分析(Principal Component Analysis)が線形手法によって次元削減を行うのに対し、t-SNEでは非線形手法を用いる。
プレスリリースURL
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2025/pr20250804/pr20250804.html
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このプレスリリースを配信した企業・団体

- 名称 国立研究開発法人産業技術総合研究所
- 所在地 茨城県
- 業種 政府・官公庁
- URL https://www.aist.go.jp/
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