薬剤の輸送を助ける新しい細胞膜透過ペプチドの発見

鳥取大学

平成27年5月25日

国立大学法人鳥取大学

薬剤の輸送を助ける新しい細胞膜透過ペプチドの発見

~ポリヒスチジンが高い細胞膜透過を示し、癌など腫瘍組織に集積することを発見~

概 要

 鳥取大学(学長:豐島 良太)の農学部生体制御化学分野・岩崎崇助教と、アスビオファーマ株式会社(代表取締役:南竹 義春)の探索技術ファカルティ・岡田浩幸博士らの研究グループは、ヒスチジンが連続した単純なペプチドである『ポリヒスチジン』に高い細胞膜透過能が存在し、生体内で腫瘍組織(線維肉腫)に集積することを発見しました。本研究成果は、薬物輸送技術(DDS:ドラッグデリバリーシステム)分野で最も権威のある学術専門誌のひとつであるオンライン科学誌「Journal of Controlled Release」(Elsevier B.V.社)に2015年5月14日に公開されました。

研究背景

 細胞膜透過ペプチド(*用語参照)は、薬剤と結合することで、薬物を効率的・選択的に癌などの腫瘍組織へ導入し、その治療効果を最大限に発揮するツールであり、現在幅広く研究されています。細胞膜透過ペプチドの代表例としては、HIV-1(ヒト免疫不全ウイルス)のTATペプチド(*用語参照)や、TATペプチドを人工的に改良したオクタアルギニン(R8)(*用語参照)が挙げられます。細胞膜透過ペプチドの特徴として、塩基性アミノ酸であるアルギニン(R)やリジン(K)を豊富に含むことが知られています。これらの細胞膜透過ペプチドは正電荷を豊富に帯びており、この高い正電荷密度が細胞膜を透過する際に必要な原動力であることも知られています。

研究成果

 岩崎崇助教と岡田浩幸博士らの研究グループは、ヒスチジン(H)のみが16アミノ酸残基連続したポリヒスチジン(H16)に高い細胞膜透過能が存在することを発見しました。既知の細胞膜透過ペプチドとは異なり、ポリヒスチジン(H16)は、正電荷を帯びていないにもかかわらず高い細胞膜透過を示すことを見出しました。正電荷を帯びた従来の細胞膜透過ペプチドは血清の存在下では透過率が抑制されることが知られていますが、正電荷に非依存的なポリヒスチジン(H16)は血清の影響を受けないことが確認されました。加えて、ポリヒスチジン(H16)を融合した緑色蛍光タンパク質は細胞内に取込まれたことから、ポリヒスチジン(H16)を利用してタンパク質を細胞内へ導入することが可能であることが認められました。様々な培養細胞株に対する細胞膜透過を調べた結果、非上皮性の悪性腫瘍の一種であるヒト線維肉腫細胞株(HT1080)(*用語参照)に対して、ポリヒスチジン(H16)は代表的な細胞膜透過ペプチドであるオクタアルギニン(R8)よりも14.35倍高い細胞膜透過を示しました。さらに、ヒト線維肉腫細胞株(HT1080)を移植したマウスにポリヒスチジン(H16)を尾静脈注射により投与したところ、生体内においてポリヒスチジン(H16)は腫瘍組織に集積することが認められました。これらの結果から、ポリヒスチジン(H16)は新しい細胞膜透過ペプチドであり、薬物輸送における有力な新素材であることが明らかになりました。

今後の展開

 ポリヒスチジン(H16)を薬物輸送キャリアーとして利用することで、腫瘍組織に効率的・選択的に薬剤・タンパク質・核酸を輸送する薬物輸送技術(DDS)の開発につながると期待されます。

掲載論文:

題名:Cellular uptake and in vivo distribution of polyhistidine peptides

雑誌名:Journal of Controlled Release (出版社: Elsevier)

オンラインURL:http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0168365915005660

用語解説:

【細胞膜透過ペプチド】

 細胞膜を透過して細胞内へ移行することのできるペプチドを指します。一般的にペプチドは細胞膜(脂質二重膜)を透過することはできませんが、ごく一部のペプチドはアミノ酸配列依存的に細胞内へ取り込まれることが知られています。これらのペプチドを総称して『細胞膜透過ペプチド』と呼びます。

【TATペプチドおよびオクタアルギニン(R8)】

 世界的に最もよく研究されている細胞膜透過ペプチドであり、広範囲の細胞株に対して高い細胞膜透過能を示すことが知られています。TATペプチド(YGRKKRRQRRR)およびオクタアルギニン(R8)(RRRRRRRR-NH2)は、両者とも塩基性アミノ酸であるアルギニンを豊富に含み、細胞膜透過には正電荷が重要であることが知られています。薬剤、タンパク質、および核酸の細胞内導入キャリアーの有力素材として、様々な分野の研究で汎用されています。

【線維肉腫】

 成人の肉腫のなかで約1~3%程度のまれな腫瘍ですが、一方で乳幼児期に発生するすべての悪性腫瘍の約10%を占めます。成人例では約半数に肺や骨などへの転移がみられ、5年累積生存率は50%前後です。乳幼児例の死亡率は25%以下です。抗癌剤や放射線療法はあまり効果がないため、現在では周囲の組織と腫瘍をひとかたまりに切除する広範切除術という手術法が採用されています。

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