【研究成果発表】世界初!クロロフィルの誘導体が二つ集まり、円偏光発光(CPL)が発現

首都大学東京・杉浦健一教授、近畿大学・今井喜胤准教授、北里大学・長谷川真士講師の共同研究グループは、植物の光合成において重要な役割を果たすクロロフィルが重なり合う特徴的な構造「スペシャルペア」をモデルにした色素を作成して測定したところ、円偏光発光(CPL)していることを確認しました。

2018年3月16日

【研究成果発表】世界初!クロロフィルの誘導体が二つ集まり、円偏光発光(CPL)が発現

 首都大学東京・杉浦健一教授、近畿大学・今井喜胤准教授、北里大学・長谷川真士講師の共同研究グループは、植物の光合成において重要な役割を果たすクロロフィルが重なり合う特徴的な構造「スペシャルペア」をモデルにした色素を作成して測定したところ、円偏光発光(CPL)していることを確認しました。

 太陽エネルギーを利用する人工光合成は、次世代のエネルギー問題を解決するための切り札として、大きな注目が寄せられております。その実現のためには植物による光合成の仕組みの精密な解明が欠かせません。植物の光合成には様々な生体分子が関与しておりますが、なかでも、2つのクロロフィル分子が接近した集合体(これを「スペシャルペア」と呼びます)の正確な役割の解明が待たれています。この集合体は、対称性が失われた光学活性体と呼ばれる構造を持っております。

 一方、近年、光学活性体が発する円偏光発光(CPL: Circularly Polarized Luminescence)と呼ばれる現象が注目されています。この現象は、高輝度液晶ディスプレイ用偏光光源を始めとして、3次元ディスプレイや光通信、セキュリティ分野などへの応用が期待されています。

 本研究は、「スペシャルペア」の光学活性な構造に着目し、それがCPLを示すのではないかと予測して計画しました。実際の「スペシャルペア」は弱い相互作用によって重なり合う構造のため、取り扱いが非常に困難です。そこで、本研究ではクロロフィルと同じ構造を持つポルフィリンと呼ばれるモデル化合物を連結させ、疑似的な「スペシャルペア」を合成しました。このモデル化合物の測定を行ったところ、明瞭なCPLを観察することができました。このことは、天然のクロロフィルの「スペシャルペア」もCPLを発している可能性を示唆するものであり、天然由来の色素を機能性光学材料へ応用することの足掛かりになると考えております。さらには、光合成における「スペシャルペア」の正確な役割を解明するきっかけになる可能性があります。

 本成果は、平成30年(2018年)3月15日(ドイツ時間)にWiley社の総合化学雑誌「Chemistry Select」のオンライン版で公開され、掲載誌の表紙に選出されています。なお、本研究は、東京都・都市外交人材育成基金、科学研究費助成事業新学術領域研究・配位アシンメトリー(課題番号JP17H05379)、文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業(2014-2018)の支援のもとに行われました。

植物の光合成に関与する「スペシャルペア」を模した二つの分子

植物の光合成に関与する「スペシャルペア」を模した二つの分子。クロロフィルの母骨格であるポルフィリンと呼ばれる分子を利用して合成した。左側の(R)という分子を鏡に映すと、右側に示した(S)という分子になる。両者の光に対する性質は反対になる。

掲載紙情報

【掲載誌】Chemistry Select(Wiley社から刊行されている総合化学雑誌。新刊雑誌のため、インパクトファク

ターの値は算出されていない)

【題 名】Synthesis, Optical Resolution, and Circularly Polarized Luminescence of an Axially Chiral Porphyrin Dimer(軸不斉ポルフィリン二量体の合成と光学分割、円偏光発光の観察)

【著 者】渡辺理紗(本学大学院生)1、原伸行2、今井喜胤2、長谷川真士3、石岡すみれ3、真崎康博3、杉浦健一(本学教授)1

     ※1:首都大学東京、2:近畿大学、3:北里大学

研究の背景、意義、波及効果等

【研究背景】

 無尽蔵ともいえる太陽光エネルギーを人類が使いやすい他のエネルギーの形態、例えば電気エネルギー等に変換する手続きは、広い意味での光合成と言うことが出来ます。人工光合成は、次世代のエネルギーを解決するための決定打とも言え、全世界中から大きな注目が寄せられています。具体的には、様々な方法が考えられますが、植物が行っている光合成を正確に理解することは、人工光合成の実現には不可欠であると考えられています。光合成には、様々な生体分子が関与しておりますが、葉緑素の中に含まれているクロロフィルは、二分子が至近距離で積み重なったような集合体を形成しています。この集合体は「スペシャルペア」と呼ばれています。1988年のノーベル化学賞受賞者であるダイゼンホーファー博士の業績を含め、これまでの研究から、「スペシャルペア」は光学活性な構造[注1]をしていることが明らかにあっております。

 一方、円偏光発光(CPL: Circularly Polarized Luminescence)[注2]は、高輝度液晶ディスプレイ用偏光光源を始めとして、3次元ディスプレイや光通信、セキュリティ分野などへの応用が期待されており、効率良くCPLを発するキラル有機蛍光色素[注3]の開発に関する研究は、近年大きな注目を集めています。

【研究内容と成果】

 本研究では、「スペシャルペア」が光学活性体であることに注目し、この集合体がCPLを示すのではないかと予測しました。前述したキラル有機蛍光色素の開発には多大な労力が費やされておりますが、もし、天然由来の色素がCPLを示すのであれば、その色素を使って、効率良く機能性光材料の開発が行えるのではないかと考えたからです。より容易な象徴的な表現を用いれば、“畑で作ったホウレンソウから、飛び出すテレビ(3Dディスプレイ)が製造できる”可能性を秘めていると言うことが出来ます。そこで、「スペシャルペア」のCPLの測定を計画しました。しかしながら、「スペシャルペア」は弱い相互作用によって形成されている集合体なので、取り扱いは極めて難しいことが知られています。

 そこで、本研究では、クロロフィルの母骨格であるポルフィリンと呼ばれる分子を用い、これを化学結合で連結させた安定な分子を設計しました。有機合成化学の手法を用いてこの分子を合成し、光学活性体を得ました。これについてCPLの測定を行ったところ、予想通り、CPLを観察することに成功しました。しかも、赤色の発光を示し、既存の色素では得ることが難しいとされる光の領域です。もし、本研究で得られた色素を使って素子開発に成功できれば、将来、既報の緑色、青色のCPLを示す色素と組み合わせて総天然色を表現することも可能になります。

【今後の展開】

本研究では、植物の光合成に興味を抱き、光学活性なポルフィリン二量体を合成し、CPL発光を観察することに成功しました。本研究で得られた知見を元にすることで、新しいCPL色素の開発に拍車がかかるとともに、分子の光学活性の観点から光合成のメカニズムについて改めて考えてみる良い機会を提供できたと思えます。

用語説明

[注1] 光学活性

 分子を鏡に映した際、分子の構造が鏡に映った構造と重ならないとき、両者は鏡像関係にあるという。鏡像関係を示す分子に光を透過させると直線偏光が回転するため、光学活性体であると表現する。

[注2] 円偏光発光(CPL: Circularly Polarized Luminescence)

 光は電磁波であり、互いに垂直に振動している電場と磁場の振動方向が偏った光を偏光といい、偏光でない光を自然光という。偏光の中でも、電場と磁場が光の進行方向に対して円を描くように振動するものを円偏光といい、光の進行方向に対して電場ベクトルの回転が時計回りの右円偏光と反時計回りの左円偏光がある。キラルな発光体を自然光で励起すると、右円偏光と左円偏光の割合に偏りの生じた円偏光発光が観測される。

[注3] キラル有機蛍光色素

 有機化合物には、右手と左手のように互いに重ね合わせることのできない鏡像の関係にある異性体をもつものが存在し、このような関係をキラルという。キラルな有機化合物の鏡像異性体同士では、ほとんどの物理的性質や化学的性質が等しいが、生物活性作用が大きく異なるほか、電磁波の偏光面に関連する旋光性や円二色性、円偏光発光性において正負が逆転した性質を示す。また、有機化合物には、紫外線などで電子を励起すると、その与えられたエネルギーを蛍光として放出するものが存在する。一般に、キラルでない蛍光色素は自然光を発するが、キラルな蛍光色素からは円偏光が発せられる。

研究者説明

首都大学東京大学院・理学研究科・化学専攻 教授 杉浦(すぎうら) 健一(けんいち)

研究テーマ:不斉な構造を有する分子の合成研究

専   門:有機合成化学、錯体合成化学

近畿大学 理工学部 応用化学科 准教授 今井 (いまい)喜胤(よしたね)

研究テーマ:円偏光発光(CPL)特性を有する機能性発光体の開発

専   門:有機光化学、不斉化学、超分子化学

北里大学大学院・理学研究科・化学専攻 講師 長谷川(はせがわ)真士(まさし)

研究テーマ:π電子を有した機能性分子の合成研究

専   門:有機合成化学

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プレスリリース添付画像

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