夏季アジアモンスーン降水の将来変化: 台風・熱帯擾乱活動の重要性

1.  発表のポイント

l  世界の人口が集中する、日本を含むアジアモンスーン域(※1)における、夏季の降水量の将来変化について、台風などの熱帯擾乱活動の将来変化に注目し、高解像度でかつ長期の気候シミュレーション出力を解析しました。

l  降水量の将来変化には地域特性があり、モンスーントラフ(※2)と呼ばれるインド北部・インドシナ半島から北西太平洋まで東西に延びる帯状域で、顕著な増加が予測されました。

l  高解像度シミュレーションによって台風などの熱帯擾乱(※3)の活動度を調べた結果、これらの活発化がモンスーントラフ上の降水量増加の重要な要素であることが分かりました。

 

本成果は、アメリカ気象学会発行の専門誌「Journal of Climate」の早期オンライン出版により、7月21日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:Response of the Asian Summer Monsoon Precipitation to Global Warming in a High-Resolution Global Nonhydrostatic Model

著者:高橋洋1、神沢望1、那須野智江2、山田洋平3,2、小玉知央2、杉本志織2、佐藤正樹3,2

1.    東京都立大学、2. 海洋研究開発機構、3. 東京大学大気海洋研究所

DOI: 10.1175/JCLI-D-19-0824.1 ( https://journals.ametsoc.org/jcli/article/doi/10.1175/JCLI-D-19-0824.1/353417/Response-of-the-Asian-Summer-Monsoon-Precipitation )

 

本研究の一部は、JSPS科研費(19H01375)、環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20192004)の助成を受けたものです。本研究は,文部科学省によるポスト「京」(スーパーコンピュータ「富岳」:※4)で重点的に取り組むべき社会的・科学的課題に関するアプリケーション開発・研究開発における重点課題4「観測ビッグデータを活用した気象と地球環境の予測の高度化」および「富岳」成果創出加速プログラム「防災・減災に資する新時代の大アンサンブル気象・大気環境予測」の支援を受け実施されたものです。本課題のシミュレーションはスーパーコンピュータ「京」(※5)の計算資源の提供を受けて実施されました(課題番号:hp120279, hp130010, hp140219)。

 

2.  概要

 東京都立大学大学院都市環境科学研究科の高橋 洋 助教、海洋研究開発機構の那須野 智江 主任研究員および東京大学大気海洋研究所の佐藤 正樹 教授らの共同研究チームは、全球の雲の生成・消滅を経験的な仮定を用いずに物理法則に従い直接計算できる全球雲システム解像大気モデル「NICAM(※6)」を用いた現在気候実験(※7)と将来気候実験(※8)の出力結果を用いて、日本を含むアジアモンスーン域における、夏季の降水量の将来変化について詳細に解析しました。その結果、インド北部からインドシナ半島、西太平洋まで東西に延びる帯状のモンスーントラフと呼ばれる領域で顕著に降水量が増加するという予測結果が得られ、台風を含む熱帯低気圧活動の将来変化と関連していることが明らかになりました。

 温暖化時には、大気の水蒸気量が増えることで、降水量が全般的に増えることが知られていますが、地域スケールでは、各地域に固有の要因の影響も大きく、将来変化は一様ではありません。従来の研究では、モンスーン西風(熱帯モンスーン域での対流圏下層の西風)との関係が重要視されてきました。本研究では、モンスーン西風の風下側(東側)から伝播してくる熱帯擾乱(台風など)の活動度の将来変化が、アジアモンスーン域の降水量変化の重要な要素であることを明らかにしました。

 

3.  背景

 世界の人口が集中するアジアモンスーン域における、夏季の降水量の将来予測は、社会的に重要な課題です。熱帯アジアモンスーン域(※1)では、対流圏下層に西風が吹き、これに伴い多量の降水がもたらされます(図1)。熱帯アジアモンスーン域の降水活動では、対流性の降水とよばれ、雷雨のような激しい降水現象や台風などの熱帯擾乱を伴う降水も主要な構成要素です。また、熱帯アジアモンスーン域は、日本にも影響を及ぼす台風を含めた熱帯低気圧が発生・発達する地域です。

 これらの降水現象を正確に表現するためには、高解像度の気候シミュレーションが必要です。そこで、本研究では、全球の雲の生成・消滅を経験的な仮定を用いずに物理法則に従い直接計算できる全球雲システム解像大気モデルNICAMによるシミュレーションデータを用いました。これにより、積乱雲などの対流性の降水現象や熱帯低気圧に伴う降水などを直接的に計算することができ、解像度の粗い従来の気候シミュレーションに比べて、より現実に即した雲や雨の形成プロセスのもとで、アジアモンスーン降水の将来変化を予測することができます。

 アジアモンスーンの変動は、日本の天候とも密接な関係があり、例えば2018年の西日本豪雨や猛暑はアジアモンスーンの降水量変動との関係が指摘されています。日本への気象影響およびその地球温暖化に伴う変化を理解するためにも、アジアモンスーンの降水量変化を正確に理解することは非常に重要です。

 アジアモンスーンの将来予測の研究は少なくありませんが、過去の大半の研究では、対流圏下層のモンスーン西風の強弱と降水量変動との関係が重要視されてきました。本研究では、新たな着眼点として台風を含む“熱帯擾乱活動との関連”という視点から、アジアモンスーン降水の将来変化を調べました。この点において、高解像度で、雲や雨を直接計算することにより、降水現象や熱帯擾乱がより正確にシミュレートされることは極めて重要です。また、日本域に極端降水をもたらす台風活動の将来変化との関係についても示唆を得ることができます。

 

4.  研究の結果

 高解像シミュレーション出力を詳しく解析した結果、インド北部からインドシナ半島、西太平洋まで東西に延びる帯状のモンスーントラフと呼ばれる領域で、顕著に降水量が増加するという予測結果が得られました(図2)。降水量変化は、モンスーントラフ内で特に東南アジアと北西太平洋において顕著でした。この分布は、台風を含む熱帯擾乱活動との関連を示唆します。

 そこで、台風を含む熱帯擾乱活動の将来変化を調べたところ(図3)、熱帯擾乱活動の変化は、モンスーントラフの降水量変化と極めて整合的でした。即ち、アジアモンスーン域の降水の将来変化は、熱帯擾乱活動と強く関連していることが明らかになりました。ただし、この傾向は、南アジア地域では、東南アジアや北西太平洋地域ほど明瞭ではありませんでした。このような地域による将来変化の違いは、降水量変化を支配する要因が、地域ごとに異なっていることを示唆します。今後、さらなる解析が必要です。

 温暖化時には、大気の水蒸気量が増えることで、降水量が全般的に増えることが知られていますが、地域スケールでは各地域に固有の要因の影響も大きく、降水量変動の正確な予測は挑戦的な課題です。本研究では、アジアモンスーン域の降水量の将来変化予測において、台風を含めた熱帯擾乱活動の将来変化を考慮することの重要性を示しました。また興味深い発見として、降水の源となる水蒸気量の将来変化は、空間的に一様ではなく、モンスーントラフ上で顕著に増加し、気温変化から予想される水蒸気量変化を大きく上回っていました。これは、将来変化における大気循環と降水現象(水の相変化を伴う過程)の相互作用を示唆します。

 さらに、海面水温の将来変化が、アジアモンスーン域の降水量にどのような影響を及ぼすのかについても検討しました。将来の海面水温について、これまでの気候モデルによる予測では、全球的に一様な海面水温の上昇と、エルニーニョ現象に類似する海面水温分布パターンが合わさった分布になる傾向が知られています。全球一様上昇とエルニーニョ現象に類似する海面水温パターンの影響を分離するために、それぞれを別に与えたシミュレーション結果についても調査を行い、アジアモンスーン域の降水量変化に対して、全球一様な海面水温上昇の影響が主要であることを明らかにしました。ただし、南アジアなど、地域によっては、後者の空間非一様な海面水温パターンの効果が重要であることも示唆されており、地域スケールの降水変化については、さらなる調査が必要です。

 

5.  今後の展望

 本研究では、台風を含めた熱帯擾乱活動に伴う降水現象が日本を含むアジアモンスーン域の降水の将来変化の重要な要素であることを示しました。また、これらが、地球温暖化に伴う海面水温の平均的な昇温の影響を大きく受けていることも示しました。今後の研究では、モンスーンの駆動源は、陸と海の熱的なコントラストであることも考慮にいれ、将来の陸域の気候変化についても、より詳しく調べていく必要があります。また、降水の源となる水蒸気量が、将来どのように変化するかということも、地域スケールでの降水量変動を理解する上で、重要です。

 今後は、日本を含めたアジアモンスーン気候の将来変化のさらなる理解のために、熱帯擾乱活動を含めた枠組みでの研究が期待されます。さらに、アジアモンスーンと熱帯擾乱活動の関係は、最近のアジアモンスーン域での異常天候を考える上でも重要なポイントであると思われます。これらについて、高解像度シミュレーション等を駆使して詳しく調査していきます。

 

 

図1

図1:現在気候実験での降水量(mm/日)と風(m/s)の分布。ベクトルは対流圏下層風を表す。日本の風上側には、熱帯モンスーン域が位置している。

 

 

図2

図2:降水量の将来変化(将来気候―現在気候)(緑:増加、茶:減少)。黒い破線はモンスーントラフの中心軸であり、矢印の方向に熱帯擾乱が進む。ベクトルは対流圏下層風の将来変化を表す。モンスーントラフを囲んで反時計回り(低気圧性)の循環場が形成され、降水量の増加とよく対応している。

 

 

図3

図3:熱帯擾乱(台風など)の活動度(運動エネルギー [m2/s2]))の将来変化(将来気候―現在気候)  (緑:活発化、茶:不活発化、網掛け域:変化量が統計的に有意である)。黒い破線は、モンスーントラフの中心軸であり、矢印の方向に熱帯擾乱が進む(図2に同じ)。熱帯擾乱活動の活発化がモンスーントラフ上の降水量増加と概ね対応している。

 

【用語解説】

※1 アジアモンスーン域: 気候学では、一般的に、南アジア、東南アジア、北西太平洋、東アジアを含めた地域を指す。日本は東アジアに含まれる。そのうち、南アジア、東南アジア、北西太平洋域を、熱帯アジアモンスーン域と呼ぶ。

 

※2 モンスーントラフ: 台風などの熱帯擾乱活動が活発な領域であり、平均場で見た場合の降水帯とも一致する。北西太平洋では、熱帯収束帯とも一致すると考えられている。

 

※3 熱帯擾乱: 台風などの強い熱帯低気圧と弱い熱帯低気圧など、熱帯地方の低気圧を指す。本研究では、弱い低気圧でも降水を伴うような低気圧を含めて、熱帯擾乱と定義し、主な研究対象とした。これらの熱帯擾乱は、日本まで移動して、日本にも影響を及ぼすことがある。

 

※4 スーパーコンピュータ「富岳」: スーパーコンピュータ「京」の後継機として理化学研究が整備を進めている計算機。令和2年6月にスパコンランキングの4部門で1位を獲得するなど、世界トップの性能を持つ。令和3年度中に本格運用が開始される予定だが、富岳成果創出加速プログラムは、令和2年度から試行的に計算資源の提供を受けている。

 

※5 スーパーコンピュータ「京」: 理化学研究所に設置され、平成24年9月から共用が開始された計算機。平成23年10月にはTOP500ランキングで1位を獲得した。令和元年8月に運用が終了。

 

※6 NICAM:地球全体で雲の発生・挙動を直接計算することにより高精度の計算を実現した高解像度の全球気象モデル。従来の全球気象モデルでは、高気圧・低気圧のような大規模な大気循環と雲システムの関係について、なんらかの仮定が必要とされ、不確実性の大きな要因となっていた。NICAMは主に水平解像度870 m から 14 kmの範囲で運用されており、3km 程度の超高解像度を用いる場合は全球雲解像モデル、それ以上の解像度を用いる場合は全球雲システム解像モデルと呼ぶ。

 

※7 現在気候実験: 現在の気候状態を再現するために、例えば主要な温室ガスの濃度などを2000年付近の条件に設定し、30年間のシミュレーションを行ったもの。計算で必要となる海面水温は、1次元の1層海洋モデルにより計算するが、1週間程度の時定数で、観測値に緩和する条件で計算した。

 

※8 将来気候実験: 21世紀末の気候状態を見据え、IPCC-AR4(気候変動に関する政府間パネル-第4次報告書)での、WCRP(世界気候研究計画)のCMIP3(第3次結合モデル相互比較プロジェクト)に準じた高位シナリオの条件のもとで、約30年間シミュレーションを行った。現在気候実験と異なり、現在気候実験の海面水温に、海面水温予測データとの気候差分を上乗せしたものに緩和するようにシミュレーションした。よって、年々変動成分は、現在気候実験と全く同じである。

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図3

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