解明!泡沫が壊れるときになぜ液滴が飛ぶのか? 〜泡沫の安定性制御とその応用に期待〜
概要
洗剤やハンドソープ、シェービングクリームといった日用品、生クリームやメレンゲといった食品は、泡立てる(空気を中に取り入れる)と、液体と気泡が混合し、たくさんの気泡が高密度に詰まった状態を形成します。この状態は泡沫(フォーム)と呼ばれ、幅広い分野に応用されている産業的に重要な技術です。泡沫は安定な状態ではなく、時間が経つにつれて崩壊し、消えてなくなります。そのため、どのようなときに、どのように泡沫が壊れるのかを解明することは泡沫を安定させるためにはとても重要な課題ですが、泡沫の崩壊のメカニズム(しくみ)は完全には解明されていませんでした。
東京都立大学大学院理学研究科物理学専攻の柳沢直也大学院生(日本学術振興会特別研究員DC2)、谷茉莉助教、栗田玲教授らの研究グループは、高速度カメラを用いて泡沫の液膜が破れ、液滴が放出されるという崩壊過程の観察に成功し、泡沫の崩壊が起きるための物理的条件について明らかにしました。
このような崩壊のメカニズムや崩壊条件の解明は、崩壊を防ぐために重要であり、泡沫の安定化に深く関わっています。泡沫が安定化されることで、酸化防止や断熱といった産業的な応用から、消火剤などの災害関連分野まで広い範囲にわたって応用されることが期待されます。一方で、薬品や可燃性液体の吹きこぼれなど、意図しない泡沫形成による災害が発生する場合もあります。この研究結果は、泡沫が崩壊しやすく、また形成されにくくすることにもつながり、泡沫の制御による産業への貢献が期待されます。
■本研究成果は、2月17日付けでRoyal Society of Chemistryが発行する英文誌Soft Matterに発表されました。論文中の一部の図はback coverにも選出されています。本研究の一部は、学術振興会科学研究費補助金(特別研究員奨励費No. 20J11840、若手研究No. 20K14431および基盤B No. 20H01874)の支援を受けて行われました。
ポイント
1. 泡沫がどのようなときに、どのように崩壊するのかを解明することは、安定性制御の面でも重要な課題でした。
2. 泡沫の協同的崩壊が起きるための物理的条件が2つあることを発見し、泡沫の液膜の崩壊メカニズムを明らかにしました。
3. 泡沫の崩壊が起きないためには、液膜をたわみやすくして破れないようにすること、崩壊の衝撃によって生じる液体輸送の慣性を弱くすることが重要であることがわかりました。
研究の背景
泡沫は多数の気泡が高密度に詰まった状態で、泡沫中の気泡と気泡の間は液膜によって仕切られています。その液膜はプラトー境界(注1)と呼ばれる液体の流路に連結しており、ネットワークを構成しています。そのため、泡沫における気泡の崩壊は、近接する気泡と相互作用を伴い、シャボン玉のような単一の気泡の崩壊とは異なったふるまいを示すことが知られています。そのひとつとして、協同的崩壊(注2)(複数の気泡が一気に崩壊する現象)が知られています。本研究グループの先行研究では、協同的崩壊では液滴が飛んでいき、離れた液膜を壊すことが重要な過程であることがわかりました。しかしながら、液膜がどのように崩壊し、協同的崩壊を引き起こす液滴がどのように形成されるのか、といった物理的条件については詳しくわかっていませんでした。
そこで今回、液膜が崩壊していく過程を、高速度カメラを用いてより高いフレームレートで直接観察することで、泡沫の液膜崩壊メカニズムの解明を目指しました。
研究の詳細
本研究グループは、界面活性剤溶液(注3)にポンプから気泡を打ち込み、泡沫を作成しました。その泡沫を平行板で挟み込み、一番外側の気泡を針で割り、高速度カメラを用いて泡沫の液膜崩壊の様子を観察しました。図1はその液膜崩壊過程を表しています。泡沫外側の液膜が破れると、その液膜と連結していた垂直プラトー境界は解放されます(これをRVPBと呼ぶことにします。)(図1(a))。RVPBの近くでクラック(液膜の破れ)が生じ、RVPBを輸送しながら泡沫内側に向かって崩壊し始めます(図1(b))。さらにRVPBが輸送されていく過程で、崩壊フロントの曲率が反転し(図1(c)-(e))、最終的に形成された液滴が飛び出すことがわかりました。この崩壊フロントの曲率反転は、シャボン玉のような単一の気泡ではみられない特異的なふるまいです。
図 1 泡沫の液膜が崩壊し、液滴が形成される様子(左)とその模式図(右)。(f)の白線は1mmを表す。
この特異な崩壊の起源を探るために、RVPBについて詳しく調べました。図2は、泡沫外側でクラックが起きた直後のRVPBのふるまいの様子を表しており、RVPBの中心方向に液体が移動していることがわかりました。また、RVPBの輸送をともなった液膜の崩壊フロントの速度について調べました。このRVPBの輸送をともなった液膜の崩壊は、運動方程式を用いて理論的に見積もられた値と、実験で測定した値がよく一致することがわかりました。この理論から崩壊フロントの曲率の反転は、慣性の液体輸送によって生じるRVPBの中心部分と両端部分の質量差が原因であることがわかりました。
また、泡沫の液体の粘性、界面活性剤の種類を変えて実験を行ったところ、同様な液膜崩壊の様子を観察することができました。洗剤溶液の場合は、クラックが生じないために、RVPBの輸送をともなった液膜崩壊は観察されませんでしたが、RVPBの中心方向への液体輸送の様子は観察されました。このことから、泡沫の液膜崩壊は、液体の粘性や界面活性剤の種類に依存しない一般性をもっているといえます。
以上のことから、泡沫の協同的崩壊が起きるための物理的条件は2つあることがわかります。ひとつは、RVPBが輸送されるためには連続してクラックが起きる必要があることです。もうひとつは、液膜崩壊の間に崩壊フロントの曲率反転が起きることです。なぜなら、曲率反転によってRVPBは液滴となって放出され、液滴が別の遠くの液膜を突き破る(貫通モード)ためです。崩壊が起きないように安定化させるには、クラックが起きないように液膜の表面粘弾性を調整してたわみやすくすること、RVPBの中心方向への液体輸送の慣性を弱くすることが重要であるとわかりました(図3)。
図 2 泡沫外側でクラックが起きた直後のRVPBの中央に液体が集まる様子。(b)と(e)の赤円はRVPB内の不純物を表しており、中心に向かって移動している。(e)の白線は1mmを表す。
図 3 液膜崩壊の模式図。2箇所にクラックが生じることでRVPBが輸送され、曲率が反転すると液滴が形成され、放出される。
研究の意義と波及効果
今回の研究により、崩壊フロントの曲率が反転する、加速する、など、泡沫の液膜崩壊は単一気泡とはダイナミクスが異なることと、その崩壊のメカニズムを明らかにしました。また本研究結果から、泡沫の崩壊が起きないようにするためには、液膜をたわみやすくして破れないようにすること、崩壊の衝撃によって生じる液体輸送の慣性を弱くする必要があることが示唆されました。
泡沫は、食料品や化粧品、洗剤、断熱材といった日常的によく見かけることができる状態です。泡沫は断熱性といった気体の性質と拡散という液体的な性質、構造を支える固体的な性質をあわせ持ち、産業的にも重要です。本研究成果により、泡沫の崩壊の安定制御に対する理解が、産業への応用につながることが期待できるものと考えています。
【用語解説】
(注1)プラトー境界(Plateau Border)
泡沫中の気泡同士を結ぶ液体でできた流路のこと。プラトー境界では、常に3つの液膜が接合するなどの幾何学的法則(プラトーの法則)を満たしている。
(注2)協同的崩壊
複数の気泡が一気に崩壊する現象のこと。以前の我々の先行研究によって、泡沫の協同的崩壊には、破れた液膜が内部に吸い込まれていくときに、その衝撃によって隣り合う液膜が破れる伝搬モードと、破れた液膜が液滴となって内部に飛び出し、離れた液膜を破る貫通モードの2種類の崩壊過程があることがわかりました(N. Yanagisawa and R. Kurita. Sci. Rep. 9, 5152, (2019))。
(注3)界面活性剤
親水基と疎水基の両方をもった分子からなる物質の総称です。水と油などの界面張力を下げることで、通常混ざり難いものを混ぜ合わせる効果があります。せっけん・洗剤や食品(マヨネーズやアイスクリーム)などをはじめとして、身近な様々なところで使われています。
【発表論文】
“Dynamics and mechanism of liquid film collapse in a foam”
Naoya Yanagisawa, Marie Tani and Rei Kurita
Soft Matter (2021)
https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2021/SM/D0SM02153A#!divAbstract
DOI: https://doi.org/10.1039/D0SM02153A
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