最近10年間の梅雨前線帯の降水活発化 ~令和2年7月豪雨との関連~
1. 発表のポイント
・日本を含む東アジアに自然災害を引き起こす梅雨前線の降水活動が、最近10年間は非常に活発であることを、長期間の人工衛星観測により明らかにしました。これは、2020年に九州地方に甚大な被害をもたらした令和2年7月豪雨(※1)にも密接に関連しています。この結果は、降雨レーダ(PR; ※2)を搭載したTRMMおよびGPMという降雨観測衛星の長期間観測データにより明らかになりました。
・最近10年間の梅雨前線帯での豪雨の増加などの降水活動の活発化は、(1)太平洋高気圧の東縁に沿った、南からの水蒸気輸送の強化、(2)亜熱帯ジェット気流上の波動による、朝鮮半島〜東シナ海上空での大気の不安定化などと関係があります。2020年の梅雨期にも、これら2つの特徴が明瞭に観測されていました。
本成果は、英国ネイチャーリサーチの『Scientific Reports』電子版に7月7日付け(英国時間)で掲載されました。
タイトル: Recent decadal enhancement of Meiyu-Baiu heavy rainfall over East Asia
著者:高橋 洋1、藤波 初木2
1. 東京都立大学大学院 都市環境科学研究科 2. 名古屋大学 宇宙地球環境研究所
DOI: 10.1038/s41598-021-93006-0 (https://doi.org/10.1038/s41598-021-93006-0)
本研究は、JAXA共同研究EO‐RA2 (PI ER2GPF012)、環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20192004)、JSPS科研費(19H01375)などの助成を受けたものです。
2. 概要
東京都立大学大学院都市環境科学研究科の高橋 洋 助教および名古屋大学宇宙地球環境研究所の藤波 初木 講師は、人工衛星に搭載された降雨レーダのデータを用いて、日本を含む東アジアモンスーン域における、梅雨期の雨の降り方の長期変化について詳細に解析しました。その結果、梅雨前線帯において、最近約10年間にわたって、豪雨の頻度の増加など、降水活動が活発化していたという観測結果が得られました。これは、令和2年7月豪雨(2020年)など、最近の梅雨期の気象災害の頻発に強く関連している可能性があります。本研究に用いた降雨レーダのデータは、宇宙から降水を直接観測したユニークなものであり、長期間の連続観測により実現した成果であります。
さらに、梅雨期の大気の流れを解析すると、最近10年間の梅雨前線帯での雨の降り方の変化に伴って、対流圏下層では太平洋高気圧の東縁に沿った南からの水蒸気輸送が強化され、対流圏上層では亜熱帯ジェット気流に沿って、梅雨前線付近で上昇流を強化するような大気の波動(※3)が見られました。
本研究の結果は、梅雨前線の雨の降り方が変化していることを示唆しています。今後も降雨観測衛星による継続的なモニタリングが重要です。さらに、梅雨前線の雨の降り方の変化に対応した防災対策が必要であると考えられます。
3. 背景
日本を含めた東アジアモンスーン域(※4)では、南アジア・東南アジアモンスーン域からの西風と西太平洋からの東風が合流を起源とする多量の水蒸気輸送に伴い、中国付近でのメイユ前線および日本付近での梅雨前線において、多量の降水がもたらされます。また、中緯度の大気の流れもこの前線活動に影響を与えていることが知られています。このメイユ・梅雨前線は、豊かな水をもたらす一方で、気象災害を度々引き起こしています。2020年7月においても、日本や中国では、大規模な気象災害が発生しました。図1の2020年6月後半から7月前半までの降水頻度(※5)分布および、水蒸気輸送を見ると、梅雨前線帯に集中して、降水活動が活発だったことがわかります。最近の豪雨災害の頻発を理解するために、本研究では、梅雨前線帯の雨の降り方の長期変化を調べました。
降水現象の長期変化を定量的に把握することは容易なことではありません。陸上の降水は、地上の降水レーダや雨量計で把握できますが、海上ではそれらによる観測は困難です。また、長期変化を調べるためには、長期間に渡って均質なデータが必要です。そこで、本研究では、梅雨前線の降水活動の長期変動を理解するために、人工衛星の降雨レーダ(Precipitation Radar; PR)のデータを用いました。1998年から2013年までは、熱帯降雨観測衛星 Tropical Rainfall Measuring Mission (TRMM; ※6)を、さらに、2014年から2020年までは、全球降水観測計画 Global Precipitation Measurement Mission (GPM; ※7)を用いました。これら2つの衛星データを用いることの大きな利点の一つは、過去23年間の降水活動を、海上でも、ほぼ同じ品質で解析することができることです。数値シミュレーションを用いた、梅雨前線活動の長期変化についての研究は少なくありませんが、実測データによる長期変化の解析はほとんどないことも、本研究の重要なポイントの一つです。
4. 研究の結果
人工衛星の降雨レーダのデータを用いて、日本を含む東アジアモンスーン域における、梅雨期の降水量変動の長期変化について詳細に解析しました。その結果、最近11年間(2009年~2019年;2010年代)の梅雨前線帯における降水活動が、その前の11年間(1998年~2008年;2000年代)よりも活発である、という観測結果が得られました(図2)。これは、近年頻発する梅雨期の気象災害に強く関連していると思われます。
図3の梅雨前線帯の降水活動を見ると、年々の変動が見られます。2010年代の平均的に活発な期間でも、より活発な年と、不活発な年が見られます。また、2000年代の平均的に不活発な期間でも、その中で活発な年もあります。しかし、2010年代には、降水頻度の平均が2000年代よりも明らかに上昇していることが確認できます。それにより、2010年代は、降水活動が底上げされることで、活発な年は、さらに活発になり、甚大な気象災害につながってしまう可能性が考えられます。2010年代の10 mm/hr以上の強い降雨の頻度は、2000年代に比べて、約25%も高くなっており、降水活動が活発であったことがわかります。
ここで、梅雨前線の活発化がどのような大気の流れの変化によってもたらされるのかを理解するために、最近約20年間の梅雨期の大気の流れも解析しました(図4)。その結果、2010年代は2000年代に比べて、2つの傾向が顕著に見られました。
1) 図1のように太平洋高気圧の東縁に沿った水蒸気輸送が強まる傾向が見られました(長期変化の図省略)。その太平洋高気圧の強化は、北西太平洋における、台風などの熱帯擾乱活動(※8)の不活発傾向と関連があります。2020年7月も台風があまり発生しませんでした。
2) 対流圏上層(上空12000m付近)において、梅雨前線の西側で上昇流を強化するような気圧の谷が強まる傾向が見られました。この気圧の谷は、梅雨前線の近傍だけではなく、北半球の亜熱帯ジェット気流に沿った大気の波動と深く関わっています。
このように、過去約10年の梅雨前線活動の強化は、大気の流れの変化とも整合的でした。
最後に、TRMMやGPMのデータが存在しない1980年代と1990年代についても、外向き長波放射データを利用して、解析を行いました。この外向き長波放射は、雲の活動を調べるために使われます。その結果、2000年代は、1990年代や2010年代に比べて梅雨活動が不活発であることが確認できました。ただし、2010年代は、1990年代と比べても、梅雨前線活動がより活発でした。また、外向き長波放射データから推定した梅雨前線活動は、降水レーダで観測した降水変動と類似はしているものの、豪雨などの強い降水の変動よりも、弱い降水も含めた降水活動全般と、よく対応していました。
5. 今後の展望
今後は、現在も運用が続いているGPM衛星の降雨レーダの観測結果を解析し続け、気象災害を引き起こす可能性の高い、梅雨前線活動を継続的に監視していきます。また、過去10年間で梅雨前線が強化傾向にありますが、そのメカニズムを理解するための研究を進める必要があります。特に、西太平洋の台風を含めた熱帯擾乱活動および、対流圏上層のジェット気流などの10年規模の変動の理解が重要です。さらに、定量的な理解を目指して、高解像度の気候シミュレーションなどを併用して研究を行う予定です。
解析結果より、2010年代の梅雨前線帯における降水活動は、2000年代よりも平均的に活発であることが確認できました。今後は、この新しい平均的なレベルの降水活動に対応した防災対策が必要であると考えられます。また、将来においても、梅雨期などの豪雨災害のモニタリングのために、降雨観測衛星の継続運用が求められます。
図1:(上)2020年の梅雨期(6月後半から7月前半)の降水頻度の平年からの偏差。平年値は、1998年から2019年までの平均値として計算した。単位は、%。(下)2020年の梅雨期(6月後半から7月前半)の水蒸気輸送量の偏差。単位は、kg/m/s。矢印の長さと色は、平年との違いの大きさを示す。
図2:TRMMおよびGPM衛星の観測による、1998年〜2008年と2009年〜2019年の各11年平均の降水頻度の差。単位は%。緑色(オレンジ色)は、降水活動が活発化(不活発化)していることを示す。図中の黒丸(灰色の丸)は、平均値の差が有意水準95%(90%)で統計的に有意であることを示す。北緯36度以北は、TRMMでは軌道外で観測していないため、差が計算できない。
図3:降水頻度の時系列を示す。黒丸の実線は、0.5 mm/hr以上の降水頻度。青丸の破線は、10.0 mm/hr以上の降水頻度。オレンジの破線は、10.0 mm/hr以上の降水頻度の11年平均値(1998年から2008年および2009年から2019年)、2010年代に平均値が高くなっていることがわかる。
図4:上空約12000m(200 hPa面)における、1998年〜2008年と2009年〜2019年の各11年平均の風の差。図中の低は、対流圏上層の気圧の谷を示し、その付近で上昇流が形成され、天気が悪くなりやすいことを示す。図中の高は、対流圏上層の気圧の尾根を示す。太いベクトルは、有意水準95%で統計的に有意であることを示す。ベクトルの長さと色は、2つの期間の風速の差を示す。
【用語解説】
※1 令和2年7月豪雨: 西日本から東日本、東北地方の広い範囲で大雨が降りました。特に、4日から7日にかけて九州で記録的な大雨となり、球磨川など大河川での氾濫が相次ぎました。
※2 降雨レーダ(PR): TRMM(GPM)に搭載されている降雨レーダPR(二周波降雨レーダDPR)は、日本が開発した世界初の衛星搭載降雨観測用レーダです。
※3 大気の波動: ここでは、対流圏上層の亜熱帯ジェット気流上に見られる大気の波動です。気圧の谷などを関連しており、梅雨活発期には、梅雨前線の西側上空に、気圧の谷がみられます。この気圧の谷の形成に関連しています。
※4 アジアモンスーン域: 気候学では、一般的に、南アジア、東南アジア、北西太平洋、東アジアを含めた地域を指します。日本は東アジアに含まれます。
※5 降水頻度:任意のしきい値以上の降水の頻度です。本研究では、時間雨量0.5 mm/hrと10.0 mm/hrの図を示しています。時間雨量0.5 mm/hrは、雨の音が聞こえる程度の雨の強さ、10.0 mm/hrは非常に強い降水の強さです。
※6 熱帯降雨観測(TRMM)衛星: TRMMは1997年12月に打ち上げられたNASA・JAXA共同開発の衛星で、熱帯の降雨を観測することが目的です。降水レーダ(PR)TRMMは設計寿命3年2ヶ月を大きく上回る17年間運用されました。
※7 全球降水観測(GPM)計画:全球降水観測(GPM)計画は、TRMMを引き継ぎ、2014年から現在まで、熱帯と中緯度帯の降水観測を継続しています。
※8 熱帯擾乱: 台風などの強い熱帯低気圧と弱い熱帯低気圧など、熱帯地方の低気圧を指します。本研究では、弱い低気圧でも降水を伴うような低気圧を含めて、熱帯擾乱と定義し、主な研究対象としました。これらの熱帯擾乱は、日本まで移動して、日本にも影響を及ぼすことがあります。
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