同志社大学脳科学研究科 髙橋晋教授研究グループ「渡り鳥の脳内にあるコンパス細胞を発見」

同志社大学

2022年2月5日

学校法人同志社 同志社大学

 

 

脳神経科学を専門とする同志社大学大学院脳科学研究科の髙橋晋教授は、生態学を専門とする名古屋大学大学院環境学研究科の依田憲教授と共同し、渡り鳥(オオミズナギドリ)の幼鳥の脳から方向感覚を司る「頭方位細胞」を発見しました。そして、その頭方位細胞があたかも方位磁針(コンパス)のように北方位を好むことを明らかにしました。この研究成果から、脳内における方向感覚と磁気感覚の協調や、海を越え北半球から南半球まで旅する渡りのメカニズム理解がより一層進展するだけではなく、渡り鳥の生態理解から、その保全に関する新たな知見に繋がることが期待されます。本研究成果は、米科学誌Scienceの姉妹誌であるScience Advancesの2022年2月4日号に掲載されました。

 

背景

脳の中には、頭が特定の方位を向いたときに高頻度に活動する細胞が発見されています。この方向感覚を司る「頭方位細胞」はこれまでに、哺乳類、鳥類、魚類だけでなく昆虫の脳内からも発見されている、移動に深く関与する細胞です。この細胞は、脳内にあるコンパスのようですが、特定の方位(例えば北など)に偏っていないので、地磁気注1とは無関係と考えられてきました。ですが、これまでに頭方位細胞が発見されてきた動物種は、磁気感知能力を持たない、もしくは能力があっても磁気に頼らないだけなのかもしれません。

野生動物の海鳥、ハト、サケ、ウミガメなどのように、渡りや回遊と呼ばれる長距離移動を行うものは、地磁気を頼りに移動することが知られています。その中でも、繁殖地と越冬地の間を数千キロメートルも行き来する海鳥類は、目印のない海上を迷うこと無く移動します。その際、海鳥類は地磁気などを手がかりとして目的地にたどり着くという説があります。これまでの研究により、鳥類は眼の中に磁気を感じ取る物質をもっており、地磁気を見ることができるという説があります。また、ハトの脳内にある前庭神経核では、磁気を感知する細胞が発見されているため、鳥類の脳内には磁気感覚があるようです。

この前庭神経核は、頭方位細胞の活動に深く関与することが知られており、方向感覚と磁気感覚は、同じ神経核を共有していると考えられます。例えば、磁気感覚により目的地への方位である南がわかったとすると、その目的地へ向かうためには、頭の方向を南へ向けるという方向感覚との協調が必要になります。ところが、脳がそれら磁気感覚や方向感覚をどのように組み合わせて目的地へ向かうのか、その実体は未だ謎に包まれていました。

この課題を解決するには、研究分野を跨ぐ学際的な共同研究が必要です。しかし、これまで、ネズミ(ラット、マウス)などの実験動物注2を対象として神経活動を計測する神経科学者と、野生動物を対象として行動や生態を研究する生態学者の間には、ほとんど交流がありませんでした。そこで本研究では、文部科学省 科学研究費助成事業の学術変革領域(A)「サイバー・フィジカル空間を融合した階層的生物ナビゲーション」と新学術領域研究「生物ナビゲーションのシステム科学」からのサポートを受け、同志社大学と名古屋大学に所属する神経科学と生態学の専門家を結集し、従来の学術領域を越えて共同することで本研究に取り組みました。

本研究では、巣立ち注3直前のオオミズナギドリの雛を研究対象としました。オオミズナギドリは、日本や韓国、中国の島で繁殖する海鳥で、親鳥は子育てが終了するとフィリピンやインドネシア、オーストラリア北部へ渡ります。また、雛も巣立ち後、親とは別行動をとって同地域へ向かいますが、巣立ち後一ヶ月の間に半分以上の個体が死亡することがわかっています。オオミズナギドリは海面を薙ぐ(切る)ように水面すれすれを飛ぶことにより、頻繁に羽ばたかずに滑空移動することができます。そのため、基本的に陸上を飛ぶことはありません注4。これらの知見は、動物に超小型の機器を装着するバイオロギング研究によって得られました注5。

ところが2017年に新潟県の粟島の巣立ち幼鳥について、驚きの生態が発表されました。成鳥は本州を迂回して海上を移動していたのですが、巣立ちした幼鳥は本州上の険しい山を越えて太平洋に到達していたのです*1(図1)。海上飛翔に適応した形態や行動を備えているオオミズナギドリにとって、山越えを含む陸上飛翔は命を危険に晒す多大なリスクを伴います。実際、山越えの途中で落下して死亡してしまう幼鳥も多くいました注6。このことから、オオミズナギドリの幼鳥は、日本列島の地形についての知識がなく、成鳥のように陸地を迂回することができないこと、それにも関わらず南へ向かって真っ直ぐに渡ることが示唆されました。いったいオオミズナギドリは、何を見て、あるいは感じて、渡るべき方角へ飛翔するのでしょうか。



研究手法と成果

この結果を踏まえ、脳神経科学を専門とする同志社大学大学院脳科学研究科の髙橋晋教授らのグループは、生態学を専門とする名古屋大学大学院環境学研究科の依田憲教授らのグループと共同し、オオミズナギドリの雛を対象とした研究を開始しました。そして、空間や方位認知と関係が深いと考えられている内側外套と呼ばれる脳部位に着目し、そこでの神経細胞活動注7と頭が向いている方位との関連性を調べることにしました。

髙橋晋 教授らはまず、小型軽量かつ無線で脳活動を計測可能なニューロ・ロガーと呼ばれる計測装置を活用し、ネズミ(ラット、マウス)を対象として培ってきた電気生理学技術を組み合わせ、自由に歩行するオオミズナギドリの雛の脳活動を記録する手法を確立しました(図2)。

実験空間内を自由に歩行しているオオミズナギドリの雛の内側外套にある神経細胞から発せられる電気的な活動を記録し、その頻度と雛の頭部が向いている方位との関係性を調べた結果、頭部がある一定の方位を向いているときに高頻度に活動する「頭方位細胞」を発見しました(図3)。

哺乳類、鳥類、魚類などを含む従来研究は、それぞれの頭方位細胞は、動物の頭部が特定の方位を向くと活動頻度を上昇させることを明らかにしています。例えば、複数の頭方位細胞を集めると、全方位を余すところ無く一様に分布することが知られています。ところが、本研究において発見したオオミズナギドリ雛の脳内にある頭方位細胞は、あたかもコンパス(方位磁針)のように北方位に偏って分布することが示唆されました(図4)。また、この北を好む傾向は、実験場を数キロメートル以上移動させても同様に見られました(図5)ので、方位を知る手がかりとして、位置に依存しない地磁気などを活用していると推測されます。

このように、多動物種に跨り存在する頭方位細胞が、渡り鳥においても発見されましたが他動物種との違いもあったため、頭方位細胞が種を越えて保存されてきた可能性だけでなく、それぞれの動物種が環境変化に適応して進化させた結果(収斂進化)であるとも考えられました。

我々は、本発見を踏まえ、雛の脳内にある頭方位細胞がコンパスのように方位を知らせ、移動経路を誘導しているという仮説を提唱しています。本研究の発見とは逆に、頭方位細胞が南を好んでいたとすると、南に向かう数千キロメートルの渡りの最中に頭方位細胞は継続的に活動し続けなければならず、エネルギー効率が悪いと考えられます。そのため、オオミズナギドリ雛の頭方位細胞が北を好む理由は、それが「誤報」となり、頭方位細胞が活動していれば間違った方向へ飛んでおり、活動しなければ目的地がある南方へ正しく向かっていることを知らせるためかもしれません。

多動物種に跨り存在する頭方位細胞は、方向感覚を司りますが、オオミズナギドリ雛の場合は磁気感覚も司っているようです。そのため今回の研究成果は、オオミズナギドリの雛では、方向感覚と磁気感覚が脳内で統合されていることを示唆しています。将来的には、磁気感覚と脳活動の関連性などを通じて渡りを理解する新しい研究展開が生まれることが期待されます。また、渡り鳥のナビゲーションの仕組みを理解することにより、保全に関する新たな知見に繋がることが期待されます。オオミズナギドリの雛は、移動する際に多くの危険に直面します。例えば、巣立ち直後は街灯に引き寄せられて落下したり、とりわけ険しい山越えルートを選んでしまったりして、巣立ち後一ヶ月の間に何と7割ほどが死亡してしまうこともあります。移動生態やメカニズムを正しく理解することによって、生態保全や保護に繋がるよう研究を行っていく必要があります。

髙橋教授は、「渡りに関するこれまでの研究では、地磁気や匂いといった環境にある外部手掛かりをもとにそのメカニズムに関する理解が進展してきました。我々の発見は、それら外部にある環境要因と、脳内にある内的な情報を繋ぎ、渡りを深く理解する切っ掛けになる。」と話しています。



今回の発見

渡り鳥の脳内から頭が特定の方位を向いた時に活動するコンパスのような細胞を発見

渡り鳥の脳内コンパスは、北を好むことを発見



この研究の社会的意義

渡りは、あたかもコンパスや地図を持っているかのように、数千キロメートルを正確に移動する動物が持つ驚異的なナビゲーション能力です。地磁気や匂いに基づいて理解されてきた渡りが、今回の研究により脳内からも理解できることで、海を越え北半球から南半球まで旅する渡りのメカニズム理解がより一層進展するだけではなく、渡り鳥の生態理解から、その保全に関する新たな知見に繋がることが期待されます。また、学際的な研究によって、新しい研究領域を切り開くことができることを示しました。



論文情報

本研究の成果は、2022年2月4日に、米科学誌Scienceの姉妹誌である「Science Advances」にオンライン掲載されました。

Takahashi, S. Hombe, T., Matsumoto, S., Ide, K., Yoda, K., “Head direction cells in a migratory bird prefer north”, Science Advances 8, eabl6848 (2022).



注釈

注1:地球が持つ磁場

注2:研究用に室内で飼育されている動物

注3:飛翔できるようになること

注4: 例外は孵化から巣立ちまでの雛期と、雛に餌を与えるために島の上を短距離移動するときだけ

注5:オオミズナギドリは、世界的に見ても最もバイオロギング研究が進んでいる動物のひとつ

注6: ただし、年によって山越えのルートは異なり、あまり死なない年もある

注7: 神経細胞が脳内で情報を伝えるために発する電気的な活動



参考文献

*1 Yoda, K., Yamamoto, T., Suzuki, H., Matsumoto, S., Muller, M., Yamamoto, M., “Compass orientation drives naïve pelagic seabirds to cross mountain ranges”, Current Biology, Vol. 27, PR1152-R1153, 2017.

1.オオミズナギドリの幼鳥と親鳥の渡り経路 

左:日本を中央に配置した地球のイメージ上に、オオミズナギドリの親鳥(赤線)と幼鳥(黄色線)の渡り経路を描いた。中央:日本付近の拡大図。右:コンパス方位。渡りを経験済みの親鳥は、赤線で示すように日本列島の山越えを避け、海峡を抜けてフィリピン、インドネシアやオーストラリア北部方面へ向かう。一方、はじめて渡りをする幼鳥は、フィリピン、インドネシアやオーストラリア北部方面へ直線的に南下する山越え経路を選ぶ。

図2. オオミズナギドリ雛が実験空間内を歩行する実験風景

本研究では、実験空間内を歩行するオオミズナギドリ雛の行動を上部に設置したカメラで計測した。そして、カメラ画像から頭部の位置や方位を推定し、計測された脳活動との対応関係を調査した。

 

図3. オオミズナギドリ雛の内側外套から観測された頭方位細胞活動の一例

左:オオミズナギドリ雛の内側外套から観測された、ある一つの頭方位細胞の活動頻度を赤線で極座標上に示した。黒矢印は平均合成ベクトルで、この頭方位細胞が北を好むことを示している。図内にある数字は、1秒間あたりの活動頻度(Hz)を示す。この頭方位細胞は、オオミズナギドリ雛が頭部を北に向けたときに、1秒間に約17回活動するが、他の方位(東、西、南など)を向くとその活動がほとんど無くなる。

 

 

図4. 北を好むオオミズナギドリ雛の頭方位細胞を示す模式図

上部に示すように、内側外套にある細胞の一部(赤三角形)は、オオミズナギドリの頭部が北方位を向くと活動頻度を上昇させるが、左右や下部に示すように他の方位(東、西、南など)を向くと活動頻度が低い(青三角形)。内側外套にある神経細胞を三角形で表現し、活動頻度が高い状態を赤、低い状態を青で示した。

オオミズナギドリ雛の脳内(内側外套)には、オオミズナギドリが北を向くと活動頻度を上昇させる頭方位細胞が多く存在する。

 


5. 頭方位細胞の活動は北を好む

円形内の黒点は、一つの頭方位細胞に対応し、頭方位細胞が好む方位にプロットされている。左:室内実験は、巣穴から数キロメートル離れた位置にある室内で実施され、頭方位細胞群の集団方向(左円内の赤矢印)は、概ね北を指すことがわかる。右:屋外実験は、巣穴から約1キロメートル離れた屋外で実施されたにもかかわらず、頭方位細胞群の集団方向(右円内の赤矢印)は、同じく概ね北を指した。このことから、頭方位細胞は渡り鳥がどこにいても北を好むと考えられた。黒線は、95%信頼区間を示している。

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