日本人の遺伝性脳小血管病の 種類毎の頻度を明らかに

- 脳小血管病の遺伝子診断アプローチを提唱 -

新潟大学

2022年10月26日

新潟大学

 

 新潟大学脳研究所脳神経内科学分野の上村昌寛非常勤講師、小野寺理教授らの研究グループは、日本人の重い脳小血管病(※1)の背景にある遺伝子異常の頻度を明らかにしました。その結果、遺伝性の背景がある人の90%以上はNOTCH3、HTRA1及びABCC6の3遺伝子によることを発見しました。この成果で、日本人の脳小血管病の遺伝子診断の方法を提唱しました。本研究成果は、今後の脳小血管病の診療に寄与することが期待されます。

 

【本研究成果のポイント】

・日本人の脳小血管病の背景遺伝子変異はHTRA1とABCC6変異の頻度が高い

・日本人の脳小血管病の遺伝子変異はNOTCH3、HTRA1及びABCC6の3遺伝子の変異が90%以上を占める。

・血圧正常、家族歴、若年発症が遺伝性であることを診断するために有用な臨床情報である。

 

Ⅰ.研究の背景

 脳の血管には、太い血管と、細い血管があります。この、脳の細い血管の異常は、ご高齢の方で多く、この血管が痛むと、頭の回転の悪さや、歩行時のふらつきなどを起こします。これらを総称して脳小血管病とよびます。脳血管性の認知症の一部です。

 脳小血管病は加齢が最大の危険因子です。しかし、何故、この血管が傷む人と傷まない人がいるかは、解っていません。一方で、遺伝子の異常で、脳小血管病が起こることが知られています。これらの遺伝性脳小血管病は、NOTCH3変異で生じる皮質下梗塞と白質脳症を伴う常染色体顕性脳動脈症(CADASIL)(https://www.nanbyou.or.jp/entry/4445、指定難病124) やHTRA1変異で生じる禿頭と変形性脊椎症を伴う常染色体潜性白質脳症(CARASIL)(https://www.nanbyou.or.jp/entry/4550、指定難病123)が代表的です。しかし、これらは大変稀と考えられていました。

 本研究グループは、遺伝歴の有無を問わず、日本人の重い脳小血管病の方の臨床情報等を全国より収集し、日本人の脳小血管病の種類や頻度を明らかにしました。その上で、遺伝性脳小血管病を特徴付ける臨床情報を抽出し、遺伝性脳小血管病の診断アプローチを提唱しました。

 

Ⅱ.研究の概要・成果

 今回の研究では日本全国の施設から重い脳小血管病症例の臨床情報・画像情報、及び遺伝子検体を収集しました。収集した情報から、55歳以下で発症した方々(Group1)、56歳以上で発症し家族歴を認めた方々(Group2)に分類しました。収集した全検体に対して、NOTCH3とHTRA1の遺伝子検査を実施しました。NOTCH3とHTRA1の遺伝子変異を認めなかった検体に対して追加で全エクソン解析を実施し、脳小血管病の原因遺伝子に異常がないかを検討しました。

 対象患者は106例(Group1は75例、Group2は31例)で、50名に何らかの遺伝子変異を認めました。認められた遺伝子変異としては(図1)、NOTCH3が60%と最も多く、続いて、HTRA1が22%、ABCC6が12%でした。これら3遺伝子の変異を合計すると94%となり、日本人の遺伝性脳小血管病の原因遺伝子の殆どはこれら3遺伝子が占めていることが明らかとなりました。

 ABCC6変異は皮膚や眼病変、時に脳梗塞を引き起こす弾性線維性仮性黄色腫(指定難病166)(https://www.nanbyou.or.jp/entry/4580)という常染色体潜性遺伝性疾患(※2)の原因遺伝子です。今回、この変異が顕性でも脳小血管病を起こしうることを見出しました。

 続いて、Group1を決定木という手法を用いて、臨床症状や画像情報から遺伝性脳小血管病症例と診断のつかなかった例(未診断症例)を分類可能か試みました。結果、第一度近親の家族歴、高血圧、発症年齢≦43歳という3つのノードを使って4つのグループに分類することができました(図2)。

 グループ別でみると、①第一度近親の家族歴がなく、高血圧を認めるグループと②第一度近親の家族歴がなく、高血圧を認めず、発症年齢>43歳のグループでは、遺伝性脳症血管病の頻度は20-33.3%と少なく、認められた疾患はCADASILとヘテロ接合性HTRA1関連脳小血管病(※3)のみでした。

 一方で、③第一度近親の家族歴がなく、高血圧を認めず、発症年齢≦43歳のグループと、④第一度近親の家族歴のあるグループでは、遺伝性脳小血管病を70%以上認め、CADASILやヘテロ接合性HTRA1関連脳小血管病以外にも複数の疾患が認められました。

 これらの結果から、①日本人では遺伝歴を問わず、一定数、遺伝性の脳小血管病が存在すること、②遺伝性脳小血管病はNOTCH3、HTRA1、ABCC6の3遺伝子で殆ど診断可能であること、③遺伝性脳小血管病患者のスクリーニングには、第一度近親の家族歴、高血圧、発症年齢の3つの情報が重要であること、が明らかとなりました。以上の結果を踏まえて、日本人における遺伝性脳小血管病の診断アプローチを新たに提唱しました。

 

 

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Ⅲ.今後の展開

 本研究により、日本人脳小血管病の背景にある遺伝子としてHTRA1とABCC6が高頻度に認められることが明らかとなりました。近年、HTRA1は遺伝歴のない脳小血管病にも影響することが知られるようになり、脳小血管病の重要な危険遺伝子として世界中で関心が高まっています。一方で、ABCC6は弾性線維性仮性黄色腫の原因遺伝子として知られていましたが、脳小血管病との関連性については十分に明らかとなっていません。今後は変異している遺伝子が関係する病態に応じた最適な診断・診療の開発が可能になると思われます。

 

Ⅳ.研究成果の公表

 本研究成果は、2022年10月19日、科学雑誌「Journal of Neurology, Neurosurgery and Psychiatry誌(IF=13.7、臨床神経学で7位/212誌中)に掲載されました。

 

論文タイトル:High frequency of HTRA1 and ABCC6 mutations in Japanese patients with adult-onset cerebral small vessel disease

著者:Masahiro Uemura, Yuya Hatano, Hiroaki Nozaki, Shoichiro Ando, Hajime Kondo, Akira Hanazono, Akira Iwanaga, Hiroyuki Murota, Yosuke Osakada, Masato Osaki, Masato Kanazawa, Mitsuyasu Kanai, Yoko Shibata, Reiko Saika, Tadashi Miyatake, Hitoshi Aizawa, Takeshi Ikeuchi, Hidekazu Tomimoto, Ikuko Mizuta, Toshiki Mizuno, Tomohiko Ishihara, Osamu Onodera

doi: 10.1136/jnnp-2022-329917

 

Ⅴ.謝辞

 本研究は、文部科学省科学研究費補助金 新学術領域研究「脳タンパク質老化と認知症制御」、日本医療研究開発機構(AMED)「難治性疾患実用化研究事業:薬事承認を目指すシーズ探索研究 (ステップ0)」、日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究 (A)、厚生労働科学研究費補助金「成人発症白質脳症の実際と有効な医療施策に関する研究」、武田科学振興財団研究助成の支援を受けて行われました。

 

【用語解説】

※1脳小血管病:

脳は老化で様々に変化しますが、脳の細い血管も、その影響を受けやすいところです。脳の細い血管の障害により生じる病気の総称です。脳梗塞、脳出血、認知症、歩行障害などを引き起こします。

 

※2 常染色体潜性遺伝性疾患:

2対ある遺伝子(対立遺伝子)の両方に変異が認められることで、初めて発症する遺伝形式の疾患です。一般的には父親・母親の両方が疾患に関わる遺伝子の変異を有し、それぞれの遺伝子変異が子供に遺伝することで、その子供が発症します。以前は常染色体劣性遺伝性疾患と呼ばれていました。

 

※3 ヘテロ接合性HTRA1関連脳小血管病:

従来、HTRA1による脳小血管病は常染色体潜性遺伝形式で発症すると考えられていました。しかし、近年は、2対あるHTRA1遺伝子のうち、片側の遺伝子にのみ疾患関連変異が認められても(ヘテロ接合性変異)、脳小血管病を発症する場合があることが明らかとなってきました。しかし、ヘテロ接合性変異を認めても必ずしも発症するわけではないために、更なる研究が必要と考えます。

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