パーキンソン病におけるαシヌクレイン新規リン酸化の病態を発見

-パーキンソン病の新しいメカニズムの解明-

新潟大学

2023年6月1日

新潟大学

 新潟大学脳研究所脳病態解析分野の松井秀彰教授、京都大学医学研究科医学研究支援センターの伊藤慎二講師、筑波大学生存ダイナミクス研究センターの岩崎憲治教授、関西医科大学の廣瀬未果研究員(研究当時:大阪大学蛋白質研究所特任研究員)、永生病院脳神経内科パーキンソン病センターの久保紳一郎博士らの研究プロジェクトは、パーキンソン病(注1)におけるαシヌクレイン(注2)の神経毒性に関係すると考えられるT64リン酸化(注3)の存在を明らかにしました。

 これまでパーキンソン病において、αシヌクレインが重要な分子の1つであることは想定されていましたが、αシヌクレインがどのようにしてパーキンソン病の病態に関わるかは不明な点が多くありました。本研究では、加齢とともにパーキンソン病に類似した病理を呈する魚=アフリカメダカの脳およびヒト剖検脳におけるαシヌクレインの翻訳後修飾(注4)を解析することで、αシヌクレインT64リン酸化がパーキンソン病において増加することを見出しました。さらにαシヌクレインT64リン酸化が異常な形態の複合体を形成すること、ミトコンドリア機能障害(注5)や細胞毒性を発揮することなどを明らかにしました。以上の発見はパーキンソン病の病態解明とその治療開発に役立つことが期待されます。

 本研究成果は、2023年5月30日、米国科学アカデミー紀要「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」に掲載されました。

 

【本研究成果のポイント】

・ 小型魚類とヒト試料を用いてαシヌクレインの新規リン酸化を見出した。

・αシヌクレインT64リン酸化がパーキンソン病において増加する。

・αシヌクレインT64リン酸化は異常な形態の複合体を形成し細胞毒性を発揮する。

Ⅰ.研究の背景

 パーキンソン病は手足のふるえ、動きの鈍さ、転倒しやすさなどを主症状とする神経疾患です。αシヌクレインはレビー小体と言われる細胞内の凝集物の主な構成物質であり、αシヌクレインおよびレビー小体の蓄積はパーキンソン病の主な病理的特徴です。これまでの研究で、パーキンソン病の病態におけるαシヌクレインの重要性が指摘されています。しかし、αシヌクレインがパーキンソン病において毒性を発揮する分子的なメカニズムは、未だ十分には解明されていませんでした。

 

Ⅱ.研究の概要

 本研究では、まずは松井秀彰教授らが2019年に報告した、加齢とともにパーキンソン病の病態を呈するアフリカメダカ(1)のαシヌクレインに対する修飾に注目しました。その結果、アフリカメダカのαシヌクレインがいくつかの新規部位において、加齢あるいはパーキンソン病に伴いリン酸化されることがわかりました。

 

 

1: 本研究に利用したアフリカメダカ

わずか3-5ヶ月の間に老化し、パーキンソン病を含むさまざまな加齢関連疾患の病態を呈する(松井ら Cell Rep. 2019)。図は松井自身が撮影したもので、一部は松井研究室のホームページ(https://www.bri.niigata-u.ac.jp/~neuroscience_of_disease/)より転載。

 

 次にヒトパーキンソン病脳を解析した結果、特にT64という部位におけるαシヌクレインのリン酸化が、パーキンソン病の脳において増加していることが明らかになりました。T64におけるリン酸化をさらに研究するために、T64D変異というT64リン酸化の状態を模すような変異αシヌクレインを解析したところ、T64D変異ではαシヌクレインの複合体構造に異常をきたすことがわかりました。さらにT64D変異αシヌクレイン複合体の構造異常は、家族性パーキンソン病で見られるA53T変異を持つαシヌクレイン複合体の構造異常と類似していました。このようなT64DあるいはT64E(注6)といった変異は、培養細胞ではミトコンドリア機能障害・リソソーム障害・細胞死を起こし、脊椎動物のモデル生物としてよく使われているゼブラフィッシュでは神経変性の原因となりました。以上の実験結果はパーキンソン病の病態におけるαシヌクレインのT64部位でのリン酸化の重要性と病原性を示すものでした(2)。

 

 

2: 本研究の概要

αシヌクレインのT64リン酸化が異常な複合体の形成につながり、結果リソソーム機能障害やミトコンドリア機能障害、ひいては細胞毒性や神経細胞死につながると考えられる。

 

 

Ⅲ.研究の成果

 本研究プロジェクトは、パーキンソン病モデル動物およびヒトパーキンソン病の脳において、αシヌクレインのT64部位のリン酸化が増加することを報告しました。このT64リン酸化は、αシヌクレインの特性を変化させ、異常な複合体形成や毒性の獲得につながりました。今回の発見は、αシヌクレインがパーキンソン病において毒性機能を獲得するための新しい重要なステップを明らかにするものです。

 

Ⅳ.今後の展開

 本研究成果は、神経難病の1つであるパーキンソン病の病態解明に貢献するものであり、今後も引き続き解析を続けていきます。そして、パーキンソン病のより詳細な病態解明および治療開発、さらに発症機序の解明と超早期の予測・予防法開発に結び付けたいと考えています。

 

Ⅴ.研究成果の公表

 本研究成果は、2023年5月30日、米国科学アカデミー紀要「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」に掲載されました。

論文タイトル:Phosphorylation of α-Synuclein at T64 Results in Distinct Oligomers and Exerts Toxicity in models of Parkinson’s Disease

著者:Hideaki Matsui, Shinji Ito, Hideki Matsui, Junko Ito, Ramil Gabdulkhaev, Mika Hirose, Tomoyuki Yamanaka, Akihide Koyama, Taisuke Kato, Maiko Tanaka, Norihito Uemura, Noriko Matsui, Sachiko Hirokawa, Maki Yoshihama, Aki Shimozawa, Shin-ichiro Kubo, Kenji Iwasaki, Masato Hasegawa, Ryosuke Takahashi, Keisuke Hirai, Akiyoshi Kakita, Osamu Onodera

doi: 10.1073/pnas.2214652120

 

Ⅵ.謝辞

 本研究は、科学技術振興機構ムーンショット型研究開発事業(JPMJMS2024)、文部科学省科学研究費助成事業(JP22484842、JP18955907、JP14516799、JP16690735、JP17925674)、AMED(JP19gm6110028、JP19dm0107154、JP21wm0425019)、武田科学振興財団、住友財団、東京生化学研究会、上原記念生命科学財団、細胞科学研究財団、クラウドファンディング、その他の寄付金などの支援を受けて行われました。

 また、本研究は、京都大学医学研究科臨床神経学教授の髙橋良輔教授、東京都医学総合研究所の長谷川成人博士、新潟大学脳研究所脳病態解析分野の山中智行准教授、同脳神経内科学分野の小野寺理教授、同病理学分野の柿田明美教授等の協力を得て行いました。

 

ムーンショットプロジェクトマネージャー 髙橋良輔教授のコメント

 本研究開発プロジェクトでは臓器連関に着目することで認知症を発症前に予測し、予防可能とすることを目指しています。パーキンソン病およびパーキンソン病関連認知症においてその病態発症メカニズムにはαシヌクレインが病因タンパクとして関与していることが知られており、特にその蓄積は病気の発症前、すなわち未病の時期から始まっています。本研究ではこのαシヌクレインが神経毒性を発揮するために重要な要素を新たに見出すことに成功しました。αシヌクレインは脳だけではなく腸管をはじめとした末梢臓器にも存在し腸脳連関と密接に関係しているため、臓器連関に着目してパーキンソン病の未病期から発症に至る病態予測モデルを構築するためのキーパラメーターとして重要です。このように、本研究におけるαシヌクレインの修飾・挙動に関する新たな発見は、腸脳連関に基づく疾患予測モデルの構築の基礎となり、ヒトにおけるパーキンソン病関連認知症の発症前予測および予防法につながると考えます。

 

【用語解説】

(注1)パーキンソン病:手足のふるえ、動きの鈍さ、転倒のしやすさ、などを症状とする脳神経疾患。L-Dopaなどの内服により症状は緩和されることが多いが、病気の詳細なメカニズムは未だわかっていない。

 

(注2)αシヌクレイン:神経細胞などに存在するタンパク質。パーキンソン病の脳内に蓄積していること、遺伝性パーキンソン病の原因遺伝子産物の1つであること、などからその病態への重要な関与が想定されている。

 

(注3)T64リン酸化:ここではαシヌクレインの64番目のアミノ酸であるトレオニン(Tと略す)に対してリン酸化修飾がおこることを意味する。

 

(注4)翻訳後修飾:タンパク質が合成された後、タンパク質へ付加されるさまざまな修飾のことを言う。リン酸化はその修飾様式の1つである。

 

(注5)ミトコンドリア機能障害:ミトコンドリアは細胞の中に存在する細胞内小器官で、エネルギーの生成などにおいて重要な働きを担っている。ミトコンドリア機能障害はなんらかの原因でミトコンドリアの正常な機能が低下することを意味する。

 

(注6)T64D/T64E:αシヌクレインのT64リン酸化とその構造を似せるためにαシヌクレインの64番目のアミノ酸であるTをアスパラギン酸(D)やグルタミン酸(E)に変化させたもの。

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