複数のシリコン量子ドットから発生する微小電流を世界最高精度で比較・制御する技術を開発

量子力学におけるオームの法則 “量子メトロロジートライアングル” の検証に向けて技術課題をクリア

産総研

ポイント

・ シリコン量子ドットで電子を一粒ずつ精密に制御し、大きさの決まった微小電流を発生

・ 素子の違いによらず複数のシリコン量子ドットにおいて、大きさのそろった一定の電流を発生出来ることを世界で初めて実証

・ 二つのシリコン量子ドットを並列に組み合わせ、発生する電流を精確に逓倍することに成功

 

 

概 要 

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)物理計測標準研究部門 量子電気標準研究グループ 中村 秀司 主任研究員、物理計測標準研究部門 金子 晋久 首席研究員は、日本電信電話株式会社(以下「NTT」という)藤原 聡 上席特別研究員、山端 元音 特別研究員と共同で、量子電流標準実現に向け、複数の量子ドット素子で、不確かさの小さな電流を発生することに成功しました。

 

電流は1秒間に流れる電子の数で大きさが決まります。この技術では、ナノ加工によって作製した大きさが数十ナノメートル(ナノは1の10億分の1)程度の単一電子素子であるシリコン量子ドットで、電子を“一粒ずつ”制御します。今回実験グループは、二つの異なるシリコン量子ドットを精密に制御し、それぞれ1秒間に10億個の電子を運んで微小電流を発生させました。その結果、素子の違いによらず大きさのそろった一定の電流を発生させることに成功し、2つの電流値が電流全体の4×10-7以下の相対不確かさで一致している(これは、各素子において1秒間に運ぶ10億個の電子のうち、素子間の相違が400個しかないことを意味します)ことを確認しました。さらに、二つのシリコン量子ドットを並列に組み合わせることで、不確かさを同程度に保ったまま、2倍された電流を発生させることにも成功し、量子電流標準として必要な電流の範囲の拡張技術を確立しました。この精密な電流発生技術と電流比較技術はナノアンペア以下の微小電流計測の“標準”として役立ち、半導体微細加工や化学計測、放射線計測など電流計測を高精度化することに貢献します。

 

なお、この技術の詳細は、2023年12月20日(日本時間14時)に「Nano Letters」に掲載されます。

 

下線部は【用語解説】参照

 

※本プレスリリースでは、化学式や単位記号の上付き・下付き文字を、通常の文字と同じ大きさで表記しております。

正式な表記でご覧になりたい方は、産総研WEBページ(https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2023/pr20231220_2/pr20231220_2.html)をご覧ください。

 

開発の社会的背景

近年、微細加工技術や物理・化学などで利用される超高感度計測技術の発展とともに、フェムトアンペア(フェムトは1の1000兆分の1)からナノアンペア以下の微小な電流を精確に発生・測定することが求められています。現在、このような精確な電流測定を担保する電流の基準、すなわち“電流標準”は、量子力学的な現象を用いて実現される「量子ホール抵抗標準」と「ジョセフソン電圧標準」によって値を付けられた抵抗器と電圧源をオームの法則を介して結びつけることで実現されています。しかしながら、このような手法で実現される電流標準は、電流値が小さくなっていくにしたがって相対不確かさが大きくってなっていくという問題があります(図1左グラフ)。ナノアンペア以下の微小電流では10-3以下の相対不確かさを持った電流標準は現在も実現していません。医療のための放射線計測や化学のための粒子計測など、高精度計測に必要な微小電流標準の実現が待たれています。

 

 

研究の経緯

このような問題を解決するため、単一電子素子と呼ばれる微小な素子によって電子を一粒ずつ制御することで、微小電流標準を実現しようという試みが行われています。電流の大きさは「1秒間に流れる電子の数」で決まるため、単一電子素子で電子を精確に一粒ずつ制御し、決まった個数の電子を導体上に流すことができれば、不確かさの小さな電流を実現することができます。この単一電子素子を用いた電流標準の研究は、1990年代に提案されて以来、各国の研究者による地道な研究が続けられ、現在では160ピコアンペア(ピコは1の1兆分の1)の電流をおよそ10-7の相対不確かさで発生することが可能になっています。微小電流のための実用的な標準を実現するためには、使用する素子の違いによらず一定の電流を発生する技術の確立が求められます。さらに、電流値の可変とより小さな不確かさを同時に達成する必要もあります。しかしながら、この単一電子素子の手法では、複数の独立した素子で一定の微小電流を同時に発生した際の、電流値の同等性・普遍性は検証されていませんでした。また、この手法では1秒間に流す電子の数を多くすると、電子の運び損ないが発生し電流の不確かさが大きくってなってしまうという問題もありました。

 

産総研はこれまで、微小な電流に対する電流標準を実現するため単一電子素子の研究と微小な電流を精確に測定する精密電流計測技術を開発してきました。また、NTTはこれまでシリコン量子ドットを用いた電流標準の研究をすすめ、世界で最高精度の電流を発生させる量子ドットの作製技術を有しています。今回、NTTが作製したシリコン量子ドット素子と産総研が持つ精密電流計測技術を組み合わせることにより、二つの独立したシリコン量子ドットから発生した電流の大きさを精密に比較し、その二つが4×10-7程度の不確かさで一致していることを世界で初めて確かめました。さらにこの比較した電流を二つ足し合わせることで、不確かさを小さく保ったまま電流を逓倍(2倍)することに成功しました。

 

なお、本研究開発は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究S 「単電子制御による量子標準・極限計測技術の開発(2018~2022年度)」による支援を受けています。

 

研究の内容

本研究では、微細加工技術によって大きさ数十ナノメートル程度の二つのシリコン量子ドット(素子A、素子B)を作製し、実験を行いました。素子の作製をNTTで行い、電流の精密測定を産総研で行いました。電流の発生には、まず二つのゲート電極に負の電圧を印加することで、シリコンのワイヤー中に量子ドットを形成します(図2左➀)。次にこの二つのゲート電極のうち片側に正の電圧を印加することで、シリコンワイヤー中のエネルギー障壁を低下させ、ソース側の電子を量子ドット内へと誘導します(図2左➁)。正の電圧を印加した電極に、今度は負の電圧を印加することで、ポテンシャルエネルギーを増加させ、量子ドット内に電子を一つだけ取り出します(図2左➂)。最後に負電圧を大きくすることで、量子ドットに閉じ込められた電子をドレイン側へと放出します(図2左➃)。この①から④の一連の動作を交流電圧によって連続的に行うことで、電子を一つ一つ移送して電流を発生させます。このとき発生する電流Iは、1秒間に運ばれる電子の個数f(個/秒)と電気素量e(1.602176634×10-19 C)の積(I = e×f )になります。図2右は、実際に二つの独立な素子によって、1秒間に10億個の電子を送り出し、発生させた電流をドレイン側の電圧に関してプロットした結果です。電流がゲート電圧に対して変化しない領域(電流プラトー)が形成されていることがわかります。実験では、この電流プラトーの精密な評価を行い、二つの素子ともに10-6以下の精度で理論的な値I = e×fと一致していることを確かめました。

 

 

この実験では、さらにこの二つの素子の電流の違いを精密に評価するため、特殊な検流計を利用して電流の直接比較を行いました。その結果、発生した二つの電流が、電流全体の4×10-7以下の相対不確かさで一致していることを確かめました(図3(a))。この結果は、二つのシリコン量子ドットから発生する電流が、素子の違いによらず一定の電流を生成できることを初めて示しました。さらに本研究では、互いに同じ大きさだと確認された電流を、素子を並列に並べることで足し合わせ不確かさを10-6程度に維持したまま電流の大きさを2倍にできることも世界で初めて実証しました(図3(b))。

 

 

これらの結果は、異なる二つの独立したシリコン量子ドットによって発生した微小な電流が同等な値をとることを確認した初めての実験結果であり、今後、微小電流計測の精確性を担保する電流標準の実現に貢献する成果です。

 

 

今後の予定

今後は、今回確立した相互比較と並列化による電流の逓倍の技術を用いて、より多くの素子での並列駆動を行います。これによって、長年実現することが難しかった微小電流標準の確立を目指します。さらに、複数の単一電子素子を用いたこの技術により、量子電流標準と量子ホール抵抗標準、および、ジョセフソン電圧標準の三つをオームの法則を介して組み合わせることで、量子メトロロジートライアングルの検証を行います。この検証により、ミクロな世界を記述する基礎物理定数に矛盾がないことを示すなど、基礎物理学の進歩に貢献するとともに、さまざまな精密計測技術への応用が期待されます。

 

論文情報

掲載誌:Nano Letters

論文タイトル:Universality and multiplication of GHz-operated silicon pumps with ppm-level uncertainty

著者:Shuji Nakamura, Daiki Matsumaru, Gento Yamahata, Takehiko Oe, Dong-Hun Chae, Yuma Okazaki, Shintaro Takada, Michitaka Maruyama, Akira Fujiwara, and Nobu-Hisa Kaneko

DOI:https://doi.org/10.1021/acs.nanolett.3c02858 

 

用語解説

単一電子素子

電子を一粒ずつ閉じ込め、静電的に制御するための素子。

 

シリコン量子ドット

シリコンによって作られた単一電子素子の一種。

 

量子ホール抵抗標準

量子ホール効果によって実現された抵抗の基準、標準。

量子ホール効果とは、二次元的に広がる電子に磁場を印加すると、電流に垂直方向に発生するホール電圧が磁場に対してステップ状に変化する現象。

 

ジョセフソン電圧標準

ジョセフソン効果によって実現された電圧の基準、標準。

ジョセフソン効果とは、二つの超伝導体を薄い金属もしくは絶縁体でつなぐと、超伝導の間の金属もしくは絶縁体に抵抗のない電流が流れる現象。ここに交流電流を印加すると、超伝導体間に発生する電圧が量子化する。

 

相対不確かさ

不確かさを測定量の絶対値で割った値。

 

量子メトロロジートライアングル

オームの法則を介して、量子力学的な現象によって実現された「電流・抵抗・電圧」の三つの標準の整合性を確かめる研究。

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  • エリア
    東京都
  • キーワード
    研究開発、量子メトロロジートライアングル、量子ホール効果、ジョセフソン効果、単電子素子、量子ドット
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