カーボンニュートラル実現のために何をすべきか

数理モデルを用いて2050年の日本のエネルギー需給をシミュレーション

産総研

ポイント

・ 新たに開発した数理モデル「AIST-TIMES」を用いて、日本が2050年カーボンニュートラルを実現するためのシナリオを分析

・ CO2排出を削減するための革新的技術、エネルギー・環境政策の動向や産業界の取組を反映

・ カーボンニュートラルを実現するために必要な水素・アンモニアの輸入量やCO2除去量を明らかに

 

 

概 要 

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)ゼロエミッション国際共同研究センター Gonocruz Ruth Anne 研究員、小澤 暁人 主任研究員、工藤 祐揮 副研究センター長は、産総研で新たに開発した数理モデル「AIST-TIMES」を用いて、将来における日本のエネルギー需給をシミュレーションしました。

 

日本政府は2050年までに温室効果ガスの排出量を全体としてゼロにするカーボンニュートラルの実現を目指しています。カーボンニュートラルの実現のためには、さまざまな低炭素技術が将来もたらす効果を分析し、技術開発の方向性を検討しなければなりません。

 

今回開発した数理モデルAIST-TIMESは、従来の数理モデルでは考慮できなかった水素還元製鉄や燃料アンモニアなどの革新的技術による効果を新たに追加したことで、現在のエネルギー・環境政策の動向や産業界の取組を適切に反映させて分析できます。この数理モデルを用いて、日本が2050年にカーボンニュートラルを実現するためのエネルギー需給をシミュレーションした結果、産業・運輸部門では水素・アンモニアの利用が必要であり、2050年時点で必要な輸入量が推算されました。従来の数理モデルを用いて分析した結果と比較して、革新的技術の導入により2050年に必要となるCO2除去量は少なくなることが示されました。今後は、DXなどの進展によって生じうる電力需要増加の影響について分析する予定です。さらに、合成燃料やバイオ燃料などの脱炭素燃料やカーボンリサイクル技術など、産総研で技術開発を進めている各種低炭素技術も考慮したカーボンニュートラルシナリオについても分析する予定です。

 

なお、この研究の詳細は、2025年1月20日に「Applied Energy」にオンライン掲載されました。

 

下線部は【用語解説】参照

 

※本プレスリリースでは、化学式や単位記号の上付き・下付き文字を、通常の文字と同じ大きさで表記しております。

正式な表記でご覧になりたい方は、産総研WEBページ

https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2025/pr20250203/pr20250203.html )をご覧ください。

 

開発の社会的背景

CO2などの温室効果ガスの排出量を全体としてゼロにするカーボンニュートラルを実現するためには、再生可能エネルギーの利用や省エネルギー、二酸化炭素の回収・有効利用・貯留(CCUS)などのさまざまな低炭素技術が重要な役割を果たします。これら低炭素技術の導入効果は、数理モデルを用いてエネルギーシステム全体をシミュレーションすることによって把握することができます。これらのシミュレーションで得られる結果は、低炭素技術の開発やカーボンニュートラルの実現に向けて取るべき対策を検討するための基礎的な情報として活用できます。

 

研究の経緯

産総研は、日本のエネルギーシステム全体をシミュレーションできる数理モデル「産総研MARKAL」を開発し、これまでに日本の2050年カーボンニュートラル実現に向けた複数のシナリオを分析してきました(2022年10月5日 産総研プレス発表)。

 

しかし産総研MARKALでは、水素を利用した製鉄技術や燃料アンモニア技術など、カーボンニュートラル実現のために導入が期待される革新的技術は考慮していませんでした。水素やアンモニアは利用時にCO2を排出しないため、化石燃料を代替することでCO2排出を削減できると期待されており、研究開発や実証が進められています。そこで、水素・アンモニア関連の技術を含めて分析できるようにするため、数理モデルの改良開発を進めてきました。

 

研究の内容

新しい数理モデルAIST-TIMESは、国際エネルギー機関(IEA)が提供するTIMES(The Integrated MARKAL-EFOM System)というエネルギーモデルのフレームワークに基づいて、日本のエネルギーシステムを分析するために開発したものです。AIST-TIMESでは、産総研MARKALでは考慮していなかった水素還元製鉄や燃料アンモニアなどの革新的技術を新しく追加しました。この改良によって、現在のエネルギー・環境政策や産業界の取組を適切に反映させて、カーボンニュートラル実現に向けたエネルギー需給をシミュレーションできるようになりました。

 

このAIST-TIMESを用いて、2050年カーボンニュートラルに向けたシナリオを分析しました。ここでは将来のエネルギー需要の不確実性を想定して、需要に関する条件設定の異なる2つのケースを検討しました。図1に、2つのケースにおける一次エネルギー供給量の推移のシミュレーション結果を示します。いずれのケースにおいても、人口減少などによるエネルギー需要の減少、エネルギー技術の効率向上や革新的技術の導入によって、一次エネルギーの総供給量は減少していきます。高需要ケースでは、日本の実質GDPが年率1.5%のペースで成長していくと想定しています。このケースの場合、2050年にカーボンニュートラルを実現するために必要な水素・アンモニアの輸入量は3.1 EJ(エクサジュール)に達します。この輸入量は水素換算で2600万トンに相当し、「水素基本戦略」(2017年12月26日策定、2023年6月6日改定)や「GX実現に向けた基本方針」(2023年2月10日閣議決定)の水素・アンモニアの国内導入目標と同レベルです。一方、低需要ケースではこれまでの経済成長のペースを維持(実質GDPが年率0.7%で成長)すると想定しています。このケースの場合、2050年に必要な水素・アンモニア輸入量は1.8 EJ(水素換算で1500万トン)となります。

 

 

輸入した水素・アンモニアを水素還元製鉄や自動車・船舶用燃料、発電や工業炉に利用することで、産業・運輸部門のCO2排出量を削減することができます。これによって、CO2除去の導入量を少なくすることができます。図2にAIST-TIMESと産総研MARKALによる2050年に除去する必要があるCO2の量(CO2除去量)のシミュレーション結果を示します。AIST-TIMESによるシミュレーション結果では、2050年にDACCSBECCSによって除去する必要のあるCO2量は1億4100万~1億6900万トン(141~169 Mt)です。このCO2除去量は、産総研MARKALによるシミュレーション結果よりも4600~7400万トン(46~74 Mt)少なくなります。CO2除去量の減少は、AIST-TIMESで新しく追加した革新的技術の導入効果を考慮して、エネルギー需給をシミュレーションした結果です。

 

 

以上の結果から、日本のカーボンニュートラル実現に向けた革新的技術の寄与を定量化し、2050年に必要となる水素・アンモニアの量とCO2除去量を示すことができました。これらの結果は、カーボンニュートラル実現に向けた技術開発や取るべき対策の方向性を検討するための基礎的な情報として活用できます。

 

今後の予定

今回は、水素・アンモニアやCO2除去に主に焦点を当てて、2050年カーボンニュートラルに向けたシナリオを分析しました。今後は、DXなどの進展によって生じうる電力需要増加の影響について分析する予定です。さらに、合成燃料やバイオ燃料などの脱炭素燃料やカーボンリサイクル技術など、産総研で技術開発を進めている各種低炭素技術も考慮したカーボンニュートラルシナリオについても分析する予定です。

 

論文情報

掲載誌:Applied Energy

論文タイトル:Japan’s Energy Transition Scenarios to Achieve Carbon Neutrality under Multiple Energy Service Demand: Energy System Analysis Using the AIST-TIMES Model

著者:Ruth Anne Gonocruz, Akito Ozawa, Yuki Kudoh

DOI:10.1016/j.apenergy.2025.125300

 

用語解説

水素還元製鉄

製鉄プロセスにおいて、鉄鉱石を還元するために炭素(コークス)の代わりに水素を利用する技術。

 

DX

情報技術の普及によって、人々の生活が変化すること。Digital Transformationの略。

 

CCUS

発電所や工場などから排出されたCO2を回収して、燃料や化学品、建材などの製造に利用したり、地中深くに貯留したりする技術。Carbon dioxide Capture, Utilization and Storageの略。

 

CO2除去

大気中のCO2を人為的に除去する技術。Carbon Dioxide Removal(CDR)とも呼ぶ。

 

DACCS

大気中のCO2を直接回収し、貯留する技術。Direct Air Carbon Capture and Storageの略。

 

BECCS

バイオマスの燃焼により発生したCO2を回収・貯留する技術。BioEnergy with Carbon Capture and Storageの略。

 

 

プレスリリースURL

https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2025/pr20250203/pr20250203.html

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  • エリア
    東京都
  • キーワード
    研究開発、カーボンニュートラル、シナリオ分析、エネルギー需給、シミュレーション、水素、アンモニア
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