高齢者の高血圧治療薬選択が死亡・心疾患のリスクに関連
医療ビッグデータの分析から明らかに

図1:75歳以上の後期高齢者における高血圧治療薬の比較研究。500万人以上の医療ビッグデータのデータベース分析より。
【概要】
野間久史 統計数理研究所/総合研究大学院大学教授、福田治久 九州大学大学院医学研究院准教授、砂田寛司 鳥取大学医学部附属病院講師らの研究グループは、75歳以上の後期高齢者における高血圧治療薬の選択が、その後の死亡や心疾患などの予後に与える影響について分析を行いました。500万人以上の大規模医療データベース(LIFE Study※1)をもとに、最新のデータサイエンスの方法である標的試験エミュレーション※2(target trial emulation)を用いて、アンジオテンシン受容体拮抗薬※3とカルシウム拮抗薬※4の比較分析を行いました。その結果、アンジオテンシン受容体拮抗薬を用いたグループは、死亡リスクが0.89倍、心不全入院リスクが0.84倍に低下することが示されました。両群の追跡期間中の血圧はほぼ同等であったことから、アンジオテンシン受容体拮抗薬固有の臓器保護作用が予後に寄与した可能性が示唆されます。本研究は、高齢者における治療薬の選択が予後に影響する可能性を示し、臨床現場での治療方針決定に重要な知見を提供するものです。
本研究成果は、2026年4月27日に国際学術誌「Journal of the American Geriatrics Society」にオンライン掲載されました。
【研究の背景】
高血圧は75歳以上の後期高齢者の多くに見られる疾患であり、心疾患や死亡の主要な要因となっています。我が国において急速に進む社会の高齢化を受けて、その治療と制御はますます重要な問題となっています。これまでに、高血圧治療薬の有効性については、幅広い年齢層を対象として、多くのランダム化臨床試験※5によって評価が行われており、心疾患や脳梗塞のリスクを低減することが一貫して示されていますが、75歳以上の高齢者を対象とした第一選択薬が何であるかの質の高い直接比較のエビデンスは限られていました。これは、多くの後期高齢者の方々が複数の慢性疾患(糖尿病、腎機能低下など)を有していることから、臨床試験による比較試験の実施が容易ではなかったためです。
アンジオテンシン受容体拮抗薬(angiotensin receptor blockers; ARB)とカルシウム拮抗薬(calcium channel blockers; CCB)は、いずれも血圧を効果的に低下させる薬剤であり、我が国において、高齢者に対して最も多く処方されている高血圧治療薬です。それぞれ異なる作用機序によって血圧を低下させる薬剤であり、特に、高齢者においては、それらの機序の違いが、単なる血圧低下を超えて、死亡や心疾患など、臨床的に重要なアウトカムの差として現れる可能性があります。国際的なガイドラインなどでも、これらの薬剤は、しばしば同等の選択肢とみなされてきましたが、それらの比較についてのエビデンスの確立が望まれていました。
【研究方法・成果】
本研究では、日本全国の医療情報を統合した500万人以上の大規模データベース(LIFE Study)を用いて、75歳以上の後期高齢者における高血圧治療薬の比較分析を行いました。特に、因果関係の究明のために用いられる統計的因果推論※6というデータサイエンスの理論の枠組みにおいて、近年、開発された標的試験エミュレーション(target trial emulation)という方法を用いた精緻な分析を行いました。標的試験エミュレーションは、データベースに記録されたリアルワールドのデータから、可能な限り、理想的なランダム化臨床試験を再現した分析を行い、結論を歪め得るバイアスをできる限り制御した分析を行うための方法です。
データベースに集められた膨大な情報の中から、ARBとCCBによる治療を新たに開始した患者を対象とし、29,822人から成る理想的なランダム化臨床試験を模倣した集団を構築しました(ARB群10,037人、CCB群19,785人)。傾向スコアなどの統計的因果推論によるバイアス調整の方法を用いた分析により、以下の結果が得られました。
・ARB群はCCB群に比べて死亡リスクが有意に低かった
(ハザード比 0.885,95%信頼区間 0.823-0.951)
・5年後の死亡率
ARB群:12.7%
CCB群:14.8%
→ 絶対差 2.1% の低下
・ARB群では以下のイベントのリスクも低下
心不全入院 ハザード比 0.843,95%信頼区間 0.774-0.918
心筋梗塞 ハザード比 0.867,95%信頼区間 0.795-0.945
脳卒中 ハザード比 0.931,95%信頼区間 0.869-0.998
末期腎不全/透析 ハザード比 0.611,95%信頼区間 0.354-1.056
また、治療中の血圧は比較群間でほぼ同等でした。このことは、これらの良好な結果が単なる血圧低下の効果だけでなく、ARBが持つ独自の臓器保護作用に起因している可能性を示唆しています。
【研究の意義】
現在、75歳以上の高齢者の多くが高血圧治療を受けていますが、どの種類の治療薬が最も生存率や心疾患の予防に寄与するかを直接比較したエビデンスは限られていました。世界的にも急速に社会の高齢化が進む我が国において、その科学的エビデンスの確立は重要な課題でした。本研究では、全国規模の大規模な診療データと、最新のデータサイエンスの方法によって、「理想的な臨床試験」を、可能な限り再現することで、この課題に挑みました。
その結果、ARBを中心とした高血圧治療は、CCBを中心とした治療と比較して、死亡および心不全入院のリスクを有意に低下させることが明らかになりました。これは、ARBが持つ心臓やホルモンバランスへの保護作用が、加齢に伴う身体の変化に対して特に有効である可能性を示唆しています。これまで、血圧低下効果に注目した議論が中心となりやすかった高齢者の高血圧治療において、薬剤の種類そのものが予後に影響を与える可能性を示した点は、重要な学術的・臨床的意義を持ちます。
ただし、本研究は大規模診療データを用いた観察研究であり、標的試験エミュレーションによりバイアスの低減を図っているものの、生活習慣や服薬遵守、医師の処方判断などの未測定要因の影響を完全に排除することはできません。また、本研究は、研究に参加した特定の自治体のデータに基づくものであり、全国を代表する無作為抽出集団ではないため、結果の一般化には一定の留意が必要です。
【今後の展望】
今回の知見は、現場の医師が75歳以上の患者さんに降圧薬を処方する際の有用な参考情報となります。今後は、死亡や心疾患の抑制だけでなく、患者さんのフレイル(虚弱)の状態や、日常生活の自立度、さらには腎機能への長期的な影響についても詳しく解析を進めていく予定です。
こうした我が国の実情に即した緻密なエビデンスの積み重ねは、ガイドラインの最適化を促し、最終的には、急速に進む超高齢社会において、単なる長寿ではない「健康寿命の延伸」を支える個別化医療の実現に大きく貢献することが期待されます。
図2:死亡をエンドポイントとした累積発生率曲線と75-79歳,80-84歳,85歳以上の年齢階層ごとのサブグループ解析の結果。
【用語解説】
※1 LIFE Study
自治体が保有する保健・医療・介護データを個人単位で統合し、20年間を追跡することを目指した大規模データベースプロジェクトです。九州大学との契約締結により学術利用することができ、本研究では統計数理研究所と九州大学との契約締結によりデータ利用が行われました。LIFE Studyの詳細はウェブサイトを参照ください(https://life.lifestudylab.org/)。
※2 標的試験エミュレーション(target trial emulation)
リアルワールドにおける膨大な診療データなどを用いて、あたかも「ランダム化臨床試験」を行ったかのようにデータを構成し、分析する最新のデータサイエンスの方法です。特に、実際の臨床試験が困難な条件下で、それを模したエビデンスを作り上げるのに有効な方法です。
※3 アンジオテンシン受容体拮抗薬(angiotensin receptor blockers)
アンジオテンシンIIという血圧を上げるホルモンの働きを抑えることで血管を広げ、血圧を下げる薬です。血圧を下げるだけでなく、心臓や腎臓を保護し、体内のホルモンバランスを整える効果があるため、多くの高齢者に処方されています。
※4 カルシウム拮抗薬(calcium channel blockers)
血管の壁にある筋肉を緩めることで血管を広げ、スムーズに血液を流して血圧を下げる薬です。降圧効果が強く、食事の影響を受けにくいといった特徴があり、日本では最も一般的に使用されている降圧薬の一つです。
※5 ランダム化臨床試験(randomized clinical trial)
参加者をランダムにグループ分けして、割り付ける治療を決める、最も信頼性が高いとされる臨床試験のデザインです。患者さんの背景(持病や生活習慣など)の偏りを防ぎ、統計学的に純粋に「薬の効果による差」を評価することができます。
※6 統計的因果推論(statistical causal inference)
単なる「データの関連性」だけでなく、「ある原因(薬の服用)が、結果(生存率の向上)を導いた」という因果関係を統計学的に究明するための方法論です。
【発表論文】
タイトル
Angiotensin receptor blockers vs calcium channel blockers for first-line antihypertensive therapy and survival in adults aged 75 years or older
(75歳以上の高齢者における高血圧治療薬の選択と生存への影響:アンジオテンシン受容体拮抗薬とカルシウム拮抗薬の比較研究)
著者 野間久史,砂田寛司,杉本大貴,佐田憲映,小田太史,前田恵,福田治久
掲載誌 Journal of the American Geriatrics Society
DOI 10.1111/jgs.70463
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このプレスリリースを配信した企業・団体
- 名称 情報・システム研究機構 統計数理研究所
- 所在地 東京都
- 業種 その他教育
- URL https://www.ism.ac.jp/
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