バイオものづくりを支える培養―その基盤となる培地の違いや状態を見分ける新技術

培地成分全体の特徴を蛍光パターンとして検出、機械学習で品質評価

産総研

ポイント

・ 培地や培養補助剤の品質を、成分を一つずつ調べるのではなく全体の特徴から見分ける分析技術を開発

・ 複数の蛍光ポリマーを用いたセンサーにより、従来法では捉えにくい培地組成の違いや変化をパターンとして捉えることに成功

・ 培養前の品質チェックを簡便化し、培養トラブルを未然に防ぐなどバイオものづくりの品質向上に貢献

 

 

概 要 

国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下「産総研」という)健康医工学研究部門 冨田 峻介 研究グループ長、森川 久未 主任研究員、小島 直 主任研究員、石原 紗綾夏 テクニカルスタッフ、栗田 僚二 研究部門付、バイオものづくり研究センター 草田 裕之 主任研究員、玉木 秀幸 副研究センター長らは、細胞や微生物の培養に用いられる培地および培養補助剤について、成分全体の特徴をパターンとして捉えることで品質を評価できる新しい分析技術を開発しました。

 

バイオものづくりにおいて細胞培養の安定性と再現性を担保するためには、培地や培養補助剤の品質管理が重要です。しかし、これらは多数の成分からなる複雑な混合物であり、品質を個別成分ごとに分析して評価することは、時間や労力の観点から現実的ではありません。そのため、実際には、細胞を用いた培養試験によって品質を確認する方法が広く用いられていますが、この方法は時間を要するうえ、細胞の初期状態や実験者の熟練度に依存するため、条件を揃えて実施しても評価結果が変動しやすく、評価の再現性に課題があります。

 

今回、特定の分子を個別に検出するのではなく、培地や培養補助剤の組成全体を、凝集誘起発光色素を導入した合成ポリマープローブの蛍光パターンとして捉える分析技術を開発しました。このパターンを機械学習などのデータ解析法により処理することで、培地ごとの違いや状態変化を高精度に評価できることを示しました。本技術を用いることで、培養補助剤として用いられる血清の産地差やロット差に加え、幹細胞培養用および微生物培養用の補助剤についても、品質の違いを検出することに成功しました。すなわち、本技術により、個別成分の分析や細胞培養試験に依存することなく、培地・培養補助剤の品質を簡便に評価する新たな手法を確立しました。

 

なお、この技術の詳細は、2026年5月13日(ロンドン時間)に「Chemical Science」に掲載されます。

 

下線部は【用語解説】参照

 

開発の社会的背景

バイオテクノロジーの進展に伴い、創薬や再生医療に加え、有用物質や機能性材料、培養肉などを生産するバイオものづくり産業が世界的に拡大しており、持続可能な社会を支える重要な産業として位置付けられています。この産業の基盤の一つである細胞培養において、培地や培養補助剤の品質は、細胞の増殖速度、生産効率、製品の品質を決定づけます。しかし、培地や培養補助剤はタンパク質のほか、アミノ酸や糖、ビタミンといった多数の成分で構成される複雑な混合物であり、原材料の違いや製造工程、保存条件の違いによって品質差が生じます。これらには、血清や微生物培養に用いられる培養補助剤のような天然由来のものに加え、幹細胞培養用の人工の補助剤なども含まれ、いずれも品質差が問題となっています。こうした品質差は、製品の生産量の低下や品質のばらつきなどの製造トラブルにつながることがあります。

 

例えば、代表的な培養補助剤であるウシ胎児血清は天然由来である故のロットごとのばらつきや成分の不明確さといった課題があり、保存状態によっては品質劣化も生じます。しかし、このような複雑な試料について、どの成分がどのように培養機能に寄与しているかを個別に評価することは容易ではありません。そのため実際には、細胞を培養して増殖や分化の様子を確認することで、培地や培養補助剤の品質を評価する方法が広く用いられていますが、この方法は時間や労力を要し、結果が細胞の初期状態や実験者の熟練度に依存するという問題を抱えています。

 

研究の経緯

産総研は、複雑な生体サンプルの状態を簡便に見分けるバイオ分析技術の研究開発を進めており、これまでに、蛍光を発する化学プローブと機械学習を組み合わせた技術「ケミカルタン」によって、腸内フローラの特徴や乱れを高精度に判定する手法を開発してきました(2022年4月26日 産総研プレス発表)。この技術は、舌の味覚受容体が食物の化学成分に応答し、そのパターン情報を脳で統合・処理することで食べ物を見分けるという味覚の仕組みを模倣したものです。複数の化学プローブから得られる“蛍光パターン”の違いから試料全体の状態を識別します。今回、この技術を培地や培養補助剤の品質評価に応用し、培地成分全体の状態をパターンとして捉えることで、従来は評価が難しかった品質の違いを迅速に見分けることができる、データ駆動型の品質管理技術の開発に取り組みました。

 

なお、本研究開発は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST) 創発的研究支援事業(JPMJFR233R; 2024年~2027年度)および独立行政法人 日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(B)(JP20H02774; 2020~2022年度, JP23H01995; 2023-2025年度)による支援を受けています。

 

研究の内容

本研究では、多成分が混在する複雑な試料全体の特徴をパターンとして捉えることが可能な「ケミカルタン」に着目しました。これは、複数の化学プローブと生体サンプル中の成分との多様な相互作用によって得られる応答パターンを解析することで、生体サンプルの種類や状態を識別する技術です。

 

本研究では、血清などを含む培地や培養補助剤が生体サンプルと同様に多数の成分からなる複雑な混合物であることから、ケミカルタン技術が応用可能であると考えました。複雑な培地・培養補助剤の品質評価に適したプローブとして、合成ポリマーに、分子が集まると蛍光が強くなる凝集誘起発光色素と、性質の異なる官能基を導入しました。これらのポリマーは単独では弱い蛍光しか示しませんが、血清中の成分と相互作用して凝集すると蛍光が増強し、その応答は混合物の組成に応じて変化します。複数のポリマーから得られる蛍光応答を組み合わせることで、試料成分全体の状態を“蛍光パターン”として捉えることが可能になります(1)。

 

 

これらのポリマーで構成されたケミカルタンによって実際に培地・培養補助剤の違いを識別できるかを検証するため、まず16種類の動物血清を対象に評価を行いました。血清は数万種類以上の成分を含む複雑な混合物であり、その違いを迅速に識別することは容易ではありません。しかし、ケミカルタンを用いることで、血清ごとに特徴的な蛍光パターンが得られ、機械学習によりそれらを高精度に識別できることが確認されました(2)。これは、血清に含まれる多数の成分の違いが、ポリマーとの相互作用を通じて蛍光パターンに反映された結果と考えられます。また、得られた応答パターンには動物種の系統関係を反映する特徴が含まれていることが示唆されました。このセンサーは本来、品質管理を目的に設計されたものですが、この結果は、ケミカルタンが単なる識別にとどまらず、生体サンプルに含まれる生物学的に意味のある情報を捉え得ることを示しています。

 

 

次に、本技術の実用的な品質評価への応用可能性を検証しました。培養補助剤として最も幅広く使用されるウシ胎児血清について、4か国の産地に由来する計8種類のウシ胎児血清を分析したところ、産地やロットごとの違いを明確に識別できることが分かりました(3A)。また、幹細胞培養補助剤を対象に、加熱や長期保存による品質変化を評価した結果、培養機能の低下に対応する変化だけでなく、従来の細胞培養試験では検出が難しい初期段階の劣化も捉えられることが確認されました(3Bおよび3C)。これらの解析では、状態の違いに応じてデータの分布位置が変化し、状態が似ている試料ほど近くに集まるため、その違いを視覚的に捉えることができます。このような幹細胞培養補助剤の劣化の早期検知が可能になれば、培養の失敗を未然に防ぐことにつながります。さらに、微生物培養や培養肉生産などに用いられる天然由来培養補助剤についても品質の違いを識別できることが確認され、本手法が多様な培地や培養補助剤に対して幅広く適用可能であることが明らかになりました。

 

 

以上の結果から、本技術は従来のように特定成分の分析や細胞培養試験に依存することなく、どの成分が重要かを事前に想定せずに、培地・培養補助剤の品質を迅速かつ簡便に評価できる手法であることが示されました。特に、培養に用いる前の段階で品質差や劣化を検出できることが示唆されたことから、ロット選定の効率化や培養トラブルの未然防止に貢献することが期待されます。本手法は、バイオものづくりや再生医療をはじめとする細胞製造分野において、品質管理の信頼性向上と製造の安定化を支える基盤技術となり得ると考えられます。

 

今後の予定

今後は、本技術の実用化に向けて、より簡便で可搬性の高い検出装置との統合を進め、研究室だけでなく製造現場でも利用できるシステムの開発を目指します。また、本研究で示した品質評価の枠組みを、より多様な培地や培養補助剤の工程管理指標へと適用範囲を拡大し、細胞製造プロセス全体の品質管理に貢献する技術基盤の確立を目指します。さらに、本開発技術を用いて得られた蛍光パターンと細胞の培養成績との関係について知見を蓄積することで、培養結果の予測や最適なロットの選定を支援する技術への発展も視野に入れています。

 

論文情報

掲載誌:Chemical Science

論文タイトル:A fingerprint-based polymeric sensing platform for comprehensive quality assessment of complex culture media in cell manufacturing

著者:Shunsuke Tomita, Kumi Morikawa, Naoshi Kojima, Sayaka Ishihara, Hiroyuki Kusada, Hideyuki Tamaki, and Ryoji Kurita

DOI:10.1039/d6sc00383d

 

用語解説

バイオものづくり

細胞や微生物、植物などの生物の働きを利用して、有用物質や材料、食品などを生産する技術および産業の総称である。医薬品や再生医療製品に加え、機能性素材や培養肉などの生産にも応用されており、持続可能な製造技術として注目されている分野である。

 

凝集誘起発光(AIE

分子が単独で存在するときは弱い蛍光しか示さない一方、集合・凝集することで強く発光する現象である。分子運動が制限されることで発光が増強されると理解されており、センサー材料やバイオイメージングなどへの応用が進められている。

 

機械学習

データの特徴やパターンを学習し、分類や予測を行う手法の総称である。線形判別分析(LDA)などの統計的手法が含まれ、多次元データの解析に広く用いられる。本研究では、主成分分析(PCA)などの多変量解析と併用して解析を行っている。

 

ケミカルタン

複数の化学センサーの応答パターンを利用して、複雑な試料の種類や状態を識別する分析手法である。名称は「化学の舌(tongue)」を意味し、 哺乳類の味覚のように、個々の成分を特定するのではなく、全体の特徴をパターンとして捉えることで、試料の違いや変化を評価する。

 

 

プレスリリースURL

https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2026/pr20260513/pr20260513.html

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  • エリア
    東京都
  • キーワード
    研究開発、培養、機械学習、品質評価、蛍光
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  • 名称 国立研究開発法人産業技術総合研究所
  • 所在地 茨城県
  • 業種 政府・官公庁
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