脂質メディエーターLPAが脳梗塞のダメージを軽減
―脳の血管の「バリア」を守る新たな仕組みを発見―
令和8年6月4日
国立大学法人福井大学
本研究成果のポイント
◆マウスの脳梗塞モデルにて、脂質メディエーターであるリゾホスファチジン酸(LPA)(注1)の投与により脳梗塞の体積が減少して脳のむくみ(脳浮腫)も軽減された。
◆LPAは血管内皮細胞のタイトジャンクション(細胞間の接着構造)を保つことで、血液脳関門(注2)(脳の血管バリア)の破綻を防ぎ、神経細胞を保護することを明らかにした。
◆この保護作用はLPA4受容体(注3)を介することが同受容体を欠損したマウスにて示され、LPA–LPA4シグナルが脳梗塞治療の新たな標的となりうる。
概要
脳梗塞は世界的に主要な後遺症・死亡の原因の一つであり、発症後に起こる血液脳関門(脳の血管のバリア)の破綻が、脳のむくみや炎症を招いて二次的な脳のダメージを悪化させることが知られています。しかし、この脳の血管のバリアを守る有効な治療法は、これまで確立されていませんでした。
福井大学学術研究院医学系部門の山田慎太朗大学院生、木戸屋浩康教授、菊田健一郎教授らの研究グループは、体内にもともとある脂質リゾホスファチジン酸(LPA)をマウスの脳梗塞モデルに投与することで、脳梗塞でダメージを受ける範囲が約60%小さくなり、血液脳関門の破綻が抑えられることを発見しました。LPAは、血管のバリアを保つタンパク質「クローディン5」の働きを維持することで、この効果を発揮していました。さらに、こうした保護作用が、血管の内側をおおう血管内皮細胞に多く存在するLPA4受容体を介して生じることを、遺伝子改変マウスを用いて実証しました。本成果は、血管のバリアを守るという新しい視点から、脳梗塞の治療法開発につながると期待されます。
〈研究の背景と経緯〉
脳梗塞は、脳の血管が詰まって血流が途絶え、神経細胞が障害される疾患であり、世界的に成人の後遺症・死亡の主要な原因となっています。近年、詰まった血栓を溶かす血栓溶解療法や、血栓を取り除く血栓回収療法が普及してきましたが、これらの治療を行っても十分に回復しない患者は少なくありません。
その一因として、脳梗塞の発症後に起こる血液脳関門の破綻が注目されています。血液脳関門は、脳の血管内皮細胞同士がタイトジャンクションと呼ばれる接着構造で強固につながることで形成される、血液と脳をへだてるバリアです。脳梗塞が起こるとこのバリアが壊れ、血液中の成分や炎症細胞が脳内に漏れ出して、脳のむくみ(脳浮腫)や炎症を引き起こし、脳のダメージをさらに悪化させます(図1)。そのため、血液脳関門を保護することが、脳梗塞の新たな治療戦略として期待されてきました。
一方、リゾホスファチジン酸(LPA)は、細胞の増殖や移動などを調節する脂質メディエーターで、6種類の受容体(LPA1〜LPA6)を介して多彩な働きを示します。これまで脳血管においてLPAはむしろバリアを壊す方向に働くとする報告が多く、その作用は受容体の種類によって大きく異なると考えられてきました。しかし、脳梗塞時に血液脳関門を保護しうる受容体や、その仕組みは明らかにされていませんでした。
〈研究の内容〉
研究グループは、マウスの中大脳動脈の末梢枝を閉塞させて脳梗塞を起こすモデル(dMCAOモデル)(注5)を用い、脳梗塞を起こした直後から12時間ごとに計5回LPAを投与して、その効果を解析しました。その結果、LPAを投与したマウスでは、投与しなかったマウスと比べて脳梗塞の体積が約60%減少し、脳のむくみも軽減されました。
色素やトレーサーを用いて血液脳関門の状態を評価したところ、LPA投与により血管からの漏れ出しが大きく抑えられていました。さらに、タイトジャンクションを構成するタンパク質クローディン5が、LPA投与によって維持されていることを確認しました。一方で血管の数自体には差がなかったことから、LPAは新たな血管をつくるのではなく、既存の血管バリアの機能を保つことで効果を発揮していると考えられました。また、血管からの漏れ出しが抑えられた領域では、神経細胞も比較的よく保たれていました。このことは、血管のバリアを守ることが、その内側にある神経細胞の保護にもつながることを示しています(図1)。
治療によって脳の中で何が変化しているのかを調べるため、遺伝子の働きを網羅的に解析しました。すると、LPA投与によって血管を安定させたり傷ついた組織を修復したりする遺伝子の働きが高まる一方、炎症に関わる遺伝子の働きが抑えられていることがわかりました。
次に、どの受容体がこの保護作用を担うのかを調べるため、1細胞ごとに遺伝子の働きを解析する単一細胞解析を行いました。その結果、LPA4受容体が血管内皮細胞に選択的に発現しており、しかも脳梗塞を起こした後もその発現が維持されていることがわかりました。決定的な証拠として、LPA4受容体を欠損させたマウスでは、LPAを投与しても脳梗塞の縮小や血液脳関門の保護効果が認められませんでした。これにより、LPAの保護作用がLPA4受容体を介して生じることが明確に示されました。
〈今後の展開〉
本研究は、LPA–LPA4シグナルが脳梗塞時の血液脳関門を保護する新たな仕組みであることを明らかにしたものです。LPA4受容体は血管内皮細胞に特異的に発現し、脳梗塞後もその発現が保たれることから、LPA4受容体を狙った治療薬の開発が有望と考えられます。特に、LPA4受容体を選択的に活性化する薬剤が開発されれば、現在の血栓溶解療法や血栓回収療法と組み合わせることで、血流の再開通時に起こる血液脳関門の破綻を抑え、治療効果を高められる可能性があります。
今後は、脳梗塞発症からどのくらいの時間まで効果があるか(治療可能時間)の検討、血流が再開する病態モデルでの検証、長期的な機能回復への影響、薬剤としての安全性の評価などを進め、臨床応用に向けた研究を行っていく予定です。
〈参考図〉
図1:脳梗塞におけるLPAによる治療効果

〈用語解説〉
(注1)リゾホスファチジン酸(LPA):細胞膜の成分に由来する脂質メディエーター(生理活性脂質)の一つ。細胞表面の受容体(LPA1〜LPA6)に結合し、細胞の増殖・移動や血管機能の調節など多彩な働きを担う。
(注2)血液脳関門(けつえきのうかんもん/BBB):脳の血管と脳組織のあいだにあるバリア構造。血管内皮細胞同士がタイトジャンクションで強固につながることで形成され、血液中の有害物質や病原体が脳内へ入り込むのを防ぐ。脳梗塞ではこのバリアが破綻し、脳のむくみや炎症の原因となる。
(注3)LPA4受容体:LPAが結合する6種類の受容体の一つ。本研究では血管内皮細胞に選択的に発現し、血液脳関門の保護に重要な役割を果たすことが示された。
(注4)クローディン5:血管内皮細胞のタイトジャンクションを構成する主要なタンパク質。血液脳関門のバリア機能を保つうえで重要で、脳梗塞ではその発現が低下する。
(注5)dMCAOモデル(遠位中大脳動脈閉塞モデル):脳の主要な血管である中大脳動脈の末梢部分を閉塞させて脳梗塞を再現する実験モデル。再現性が高く、大脳皮質に安定した梗塞をつくることができる。
〈論文タイトル〉
“Lysophosphatidic Acid Reduces Ischemic Brain Injury by Attenuating Vascular Permeability Through LPA4 Receptor Signaling”
(日本語タイトル:「リゾホスファチジン酸はLPA4受容体シグナルを介して血管透過性を抑制し、虚血性脳障害を軽減する」)
〈著者〉
Shintaro Yamada, Kazuhiro Takara, Naoi Hosoe, Anna Shimizu, Yumiko Hayashi, Lamri Lynda, Takayuki Sonoda, Kenichiro Kikuta, Hiroyasu Kidoya
山田 慎太朗 (福井大学 医学系部門医学領域 血管統御学/脳脊髄神経外科学 大学院生)
高良 和宏 (福井大学 医学系部門医学領域 血管統御学 助教)
細江 尚唯 (福井大学 医学系部門医学領域 血管統御学 大学院生)
清水 杏奈 (福井大学 医学系部門医学領域 血管統御学/耳鼻咽喉科・頭頸部外科学 大学院生)
林 弓美子 (福井大学 医学系部門医学領域 血管統御学 助教)
ラムリ・リンダ (福井大学 医学系部門医学領域 血管統御学 助教)
園田 貴之 (福井大学 医学系部門医学領域 血管統御学 大学院生)
菊田 健一郎 (福井大学 医学系部門医学領域 脳神経外科学 教授)
木戸屋 浩康 (福井大学 医学系部門医学領域 血管統御学 教授)(責任著者)
〈発表雑誌〉
雑誌名「Translational Stroke Research」
(トランスレーショナル・ストローク・リサーチ)
(2026 年6月2日にオンライン掲載)
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このプレスリリースを配信した企業・団体
- 名称 国立大学法人福井大学
- 所在地 福井県
- 業種 大学
- URL https://www.u-fukui.ac.jp/
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