超高温Au-Cu合金の硬化と軟化

固体とプラズマの中間相「Warm Dense Matter」の不思議

岐阜大学

令和3年3月29日

国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学

超高温Au-Cu合金の硬化と軟化 固体とプラズマの中間相「Warm Dense Matter」の不思議

 

 物質は、温度や圧力に依存して4つの状態「固体」「液体」「気体」「プラズマ」をとります。フェムト秒パルスレーザーを物質に照射すると、固体とプラズマの中間相である「Warm Dense Matter」と呼ばれる特異な状態が発現します。岐阜大学工学部応用物理コースの小野頌太助教と同コース修士1年の小林大悟は、物質の性質を精密に予測する第一原理計算(注1)の手法を用いて、Warm Dense Matter状態にある金(Au)と銅(Cu)の合金の安定性を明らかにしました。さらに、格子振動に関する解析的な理論を適用し、AuCu合金の構造が不安定化するメカニズムを解明しました。この理論は、様々な結晶構造を持つ合金の安定性を理解するための基礎となり得ます。

 本研究成果は、日本時間2021年3月26日(金)に米国物理学会発行のPhysical Review B誌のオンライン版で発表されました。

 

【研究背景】

 物質は、温度や圧力に依存して4つの状態をとります。低温から温度を上げていくと、物質は「固体」、「液体」、「気体」の順に状態が変化します。温度をさらに上げると、物質を構成する原子が電子とイオンに電離し「プラズマ」状態が実現します。例えば、水を例に挙げると、「固体=氷」、「液体=水」、「気体=水蒸気」、「プラズマ=電子+陽イオン」となります。また、高温で実現する気体状態やプラズマ状態においては、運動エネルギーが大きいため、構成要素(原子、分子、電子、イオンなど)が空間中を自由に運動し拡散してしまいます。このため、密度(=質量/体積)が固体の場合に比べて極めて小さくなります。

 

 物質に特殊な光を照射すると、この4つ以外に別の状態が実現することが知られています。1990年前後から現在に至るまで、フェムト秒パルスレーザー(1フェムト秒=10-15秒=0.000000000000001秒)を物質に照射したときに発現する物質の瞬間的な応答「超高速現象」が盛んに研究されてきました。光を物質に照射すると、物質中の電子が光を吸収し、電子の持つエネルギーが増大します。このエネルギー増大は、「電子温度の増大」として理解することができます。照射するレーザー光の強度を極限まで大きくすると、電子温度が105 K(=100000 K)程度まで瞬時に増大します。一方で、物質の構成要素であるイオンは、電子のような機敏さはありません。このため、イオン温度は室温程度(=300 K)を維持し、イオンはプラズマのように空間中に拡散しません。このように、「電子は超高温状態(warm)にあるけれど、イオンは固体(つまり密度の高いdense)状態を維持している」という特殊な物質の状態を「Warm Dense Matter」状態と呼びます(図1)。

 

 Warm Dense Matter状態にある金属は、ピコ秒(1ピコ秒=1000フェムト秒)程度で電子集団からイオン集団にエネルギーが流れ、すぐに融解し液体となってしまいます。このため、Warm Dense Matter状態の構造物性については十分に理解されておりません。詳細な理論計算によると、金(Au)や銅(Cu)などの「単純金属」がWarm Dense Matter 状態にある場合、固体状態に比べて硬くなることが予測されていました。一方、室温下での結晶構造が体心立方格子構造である場合には、むしろ物質が不安定となり、別の構造に変化してしまうことが予測されていました。つまり、室温下での結晶構造とWarm Dense Matter 状態の安定性との間に何らかの関係が存在することが示唆されておりました。

 

 

【研究成果】

 本研究では、結晶構造とWarm Dense Matter状態の安定性との関係についての理解を深めるため、金と銅が混合してできた「AuCu合金」に注目しました。金と銅の合金は、その混合比に依存して様々な結晶構造を持ちます(図2)。固体状態では、AuとCuはFCC構造、AuとCuが1対1で混合したAuCuはL10構造、3対1または1対3で混合したCuAu3とAuCu3はL12構造が安定な構造を持ちます。AuCuのL10構造は体心立方構造と類似するため、AuCuのWarm Dense Matter状態は不安定になることが予想されます。

 

 

 本研究では、物質の性質を精密に予測する第一原理計算の手法を用いて、Warm Dense Matter状態のAuCu合金の安定性を詳細に調べました。その結果、Warm Dense Matter 状態では、

 ・CuAu3、AuCu3(L12構造)は硬くなる。

 ・AuCu(L10構造)は不安定である。

ことが明らかになりました。L10構造の安定性に関する解析的な理論を構築し、AuCuの安定性の起源を考察した結果、

 ・固体状態では、Au-Au、Cu-Cu、Au-Cu間に作用する「長距離力」のおかげでL10構造が安定化する。

 ・Warm Dense Matter 状態では、原子間に作用する「長距離力」が弱くなる。

ことが明らかになり、ゆえにL10構造のWarm Dense Matter 状態は不安定となることがわかりました。また、Warm Dense Matter 状態において金属が硬くなる原因は、原子間に作用する「短距離力」の増大として理解できることがわかりました(注2)。

 

【今後の展開】

 本研究では、原子間に作用する「長距離力」と「短距離力」に基づき、固体状態とWarm Dense Matter状態にあるAu-Cu合金の安定性を統一的に理解できることを示しました。今後は、L10構造を持つ様々な合金に対して本理論を適用し、合金の安定性を詳細に理解することが課題となります。

 

【論文情報】

雑誌名:Physical Review B誌

タイトル:Lattice stability of ordered Au-Cu alloys in the warm dense matter regime

    (Warm Dense Matter 状態にあるAu-Cu規則合金の格子安定性)

著者:Shota Ono and Daigo Kobayashi

DOI番号:10.1103/PhysRevB.103.094114

論文公開URL:https://link.aps.org/doi/10.1103/PhysRevB.103.094114

 

【用語解説】

(注1)第一原理計算:原子種類と原子位置の情報だけを用いて量子力学の多粒子系の問題を解き、物質の電子状態を予測する計算手法。「第一原理」とは、実験データや経験則を用いることなく、物理学の基本法則のみを用いて物性を予測する、という意味。本研究では、第一原理計算手法が実装されたQuantum Espresso というプログラムを用いて、Au-Cu規則合金のエネルギーや原子に作用する力を計算した。

(注2)物質中の原子間に作用する力:電磁気学に基づくイオン-イオン間のクーロン斥力と、電子が糊(のり)のような役割をすることで生じるイオン-電子-イオン間の引力の和。この2つの力が複雑に相殺することで、固体状態では原子間力の短距離部分は斥力、長距離部分は引力が優勢となる。Warm Dense Matter状態では、電子の糊としての力が弱くなり長距離部分の引力がほぼ消失する。

 

【研究者プロフィール】

岐阜大学工学部 電気電子・情報工学科 応用物理コース

<略歴>

2012年 北海道大学大学院工学研究科応用物理学専攻博士後期課程 修了(工学)

2012年 横浜国立大学大学院工学研究院 研究教員、同助教(〜2016年3月)

2015年 米国カリフォルニア大学バークレー校 客員研究員(3ヶ月)

2016年 岐阜大学工学部電気電子・情報工学科 助教

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