特定の酵素の作用によって「溶ける/固まる」 新しいゼリー素材を開発
病原体を閉じ込め、効果的に薬剤を届ける次世代ゲル
2026年6月4日
岐阜大学
特定の酵素の作用によって「溶ける/固まる」 新しいゼリー素材を開発 ―病原体を閉じ込め、効果的に薬剤を届ける次世代ゲル―
本研究のポイント
・ 老化関連酵素「β-ガラクトシダーゼ」の作用によって溶解し、あらかじめ内部に封入しておいた医薬品などを放出することができる新しいゼリー状材料の開発に成功しました。
・ インフルエンザウイルスに関与する酵素「ノイラミニダーゼ」の作用によって凝集し、ゼリー状に固まるナノ粒子の開発に成功しました。
・ 特定の酵素の作用によって「溶ける」「固まる」といった状態変化を分子レベルで制御できる、新たな分子設計技術(糖修飾環状ジペプチド)を確立しました。
研究概要
岐阜大学大学院 連合創薬医療情報研究科3年の杉浦 進太郎さんと工学部 化学・生命工学科の池田 将 教授らの研究グループは、特定の酵素の作用によって「溶ける」「固まる」といった状態変化を起こす新しいゼリー状素材の開発に成功しました。
例えば、老化に関わる酵素「β-ガラクトシダーゼ」がある環境では、ゼリーが溶け、内部に封入した物質を放出することができます。一方、インフルエンザウイルスに関連する酵素「ノイラミニダーゼ」がある環境では、ナノファイバーへと構造変化し、ゼリー状に固化してナノ物質を内部に閉じ込めることができます。
本成果は、感染症の予防・抑制や、標的部位における医薬品の精密な放出(ドラッグデリバリー)などへの応用が期待されます。
本研究成果は、世界最大の出版社のひとつ、Wiley-VCH刊行の学術雑誌「Small」に、日本時間2026年6月3日にオンライン版発表されました。
図1 研究概要 糖修飾環状ジペプチド c-IYS [ I = Isoleucine (イソロイシン), Y = Tyrosine (チロシン), S (Sugar) = Gal (galactose:ガラクトース) または Neu5Ac (N-acetylneuraminic acid: N-アセチルノイラミン酸, sialic acid:シアル酸) ]は水溶液中で自己集合してナノ構造体を形成します。さらに、特定の糖加水分解酵素に応答して、「溶ける」「固まる」といった状態変化を示します。
研究背景
ゼリー状物質は、粘性(液体的性質)と弾性(固体的性質)を併せ持つ、液体と固体の中間的な状態の物質です。水のような液体をゼリー状にするためには、ゲル化剤と呼ばれる溶質が水中でネットワーク構造を形成する必要があります。このように水を主成分とするゼリー状物質は「ヒドロゲル」と呼ばれ、生体との親和性が高いことから、医療分野での応用が期待され、広く研究されています。
池田教授らの研究グループは、水中で自己集合(注1)する分子を設計・合成し、その自己集合現象を利用したヒドロゲルをはじめとする機能性材料の開発に取り組んでいます(【本研究に関連する過去のプレスリリース】をご参照ください)。
今回の研究では、特定の酵素の働きに応じて状態が変化する新しいゼリー状素材の開発に成功しました。さらに本研究では、特定の糖加水分解酵素に応答して「溶ける」「固まる」といった状態変化を制御できる、新たな分子設計技術(糖修飾環状ジペプチド(注2))を確立しました。
研究成果
天然アミノ酸であるイソロイシン (I) とチロシン (Y) からなる環状ジペプチドc-IYに、糖 (S) を修飾した糖修飾環状ジペプチドc-IYSを設計・合成しました。
糖としてガラクトース (Gal) を導入したc-IYGalは、ヒドロゲルを形成することを見いだしました。このヒドロゲルに酵素であるβ-ガラクトシダーゼ(注3)を作用させると、ゲルが溶解して液体状態となり、内包していたタンパク質を放出することを実証しました。さらに、顕微鏡観察の結果、酵素作用によりナノファイバーのネットワーク構造が、束化した短いファイバーへと変化することが明らかとなりました。このようなナノレベルでの構造変化が、巨視的なゲルの溶解につながっていると考えられます (図2) 。
図2 c-IYGalのβ-ガラクトシダーゼ応答 (A) c-IYGalの化学構造、(B) ガラス容器内で調製したc-IYGalヒドロゲルの写真(ゼリー状を呈し、容器を横にしても流動しない)と、β-ガラクトシダーゼ添加後の写真、および、β-ガラクトシダーゼ添加前後の顕微鏡観察結果
一方、糖としてシアル酸の一種であるN-アセチルノイラミン酸 (Neu5Ac) を導入したc-IYNeu5Acは、ナノ粒子を形成することを見いだしました。この水溶液にノイラミニダーゼ(注4)を作用させると、ゼリー状物質へと状態変化することを実証しました。顕微鏡観察の結果、ナノ粒子構造がマイクロ粒子構造を経て、ナノファイバーのネットワーク構造へと変化することが明らかとなりました。さらに、インフルエンザウイルスと同程度のサイズのナノビーズを用いたモデル実験により、ゲル状物質中でナノビーズの運動が抑制されることを示しました (図3) 。
図3 c-IYNeu5Acのノイラミニダーゼ応答 (A) c-IYNeu5Acの化学構造、(B) ガラス容器内で調製したc-IYNeu5Ac水溶液の写真と、ノイラミニダーゼ添加後のヒドロゲル状態の写真、および、ノイラミニダーゼ添加前後の顕微鏡観察結果、(C) ゲル形成に伴うナノビーズの運動抑制の模式図
これらの酵素作用に伴う分子レベルでの化学構造変化は、HPLC分析などにより追跡しました。図4には、解明された化学構造変化とそれぞれの状態での予想される分子集合様式を示しています。
図4 糖修飾環状ジペプチドc-IYSの糖加水分解酵素による応答挙動
今後の展開
本研究成果は、感染症の予防・抑制や、標的部位における医薬品の精密な放出(ドラッグデリバリー)などへの応用が期待されます。
謝辞
本研究の一部は、日本学術振興会 科学研究費助成事業 (基盤研究(B) No. 23K26508)、東海国立大学機構 融合フロンティア次世代リサーチャー事業•メイク・ニュー・スタンダード次世代研究事業 (国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)「次世代研究者挑戦的研究プログラム」) 、日本学術振興会特別研究員(DC2, 26KJ1282)等の支援を受けて行われました。
用語解説
注1 自己集合
外部からの操作によらず、分子が自発的に集まり、規則的な構造や集合体を形成する現象。分子同士の相互作用(水素結合など)によって起こり、ナノ材料や生体模倣材料の構築に広く利用されている。
注2 環状ジペプチド
2つのアミノ酸が結合してできたジペプチドが、環状(リング状)構造をとった分子のこと。通常の直鎖状ペプチドに比べて構造が安定であり、分子同士の相互作用を精密に設計しやすいことから、自己集合材料や機能性分子の設計に利用されている。
注3 β-ガラクトシダーゼ
糖を分解する酵素の一種で、ラクトースなどのガラクトースを含む糖を加水分解する働きを持つ。生体内では細胞の老化に伴って活性が高まることが知られており、老化細胞の指標として広く利用されている。
注4 ノイラミニダーゼ
インフルエンザウイルスが持つ酵素で、細胞表面の糖鎖の末端にあるシアル酸(細胞間相互作用やウイルス結合に関与する糖)を切断する働きを持つ。ウイルスの増殖・拡散に重要な役割を果たすため、抗インフルエンザ薬の標的となっている。
論文情報
雑誌名:Small 22, e73943 (2026).
論文タイトル:Modular Molecular Design and Self-assembled Nanostructures of Saccharide‑Appended Cyclic Dipeptides for Glycosidase‑Responsive Supramolecular Hydrogels
著者:Shintaro Sugiura, Ryuta Tanaka, Sayuri L. Higashi, Aya Shibata, Koichiro M. Hirosawa, Kenichi G.N. Suzuki and Masato Ikeda*
DOI: 10.1002/smll.73943
本研究に関連する過去のプレスリリース
• バイオマーカーを見分けて溶けるゲル状物質を開発~診断材料や薬物放出材料として期待~
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https://www.gifu-u.ac.jp/news/research/2014/05/entry16-6487.html
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(2021年7月27日)
https://www.gifu-u.ac.jp/news/research/2021/07/entry27-10925.html
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(2023年1月21日)
https://www.gifu-u.ac.jp/news/research/2023/01/entry21-12122.html
• 酸化反応によって溶けた後、ひとりでにもう一度固まる不思議なゼリー状物質を発見!
(2024年6月21日)
https://www.gifu-u.ac.jp/news/research/2024/06/entry21-13271.html
• セルロースの基本単位である二糖を使って、光で切断できるマイクロ繊維を開発
(2024年9月11日)
https://www.gifu-u.ac.jp/news/research/2024/09/entry11-13523.html
• 低分子コアセルベートの内部構造を分子レベルで解明 (2026年2月4日)
https://www.gifu-u.ac.jp/news/research/2026/02/entry04-14831.html
研究者プロフィール
杉浦 進太郎(筆頭著者)
岐阜大学大学院 連合創薬医療情報研究科 博士課程3年 (秋季入学)
日本学術振興会特別研究員 (DC2)
田中 竜太
岐阜大学大学院 自然科学技術研究科 生命科学・化学専攻 令和6年度修了
東 小百合
岐阜大学 高等研究院 特任助教
岐阜大学大学院 連合創薬医療情報研究科 (兼任)
岐阜大学 One Medicineトランスレーショナルリサーチセンター (COMIT) (兼任)
柴田 綾
岐阜大学 工学部 化学・生命工学科 生命化学コース 助教
鈴木 健一
岐阜大学 糖鎖生命コア研究所(iGCORE) 教授
国立がん研究センター研究所 先端バイオイメージング研究分野 分野長 (兼任)
廣澤 幸一朗
岐阜大学 糖鎖生命コア研究所(iGCORE) 特任助教
池田 将(責任著者)
岐阜大学 工学部 化学・生命工学科 生命化学コース 教授
岐阜大学大学院 自然科学技術研究科 (兼任)
岐阜大学大学院 連合創薬医療情報研究科 (兼任)
岐阜大学 Guコンポジット研究センター (兼任)
岐阜大学 糖鎖生命コア研究所 (iGCORE) 糖鎖分子科学研究センター (iGMOL) (兼任)
岐阜大学 One Medicineトランスレーショナルリサーチセンター (COMIT) (兼任)
岐阜大学 医学部附属量子医学イノベーションリサーチセンター (兼任)
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このプレスリリースを配信した企業・団体
- 名称 国立大学法人東海国立大学機構岐阜大学
- 所在地 岐阜県
- 業種 大学
- URL https://www.gifu-u.ac.jp/
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