八ヶ岳大月川岩屑流発生の14C年代測定

南海トラフ地震と糸魚川-静岡構造線の連動の可能性

岐阜大学

令和3年5月25日

国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学

 

八ヶ岳大月川岩屑流発生の14C年代測定 南海トラフ地震と糸魚川-静岡構造線の連動の可能性 

【発表機関】

国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学

岐阜聖徳学園大学

 

【概要】

 岐阜大学教育学部の勝田長貴准教授、岐阜聖徳学園大学教育学部の川上紳一教授(岐阜大学教育学部名誉教授)らは、長野県東部に位置する八ヶ岳(注1)火山北部の崩壊で発生した大月川岩屑流堆積物(注2)中の埋没樹木の放射性炭素(14C)年代測定を行い、この出来事は西暦887年に起こった可能性が高いことを明らかにした。この出来事は、古文書に記載があり、八ヶ岳の崩壊を記録した可能性が示唆されていたが、それを支持する年代学的データは乏しかった。本研究で、埋没樹木の14C年代値が古文書の記録とほぼ一致したことから、西暦887年の南海トラフ(注3)で発生したプレート沈み込み地震にともなって八ヶ岳で山体崩壊が起こったが、八ヶ岳はプレート沈み込み地震の震源域と離れていることから、八ヶ岳の近くを走る糸魚川-静岡構造線(注4)の南部も同時に活動した可能性を考察した。

 本研究成果は、日本時間令和3年5月18日(火)に国際第四紀学連合(INQUA)の国際誌Quaternary International誌のオンライン版で発表された。

 

【発表のポイント】

・古文書の記録にある「信濃国山禿川溢れる」という出来事は、八ヶ岳の崩壊による大月川岩屑流で、千曲川に堰止湖ができ、自然堤防が決壊して下流に被害が及んだ出来事を記録したものである。

・大月川岩屑流堆積物には、多数の樹木が埋没しており、樹齢400年の大木の中心から表面まで、複数個所で木片資料を採取し、14C年代測定を行った。

・年輪数と14C年代値の関係図を、14C標準曲線と重ね合わせることで、樹木が埋没した年代値が約西暦838±17年という結果になった。

14C年代測定値は、海外の測定結果と国内の測定結果で、とりわけ1200年前ごろの値にずれがあり、国内の測定値は、実際の年代値よりも30年古い値になることが近年明らかになった。

・今回、得られた西暦838±17年という年代値は実際より30年古いとして補正をほどこすと、西暦850-890年となり、古文書の記録と一致した。

・八ヶ岳の崩壊の原因としては、八ヶ岳火山の活動、南海トラフ地震に誘発されたという説があったが、これまでの地質調査で、八ヶ岳に有史時代に活動があったという記録はない。南海トラフ地震の震源域と八ヶ岳は距離が離れていることから、プレート沈み込み地震で山体崩壊する可能性は低いため、糸魚川-静岡構造線にそった活断層が連動した可能性を示唆した。

 

【研究内容】

 八ヶ岳は、長野県東部に位置する活火山である。山体の東を流れる大月川に沿って八ヶ岳北部が崩壊して生じた大月川岩屑流堆積物が分布している。この岩屑流によって千曲川に堰止湖ができ、それが決壊して下流で被害が発生したことを示す遺跡があり、この出来事は歴史時代に起こった可能性が示唆されていた。『扶桑略記(注5)』によると「仁和三年・・・地大いに震動し・・・信乃国大山禿崩、巨河溢流し・・・」という記録など、複数の古文書に、長野県で山が崩れ岩屑流が発生し、河川氾濫による災害があったことを示唆する記録があり、この出来事が八ヶ岳の崩壊と大月川岩屑流の発生を記録したものではないかという指摘があった(石橋1999, 2000)。

 本研究では、大月川岩屑流堆積物から出土した、樹齢400年の大木で、樹木の中心から表面へ向けて年輪数を計測し、間隔をあけて分析試料を採取して、14C年代測定を行った。得られる年代値は中心部のほうが表面付近よりも400年古い値になることを利用すると、測定精度が高くなる。実際には、14C標準曲線とのマッチングを統計的に評価して、樹木がなぎ倒されたとされる年代値を求めた。その結果は西暦838年±17年となった。考古試料の14C年代測定データベースの構築から、国内の分析値と海外の分析値を比較すると、国内の分析値が系統的に約30年古くなることが近年になって明らかになった(Nakamura et al. 2013, 2016)。このことを加味すると、大月川岩屑流の発生年代は、西暦850-890年となり、古文書に記録された出来事の年代と一致した。

 今回得られた14C年代は、従来の測定データに比べ、精度が高くなり、古文書などの記録と符合することが明らかになった。八ヶ岳の崩壊と大月川岩屑流の発生原因については、これまで、火山活動説、南海トラフ沈み込み地震による誘発説があった(石橋1999, 2000)。火山活動説に関しては、歴史時代に八ヶ岳が活動したという地質学的記録はみつかっていない。南海トラフ沈み込み地震による誘発の可能性については、八ヶ岳が震源域から遠いことから可能性は低いと判断される。八ヶ岳の近くを走る糸魚川-静岡構造線にそった活断層が活動した可能性が考えられるが、発生年が仁和3年の南海トラフ沈み込み地震に対応していることから、南海トラフ沈み込み地震にともなって、糸魚川-静岡構造線南部が連動した可能性について考察した。

 

【学術的意義】

 (1)八ヶ岳北部が崩壊して発生した大月川岩屑流の発生時期について、この堆積物に埋没していた大木から木片を系統的に採取し、年輪数計測と合わせて14C年代測定を行って、従来よりも高い精度で年代測定を行うことができ、結果として838年±17年という値を得た。これに、国内の14C年代測定値の系統的ずれを補正すると、西暦850-890年という値になり、古文書の記録に示された年と一致した。このことから、古文書に記録された出来事が八ヶ岳北部の東斜面で発生したことが科学的に確かとなった。

 (2)八ヶ岳北部の山体崩壊の原因論について、得られた年代測定値をもとに考察した。火山活動説、南海トラフ沈み込み地震誘発説の可能性は低く、かわって、八ヶ岳の近くで内陸地震が発生したこと、その地震が887年(仁和3年)の南海トラフ沈み込み地震と同時期であることから、糸魚川-静岡構造線南部に沿った活断層が連動した可能性があることを示唆した。

 

【論文情報】

雑誌名:Quaternary International

タイトル:Radiocarbon analysis of tree ring for a catastrophic collapse in the northern Yatsugatake volcanoes: Its implication for seismotectonics in southwest Japan

著者:Nagayoshi Katsuta, Yosuke Okuda, Toshio Nakamura, Hirotaka Oda, Akiko Ikeda, Sayuri Naito, Masako Kagawa, Shin-ichi Kawakami

DOI番号: https://doi.org/10.1016/j.quaint.2021.05.007

論文公開URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S1040618221002925

 

【参考図】

 

図1.八ヶ岳火山と大月川岩屑流堆積物の分布。糸魚川-静岡構造線の位置も示す。

 

 

図2.14C年代測定値、14C曲線のマッチング。黒丸が今回の分析値。 図中の曲線が14C標準曲線。

 

 

図3.南海トラフ沈み込み地震の震源セグメントと、歴史時代の活動サイクル。西暦887年の仁和3年の地震では、糸魚川-静岡構造線に近い場所で、八ヶ岳以外でも大規模岩屑流が発生している。

 

【引用文献】

石橋克彦 (1999) 文献史料からみた東海・南海巨大地震-1. 14世紀前半までのまとめ-. 地学雑誌 108, 399–423.

石橋克彦 (2000) 887年仁和地震が東海・南海巨大地震であったことの確からしさ. 地球惑星科学関連学会2000年合同大会予稿集, SI-017.

Nakamura, T. et al. (2013) Radiocarbon ages of annual rings from Japanese wood: evident age offset based on IntCal09. Radiocarbon 55, 763–770.

Nakamura, T. et al. (2016) High-precision age determination of Holocene samples by radiocarbon dating with accelerator mass spectrometry at Nagoya University. Quaternary International 397, 250–257.

 

【用語解説】

(注1)八ヶ岳:長野県東部に位置する火山列。北の蓼科山から南の編笠山まで約20の峰がある。活火山とされているが、歴史時代に活動した記録はない。

 

(注2)大月川岩屑流堆積物:八ヶ岳北部から東を流れる千曲川にいたる大月川にそって分布する岩屑流堆積物。数多くの樹木が埋没している。松原湖は大月川岩屑流堆積物にできた湖。大月川岩屑流堆積物によって、千曲川がせき止められ、それが決壊して被害が長野市あたりまで及んだことが郷土史研究で明らかにされている。

 

(注3)南海トラフ:静岡県の駿河湾から西南日本の太平洋沖を走る海底谷で、フィリピン海プレートが沈み込んでいる場所にできた低地。プレート沈み込みにともなう大規模地震が繰り返し発生している。1944年1946年に地震が発生し、南海トラフの最東部の駿河湾はこのとき活動しなかったことから、東海地震が発生するとして地震予知観測体制が整備された。

 

(注4)糸魚川-静岡構造線:新潟県糸魚川市から静岡県の安部川付近に至る地質境界線で、ここを境に日本列島は西南日本と東北日本に区分される。フォッサマグナと呼ばれる地質構造帯の西縁に位置している。糸魚川-静岡構造線に沿って活断層も走っており、近い将来大規模地震を発生させる可能性のある活断層も含まれる。

 

(注5)扶桑略記:平安時代の私選歴史書。その中に、仁和3年の長野県での地変の記録がある。このほかに、『日本略記』、『類聚三代格』にも類似の記録があるが、記述に一部食い違いがある。

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