生体分子モーターによって駆動されるアクティブポリマーが作り出す自発的なスパイラル運動の仕組みを解明
2025年7月3日
岐阜大学
生体分子モーターによって駆動されるアクティブポリマーが 作り出す自発的なスパイラル運動の仕組みを解明
本研究のポイント
・生体分子モーターが駆動するアクティブポリマーのスパイラル運動の発生条件を明らかにしました。
・アクティブポリマーのスパイラル形成メカニズムを解明しました。
・スパイラル形成における生体分子モーターの力学的性質の重要性を明らかにしました。
研究概要
岐阜大学工学部の新田高洋教授、工学研究科のDouglas Kagoiya Ng’ang’aさんの研究グループは、コロンビア大学(アメリカ)のHenry Hess教授、デダン・キマティ工科大学(ケニア)のSamuel Macharia Kang’iri講師との共同研究で、生体分子モーターによって駆動されるアクティブポリマーが作り出す自発的なスパイラル運動の仕組みを解明しました。
アクティブポリマーは、通常の高分子(ポリマー)には見られない生き物のような振る舞いを示します。特に、アクティブポリマーの先端をピン止めすると自ら回転運動する渦巻き状の構造(スパイラル)を形成します。本研究は、アクティブポリマーがスパイラル構造を形成する際に、生体分子モーターの弾性が重要な役割を果たしていることを示しました。これは、細胞内での構造形成や物質輸送の理解に新たな視点を与えるだけでなく、生体分子モーターを用いたナノ輸送デバイスやマイクロロボットの設計にも重要な知見です。
本研究成果は、現地時間2025年7月1日にScientific Reports誌のオンライン版で発表されました。
研究背景
細胞内には細胞骨格と呼ばれる蛋白質のフィラメントがあり、細胞内で様々な仕事を担っています。また生体分子モーターは、このフィラメントをレールとして細胞内での力発生や物質輸送を行っています。これらのフィラメントと生体分子モーターを人工的に再構成して、生体分子モーターによってフィラメントが駆動される「アクティブポリマー」を構成することができます。アクティブポリマーは、合成高分子(ポリマー)には見られない生き物のような振る舞いを示します。特に、アクティブポリマーの先端をピン止めすると自ら回転運動する渦巻き状の構造(スパイラル)を形成します。アクティブポリマーを扱う従来の研究では、生体分子モーターの駆動力を単純な有効力として扱うことが主流で、モーターそのものの力学的性質がアクティブポリマーの運動や形態に与える影響については十分に理解されていませんでした。
研究成果
● 2種類の運動様式 — 「停止」か「スパイラル」とその発生条件
細胞骨格フィラメントの先導端をピン止めした際には、モーター密度やフィラメントの長さによって「停止」と「スパイラル」の2種類の運動様式が起こります。図1(a)では、フィラメントが生体分子モーターにより押されながらも構造をほとんど変えずに動かなくなる「停止」状態を示し、図1(b)では、固定端を中心に回転しながらスパイラルを形成する様子を示しています。これら2つの運動様式は、フィラメントの長さとモーター密度の違いによって生じます。様々なフィラメント長とモーター密度でシミュレーションを実行することによりスパイラルの発生条件を明らかにしました(図1(c))。
図1.(a, b) フィラメント(オレンジの線)が表面に固定された生体分子モーター(緑の点)によって駆動される様子の連続画像。白い点はランダムに分布した生体分子モーターの位置を示します。フィラメントの先端(右端)がピン止めさる前後の運動を示します。(a)「停止」の場合、(b)はスパイラル形成の場合を示しています。 (c) フィラメントの運動様式をまとめた相図。各点の色はスパイラル形成の割合を示し、黄色はすべてのフィラメントがスパイラルを形成したことを、濃青はまったく形成しなかったことを示します。
● スパイラル形成は局所的な曲がりから始まる
スパイラルの形成メカニズムを明らかにするために、スパイラル形成の初期過程を詳しく調べました。図2では、スパイラル形成が行われる様子を示しています。フィラメントの固定端近傍で局所的な曲がり(座屈)が生じ、その曲がりが徐々に大きくなり、フィラメント全体が巻かれていく様子が示されています。
図2.スパイラルを形成するフィラメントの連続画像を重ね合わせた図。矢印はフィラメントの移動方向を示し、オレンジから赤への色の変化は時間の経過を表しています。
● スパイラル形成の理論的背景とその予測
数理モデルを用いてスパイラルの形成のメカニズムを明らかにしました。図3(a)は、フィラメントに圧縮力が徐々に加わり、フィラメントが局所的な座屈を起こす過程を模式的に表しています。この圧縮力がある臨界値を超え、かつその力が作用する領域が十分に長くなったとき、座屈が起こると考えました。図3(b)では、この理論から導かれた、スパイラルが起こるかどうかの境界線(黒い曲線)で、この境界線より右側の領域がスパイラルが起こる条件、左側の領域がスパイラルが起こらずに「停止」が起こる条件です。この理論から導かれた境界線は、シミュレーション結果と良い一致を示しています。
図3.(a) 局所的座屈のメカニズムを示す模式図。左側は4つの時間点(t₀~t₃)における圧縮力の分布、右側はそれに対応するフィラメントと生体分子モーターの模式図。時間とともにフィラメントの固定端付近に圧縮力が蓄積され、ある臨界条件を超えると座屈が発生する様子を示しています。(d) フィラメントの運動様式(スパイラル形成または停止)の相図に、理論式に基づく相境界(黒線)を重ねて示しています。理論的な境界線は、シミュレーション結果とよく一致しています。
本研究の意義・今後の展望
本研究は、アクティブポリマーがスパイラル構造を形成する際に、生体分子モーターの弾性が重要な役割を果たしていることを示しました。これは、細胞内での構造形成や物質輸送の理解に新たな視点を与えるだけでなく、生体分子モーターを用いたナノ輸送デバイスやマイクロロボットの設計にも重要な知見です。モーターの密度を適切に制御することで、過剰な湾曲によるフィラメントの損傷を回避する戦略につながる可能性があります。
論文情報
雑誌名:Scientific Reports
論文タイトル:Active spiralling of microtubules driven by kinesin motors
著者:Douglas Kagoiya Ng’ang’a, Samuel Macharia Kang’iri, Henry Hess & Takahiro Nitta
DOI: 10.1038/s41598-025-03384-y
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このプレスリリースを配信した企業・団体

- 名称 国立大学法人東海国立大学機構岐阜大学
- 所在地 岐阜県
- 業種 大学
- URL https://www.gifu-u.ac.jp/
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