日本原産フキノトウからがんの増殖・転移を強く抑制する物質を発見
令和3年9月2日
国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学
日本原産フキノトウからがんの増殖・転移を強く抑制する物質を発見
岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科 創薬専攻 平島一輝 特任助教、赤尾幸博 特任教授らの研究グループは、シーシーアイなどとの共同研究で、天ぷらなどの和食に使われる日本原産植物フキノトウに多く含まれるペタシンが、がんの増殖と転移を強く抑制することを発見しました。また、ペタシンはがん細胞の特異的なエネルギー代謝を阻害することで、正常組織への副作用を抑えつつ効果的に抗がん効果を発揮することを明らかにしました。本化合物を起点として一群の副作用の低い革新的な抗がん・転移阻害薬の開発が期待されます。
本研究成果は、2021年9月2日(木)2時(日本時間)にThe Journal of Clinical Investigation誌のオンライン版で発表されました。
【発表のポイント】
・活発に増殖・転移するがん細胞は、正常細胞と比べてより多くのエネルギー(ATP)や細胞の構成要素(核酸とタンパク)を合成する必要があるため、大量のグルコースやグルタミンなどの栄養素を取り込み代謝します(図1A)。
・この代謝反応はミトコンドリアの呼吸鎖複合体I(注1)(ETCC1)に支えられているので、ETCC1阻害によって効率的にがんの増殖と転移を抑制できると考えられています。しかし、既存のETCC1阻害剤は活性が弱いか毒性が強く治療に応用できない状態でした。
・今回の研究では、日本原産植物のフキノトウ(Petasites japonicus)に多く含まれるペタシンが、既存の化合物の1700倍以上高い活性でETCC1を阻害することを発見しました。
・ペタシンはがんに特徴的なエネルギー代謝を阻害することで、正常組織にほとんど副作用を示さずにがんの増殖と転移を阻害しました(図1B)。また、乳がん、胃がん、大腸がん、膵臓がん、膀胱がん、前立腺がん、悪性黒色腫、肉腫、白血病など幅広い種類のがん細胞に対して非常に強い抗がん活性を示しました。
・ペタシンは、がんのエネルギー代謝を標的とする新しい抗がん・転移阻害薬として有望と考えられます。
【研究背景】
がん細胞は正常細胞と比べて活発にグルコースやグルタミンなどの栄養素を取り込み、がんの増殖や転移に必要な核酸とタンパク、エネルギーを効率的に合成することが知られています(図1A)。がん細胞では正常細胞と比べて、解糖系(注2)から分岐するペントースリン酸回路(PPP)・ヘキソサミン経路(HBP)によるグルコース代謝や、TCA回路を用いたグルタミン代謝が特に亢進しています。これらの代謝を効率的に進めるためには、ミトコンドリアの電子伝達系とその最初の反応をつかさどる呼吸鎖複合体I(ETCC1)から供給されるATPと補酵素NADが必要です。そこで、ETCC1の阻害によってがんの増殖と転移を効果的に抑制できると考えられていますが、これまでに報告されている化合物のほとんどは活性が弱いか毒性が強く、がん治療に応用することができませんでした。そのため、高い効果と安全性を兼ね備えた新しいETCC1阻害剤の開発に大きな関心が寄せられています。
【研究成果】
平島一輝 特任助教、赤尾幸博 特任教授らは独自の植物抽出物ライブラリー(注3)を作成し調査した結果、日本原産植物のフキノトウに多く含まれるペタシンが、がん細胞の増殖と転移を極めて強く抑制することを発見しました。ペタシンは従来型の阻害剤(メトホルミンやフェンホルミン)とは全く異なる化学構造を持ち、1700倍以上高いETCC1阻害活性と3800倍以上高い抗がん活性を持つことを明らかにしました(図1)。また、ペタシンは乳がん、胃がん、大腸がん、膵臓がん、膀胱がん、前立腺がん、悪性黒色腫、肉腫、白血病など幅広い種類のがん細胞に対して非常に強い増殖抑制効果を示すことがわかりました(図2)。さらにペタシンで処理されたがん細胞は増殖のみならず、浸潤・転移活性が大幅に低下することも突き止めました。
エネルギー代謝への影響を調べたところ、ペタシンはETCC1を阻害してがん細胞のATP・NAD合成のバランスを崩し、がん細胞が依存するPPPやHBP、TCA回路を重度に阻害して非常に強い抗がん効果を示していることがわかりました。さらに、がんの増殖と転移を促進するRAS、 Akt、 ERK、 EGFR、 ABL、 c-Myc、 STAT3、 NRP1、 ITGA5といった数多くのがん遺伝子群の発現が、ペタシン処理によって著しく低下することがわかりました。このようながんの増殖・転移抑制効果は複数のマウスモデルを使用した動物実験でも明らかでした(図3、4)。このような顕著な抗がん効果にもかかわらず、ペタシンは明らかな副作用を示しませんでした。以上より、ペタシンは安全かつ高活性な新しいタイプの抗がん・転移阻害薬として有望であると考えられます。
【今後の展開】
本研究で同定したペタシンは強い抗がん効果と安全性を兼ね備えたユニークな化合物であり、これまでに知られている阻害剤とも全く異なる化学構造を有しています。ペタシンは人工的に大量合成できるため、ペタシンを基礎とした新しい抗がん・転移阻害薬の開発が期待されます。また、安全性が比較的高いことから、ペタシンおよびペタシンを含む植物抽出物はがん予防への応用も考えられます。
【論文情報】
雑誌名:The Journal of Clinical Investigation
タイトル:Petasin potently inhibits mitochondrial complex I-based metabolism that supports tumor growth and metastasis
著者:Kazuki Heishima, Nobuhiko Sugito, Tomoyoshi Soga, Masashi Nishikawa, Yuko Ito, Ryo Honda, Yuki Kuranaga, Hiroki Sakai, Ryo Ito, Takayuki Nakagawa, Hiroshi Ueda, and Yukihiro Akao
DOI番号:10.1172/JCI139933
論文公開URL:https://doi.org/10.1172/JCI139933
【用語解説】
(注1)呼吸鎖複合体I:ミトコンドリア内膜において、様々な代謝反応に用いられるNADを生成する酸化還元酵素。
(注2)解糖系:グルコース(ブドウ糖)を分解し、そのエネルギーを生物が使いやすい形に変換する代謝経路。
(注3)植物抽出物ライブラリー:薬効をもつ可能性がある植物の抽出物を系統的に集めたもの。
【研究支援】
本研究は、シーシーアイおよび公益財団法人小林財団の研究助成による支援を受けました。
【 研究者プロフィール】
平島 一輝(へいしま かずき)
岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科 特任助教
<略歴>
2013年3月 岩手大学獣医学課程 修了
2013年4月 岐阜大学連合獣医学研究科 獣医分子病態学・臨床腫瘍学
2016年9月 岐阜大学連合獣医学研究科 修了 博士(獣医学)
2017年3月 日本獣医病理学専門家協会認定専門医(Dip. JCVP)
2017年4月 米国エール大学 エールがん研究センター 腫瘍内科分野 博士研究員(Dr. Kluger)
2018年4月 岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科 特任助教
【 研究者プロフィール】
赤尾 幸博 (あかお ゆきひろ)
岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科 特任教授
<略歴>
1978年 3 月 大阪医科大学卒業
1978年 4 月 名古屋第一赤十字病院内科(骨髄移植)
1984年 4 月 名古屋大学医学部第一内科 分院内科 (医学博士取得)
1988年 9 月 米国ウイスター研究所 (Dr. Calro Croce)
1990年 9 月 名古屋大学医学部分院内科
1991年 4 月 愛知県がんセンター研究所 (化学療法部) 主任研究員
1993年 9 月 大阪医科大学助教授
1996年 7 月 岐阜県国際バイオ研究所部長
2009年 4 月 岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科 教授
2018年 4 月 岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科 特任教授
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- 所在地 岐阜県
- 業種 大学
- URL https://www.gifu-u.ac.jp/
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