ペア型エフェクターによる病原細菌のミトコンドリア機能制御

病原細菌レジオネラは宿主ミトコンドリア ADP/ATP 交換輸送体に可逆的な化学修飾を施す

岐阜大学

2022/6/3 15:56

令和4年6月3日

国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学

ペア型エフェクターによる病原細菌のミトコンドリア機能制御 ー病原細菌レジオネラは宿主ミトコンドリア ADP/ATP 交換輸送体に可逆的な化学修飾を施すー

 

 岐阜大学大学院医学系研究科病原体制御学分野の永井宏樹教授、久堀智子准教授らのグループは、重篤な肺炎を引き起こす病原細菌レジオネラが宿主真核細胞のミトコンドリア機能を制御することを見つけました。この制御は、細胞内に輸送されペアとなって働く2つのレジオネラ酵素がミトコンドリアADP/ATP 交換輸送体1)を可逆的に化学修飾するという機序に基づくことが示されました。さらに、韓国科学技術院 (KAIST) Byung-Ha Oh 教授のグループとの共同研究により、脱修飾酵素の詳細な分子構造とその作用機構が示されました。

 

 本研究成果は、日本時間令和4年6月3日(金)にProceedings of the National Academy of Science誌のオンライン版で発表されました。

 

【発表のポイント】

・病原細菌がミトコンドリア機能を操作する分子メカニズムのひとつが明らかにされた。

・細胞エネルギー産生の中枢システムが細菌酵素による化学修飾によって障害された。

・相反する活性を持つ2つの細菌酵素がミトコンドリア機能を可逆的に制御した。

・脱修飾酵素の結晶構造を解明し、この酵素が収斂進化2)により獲得されたことを示した。

 

【概要】

 ミトコンドリアはヒトを含めた真核生物におけるエネルギー産生の中枢であり、感染においては病原体を排除するための主要な免疫応答を担います。これに対して、病原体の側は感染を果たすために様々なアプローチで宿主細胞のミトコンドリア機能を操作することが知られていますが、その詳細な仕組みは明らかにされてはいません。本研究では、重篤な肺炎を引き起こす病原細菌であるレジオネラがエフェクターと呼ばれる機能性タンパク質の持つ酵素活性を使ってミトコンドリア機能を制御することを見出しました。レジオネラエフェクターのひとつであるLpg0080 はミトコンドリア内外にADPやATP を輸送するポンプである ADP/ATP交換輸送体 (ANT)に化学修飾を施すことで、それと連動して働く ATP 合成酵素を含めたミトコンドリア電子伝達系)の作用にブレーキを掛けることがわかりました。さらに、別のエフェクターであるLpg0081 は ANT の化学修飾を外すことで、ブレーキを解除することがわかりました。

 

【背景】

 私たちヒトをはじめとした真核生物の細胞には様々な細胞小器官があり、なかでもミトコンドリアは「細胞内に張り巡らされたエネルギープラント」として酸素を消費しATP を合成する役割を担います。ミトコンドリアの働きは細胞の営みに欠かせないものですが、その起源は実は細菌であったと考えられています。真核細胞の前身となる細胞に細菌が寄生し、共生進化を経て現在のような小器官として働くようになったとされています。活発に増殖するがん細胞は「ワールブルグ効果)」と呼ばれるミトコンドリアに依存しない代謝様式を持つことが知られていますが、レジオネラなどの病原細菌が感染すると、正常な細胞も「ワールブルグ効果」様の代謝に移行することが近年報告されています。しかし、その意味やメカニズムについてはまだほとんど解析されていません。

 

 病原細菌は様々な酵素活性を持つタンパク質群を宿主細胞に輸送し、細胞システムを自らに有利に改変することで感染細胞の中で生存・増殖し、その結果として病原性を発揮します。これらの酵素群には細胞内分子に化学修飾を施すものが多くあります。その中で、ADPリボシル化)活性は古くから多くの細菌毒素)に見出されてきましたが、細菌エフェクターの中にも ADPリボシル化酵素が徐々に見つかってきています。レジオネラは病原細菌のなかでも極めて多彩なエフェクターを持つことで知られています。レジオネラエフェクター間には機能的なネットワークが存在し、細胞システムに対して巧妙かつ精緻な制御を実現しています。

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【研究成果】

・レジオネラ遺伝子の配列を網羅的に解析することで ADPリボシル化酵素群を予測しました。予測されたタンパク質のうち、Lpg0080 が実際にヒト培養細胞の標的タンパク質 ANTを ADP リボシル化することを示しました。

・Lpg0080 によってADPリボシル化される ANT のアミノ酸残基の特定に成功しました。その残基の立体構造上の位置から、この化学修飾が ANT の ADP/ATP 交換輸送機能を阻害すると考えられました。

・別のレジオネラエフェクター Lpg0081が Lpg0080 によって ANT に付与された ADPリボースを取り除く活性を持つことを見出しました。

・ミトコンドリアが産生する細胞内 ATP レベルはLpg0080の働きによって低下し、低下したATP レベルは Lpg0081の作用によって回復することが示されました。ミトコンドリア機能の指標となる細胞の酸素消費量を測定した結果、Lpg0080 存在下で低下し、Lpg0081 存在下で上昇することが示されました。

・Lpg0081と ADPリボース複合体の結晶構造解析に成功し、Lpg0081 がマクロドメイン)という構造モジュールを持つ ADP リボシルヒドラーゼ)であることが明らかとなりました。しかしながら、Lpg0081はこれまで見出されているマクロドメインタンパク質には例のないユニークなトポロジーを持ち、収斂進化により獲得されたことがわかりました。

 

【今後の展開】

 本研究で示された可逆的なミトコンドリア機能制御が、実際に病原体感染においてどのような生物学的な意味を持つのか、つまり、「ミトコンドリア機能を回復させることが細菌にとってどのようなメリットがあるのか?」という重要な問いは今後の課題として残されています。細菌が細胞の中で生き長らえるためには、長期的には細胞機能を正常に保つ必要があると考えられます。感染の経過や様々な細胞種、感染環境を含めた幅広い視点からの解析が今後必要になると考えています。また、細胞質内に輸送された細菌タンパク質が、どのような仕組みで隔離された細胞小器官の内部(本研究の場合はミトコンドリア内膜)に到達し機能を発揮できるのかは、レジオネラのみならず様々な病原体による感染機構を分子レベルで理解する上での普遍的な問いに還元できると考えます。感染に伴う様々な現象をそのメカニズムから解き明かしていく地道な基礎研究の蓄積が、最終的には感染症を撲滅するための医療技術の開発や創薬に繋がっていくのです。

 

【論文情報】

雑誌名:Proceedings of the National Academy of Science (PNAS)

タイトル:Reversible modification of mitochondrial ADP/ATP translocases by paired Legionella effector proteins

著者:Tomoko Kubori1*, Junyup Lee1, Hyunmin Kim, Kohei Yamazaki, Masanari Nishikawa, Tomoe Kitao, Byung-Ha Oh*, and Hiroki Nagai*

(1Equally contributed authors, *Corresponding authors)

DOI番号:10.1073/pnas.2122872119

論文公開URL:https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2122872119

 

【用語解説】

1)ADP/ATP 交換輸送体 (ADP/ATP translocase):ミトコンドリア内膜に多量に存在し、ATP 合成の材料となるADP を細胞質からミトコンドリア内部に運び入れ、ミトコンドリアで合成された ATP を細胞質に運び出す作用をするタンパク質。

 

2)収斂進化 (convergent evolution): 異なる系統の生物が、環境要因などで同様の選択圧を受けることで似通った形態へと進化を遂げる現象。タンパク質などの分子構造についても使われる。

 

3)電子伝達系 (Electron transport chain):電子供与体から電子受容体に電子を渡すことでエネルギーを放出し、生体膜の内外の水素イオン濃度の差を作り出す。真核生物ではミトコンドリアに存在する複合体 I-V が担い、このプロセスと共役した酸化的リン酸化の結果 ATP を合成する。

 

4)ワールブルグ効果 (Warburg effect):Otto Warburg が見出した、がん細胞が有酸素下でもミトコンドリアの酸化的リン酸化よりも解糖系に依存して ATP を産生する現象。

 

5)ADP リボシル化 (ADP-ribosylation):タンパク質の翻訳後修飾のひとつで、ニコチンアミドアデニンヌクレオチド (NAD+)からADP リボースをタンパク質の残基に転移させる反応。ADP リボシルトランスフェラーゼという酵素によって触媒される。

 

6)細菌毒素 (Bacterial toxins):細菌によって産生され、菌体外へ分泌される病原性物質(ここでは「外毒素」を示す)。宿主組織に直接損傷を与え、病態を引き起こす。自律的に細胞に結合あるいは侵入する点で「細菌エフェクター」と区別される。

 

7)マクロドメイン (Macrodomain): ADP リボースを結合する 130 残基程度のタンパク質モジュール。マクロドメインを保有するタンパク質の機能はポリADPリボース鎖の切断をはじめとして多岐にわたる。

 

8)ADP リボシルヒドラーゼ (ADP-ribosyl hydrolase):ADP リボシル化により付与された ADP リボース鎖を加水分解により切断する酵素。

【研究者プロフィール】

久堀 智子(くぼり ともこ)

岐阜大学大学院医学系研究科・病原体制御学分野

<略歴>

1991年 総合研究大学院大学遺伝学専攻・博士課程修了

1993 – 1999 年 日本学術振興会特別研究員

1999 - 2004 年 米国エール大学・アソシエートリサーチサイエンティスト

2004 - 2017年 大阪大学微生物病研究所・特任助教、特任講師

2017 年 – 現在 岐阜大学医学系研究科・准教授

 

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