宇宙線陽子スペクトルの高精度直接観測に成功
10テラ電子ボルト領域でエネルギースペクトル”軟化”を検出
2022年9月14日
早稲田大学
本発表の詳細は、早稲田大学のホームページをご覧ください。
宇宙線陽子スペクトル高精度観測 – 早稲田大学 (waseda.jp)
国際宇宙ステーション搭載の高エネルギー電子・ガンマ線観測装置(CALET) による測定
発表のポイント
国際宇宙ステーション搭載の宇宙線電子望遠鏡(CALET)が、10テラ電子ボルト領域で銀河宇宙線の主成分である陽子のエネルギースペクトル軟化を高精度に観測することに成功しました。
これまで、観測の難しさから実験間によるばらつきが大きかったため、精度が高く測定されておらず、スペクトル全体の総合的理解が困難な状況でした。
広範囲でのエネルギー領域でスペクトル構造の高精度観測を達成したことは、超新星残骸での宇宙線加速機構や銀河内での宇宙線伝播機構の解明に重要な貢献となると期待されています。
早稲田大学理工学術院総合研究所主任研究員 小林 兼好(こばやしかずよし)、早稲田大学名誉教授・CALET代表研究者 鳥居 祥二(とりいしょうじ)、シエナ大学教授 Pier S. Marrocchesi、と宇宙航空研究開発機構(JAXA)及び国内他機関、イタリア、米国の国際共同研究グループ(以下、本研究グループ)は、国際宇宙ステーション(ISS)・「きぼう」日本実験棟の船外実験プラットフォームに搭載された宇宙線電子望遠鏡(CALET:高エネルギー電子・ガンマ線観測装置)を用いて、銀河宇宙線の主成分である陽子の10テラ電子ボルト領域で、エネルギースペクトル軟化を高精度に観測しました。
「きぼう」で定常観測を継続するCALETは50ギガ電子ボルトから60テラ電子ボルトの広いエネルギー領域で、宇宙線陽子スペクトルの高精度直接観測に成功しました。これまでに発表しているテラ電子ボルト領域に至る漸次的な「スペクトル硬化」に続いて、さらに60テラ電子ボルト領域まで観測領域を拡大して、「スペクトルの軟化」を新たに測定しました。この結果は、これまでのCALETによる宇宙線諸成分(電子、炭素、水素、鉄、ニッケルなど)の観測とともに、銀河宇宙線の加速・伝播機構のモデル検証のために重要な情報を提供するものです。
宇宙線は約100年前に発見されて以来、常に物理学の最先端のテーマでした。様々な飛翔体による観測の結果を総合して、「超新星残骸における衝撃波によって加速され、銀河磁場によって拡散的に伝播して銀河外へ漏れ出す」という"標準モデル"による理解が進んでいます。このモデルでは、地球で観測される宇宙線スペクトルの形状は単調な冪(べき)型のスペクトル*9が予測されます。しかし、近年の気球や人工衛星、ISSによる直接観測で、この予測に反する数100ギガ電子ボルトにおけるスペクトルの単一冪からのズレとして、スペクトルの硬化が報告されています。これは"標準モデル"では理解できない結果であり、宇宙線の加速・伝播機構モデルについてパラダイムシフトの必要性を示唆しており、その解釈をめぐって現在活発な研究が繰り広げられています。
このたび本研究グループがCALETを用いて観測したエネルギー領域は、これまで磁気スペクトロメータ(PAMELA、AMS-02)とカロリメータ型検出器(ATIC、CREAM、NUCLEON、DAMPE)の2種類の検出器によって別々にカバーされていました。CALETは宇宙空間から初めて、全領域を単独の検出器として観測することに成功しました。これまでの測定結果では、気球に搭載されたカロリメータ型検出器によるテラ電子ボルト領域の観測結果は、エネルギー決定の難しさもあって比較的大きなばらつきを持っていました。磁気スペクトロメータによる約1テラ電子ボルト以下での高精度測定と比較して、スペクトル全体の総合的理解が困難な状況であったと言えます。一方で、本研究グループによるCALETの測定結果は、この積年の懸案事項を解決し、首尾一貫した実験的描像を描くことを可能にします。信頼性の高い宇宙線陽子スペクトルは、暗黒物質の間接探索や大気および宇宙ニュートリノ、ガンマ線天文学にも使用される重要な基礎データでもあります。
本研究成果は国際学術雑誌『Physical Review Letters』オンライン版に2022年9月1日(木)に掲載されました。また、本論文は同誌のハイライトとして"Editor's Suggestion"に選ばれています。
※1:CALET(高エネルギー電子・ガンマ線観測装置)
2015年8月に国際宇宙ステーションに搭載され、同年10月より宇宙線観測を開始した宇宙線電子望遠鏡「CALET」は、日本の宇宙線観測としては初めての本格的な宇宙実験で、すでに7年以上安定的な観測を行っています。高エネルギー電子の高精度観測に最適化されたユニークな装置ですが、確実な電荷決定と広いエネルギー測定範囲により、陽子や原子核成分の観測にも強力な性能を有しています。CALETの主となる検出装置は「カロリメータ」と言い、ここに飛び込んでくる宇宙線を捉えて観測することになります。カロリメータは、図2のように3つの層からできています。
図2の第1の層(CHD)では粒子の電荷を測定し、入射粒子の電荷を測定します。第2の層(IMC)では、主に粒子が飛んできた方向を測定します。そしてもっとも厚みのある第3の層(TASC)で、宇宙線が吸収されて生じる「シャワー」の発達の様子からその宇宙線のエネルギーや種類を特定します。この3つの層から得られる情報を統合することで、その宇宙線についてかなり広範囲に理解することが可能と考えています。特に第三の層の厚さや使われている物質と信号の読み出し方法によって、どれだけ高いエネルギーの粒子まで観測することができるかが決まるのですが、CALETはとりわけここがCALET以前の観測装置に比べて高い性能を持っています。
※2:電子ボルト
エネルギーの単位です。1ボルトの電位差を抵抗なしに通過した際に電子が得るエネルギーが1電子ボルトです。ここではその109倍のギガ電子ボルト、1012倍のテラ電子ボルト、1015倍のペタ電子ボルトのエネルギー領域を扱っています。
※3:宇宙線
宇宙空間は、何もないように見えますが、じつはとてもたくさんの粒子が飛んでいます。それらは原子よりもさらに小さい陽子や電子などの粒子で、宇宙空間で手をかざしたら一秒間に100個以上が手にあたるほどたくさん飛んでいます。そのような粒子を宇宙線と言います。宇宙線は約100年前に発見されて以来、常に物理学の最先端テーマでした。宇宙線の研究から、陽電子や中間子の発見など、人類の知識を大きく広げる成果があがっています。宇宙線は、太陽や天の川銀河(地球がある銀河系)など宇宙の様々な場所から飛んできます。特に高いエネルギーをもったものは、私たちが暮らす太陽系の外からはるばるやってきています。
※4:スペクトル
本稿ではすべてエネルギースペクトルの意味で用いています。横軸をエネルギー、縦軸を流束とした図をエネルギースペクトルと言います。宇宙線スペクトルは冪形状となっていて、その冪の値は大体 -2.7程度ですので、高いエネルギーになるにつれ急激に流束が減少します。
※5:スペクトル硬化
冪の絶対値が小さくなる方向のスペクトル変化を表し、エネルギーに対する流束の減少割合が減っていくことを示します。
※6:スペクトル軟化
スペクトル硬化とは逆に、冪の絶対値が大きくなる方向のスペクトル変化を表し、エネルギーに対する流束の減少割合が増えていくことを示します。
※7:これまでのCALETによる宇宙線諸成分(電子、炭素、水素、鉄、ニッケルなど)の観測
「宇宙線の鉄・ニッケル成分の最高エネルギー領域に至るスペクトルを測定」(2022年4月発表)
https://www.waseda.jp/top/news/79755
「宇宙線炭素・酸素のテラ電子ボルト領域に至るスペクトル硬化を検出」(2021年1月発表)
https://www.waseda.jp/top/news/71524
「宇宙線の直接観測により、テラ電子ボルト領域に至る漸次的な陽子スペクトル硬化を高精度に検出」(2019年5月発表)https://www.waseda.jp/top/news/64883
「2年間のデータ蓄積により観測領域を拡張。4.8テラ電子ボルトまでの高精度電子識別に成功」(2018年5月発表)https://www.waseda.jp/top/news/59919
「宇宙からの直接観測で3テラ電子ボルトまでの高精度電子識別に初めて成功」(2017年12月発表)https://www.waseda.jp/top/news/55037
※8:宇宙線加速
高エネルギーの宇宙線がどこからきてどのように加速されたのか(=高いエネルギーを得たのか)についてのもっとも有力な説明は、「超新星爆発」です。超新星爆発とは、質量の大きな星がその一生の最後に起こす爆発で、そのとき甚大なエネルギーが放出されます。そのエネルギーによって加速されて地球まで飛んできた粒子が高エネルギーの宇宙線だと考えられていますが、加速されるメカニズムの詳細については、まだわからない点が多く残されています。
※9: 冪型スペクトル
変数xに対しする分布関数がxα になる分布を、冪の値がαの冪関数型分布と呼びます。変数をエネルギー(E)にとった場合の流束の分布をエネルギースペクトルと言い、宇宙線スペクトルは冪形状となっていて、E-γで表されます。冪の値はマイナスでγの値は2.7程度であるので、高いエネルギ―になるにつれ急激に流束が減少します。
電波や赤外・可視光等の電磁波スペクトルが主に、黒体輻射に代表される熱的放射を観測しているのに対し、冪型スペクトルによって特徴づけられる非熱的放射の背景には必ず宇宙線の加速と伝播が隠されているためです。
本プレスリリースは発表元が入力した原稿をそのまま掲載しております。また、プレスリリースへのお問い合わせは発表元に直接お願いいたします。
このプレスリリースには、報道機関向けの情報があります。
プレス会員登録を行うと、広報担当者の連絡先や、イベント・記者会見の情報など、報道機関だけに公開する情報が閲覧できるようになります。
このプレスリリースを配信した企業・団体
- 名称 早稲田大学
- 所在地 東京都
- 業種 大学
- URL https://www.waseda.jp/top/
過去に配信したプレスリリース
「見たいニュースだけ見る」はアメリカ特有の現象
10/30 11:00
11/21 早稲田オープン・イノベーション・フォーラム2024開催
10/15 11:00
早稲田大学の研究者が学問の魅力を語るPodcast番組 ”博士一歩前” 新シリーズ配信開始
10/10 15:00
光合成微生物の力でサステナブルな細胞培養を実現
10/3 14:00
ヒト常在菌の個別解析、新時代へ
10/3 12:00
第24回 「早稲田ジャーナリズム大賞」ファイナリスト作品選出
9/17 14:00
新規でクリーンなアンモニア分解による水素製造手法を発見
9/12 14:00
がん患者の悪液質の診断基準は有病率や全生存期間に影響する?
9/2 14:00
新たな脱アシル型クロスカップリング反応の開発に成功
7/30 09:00
若い超新星残骸SN1006で「磁場増幅」の証拠を発見
7/24 18:00