沿岸域でのポリヒドロキシ酪酸(PHB)生分解のカギは微生物叢の多様性

生分解性プラスチックの海洋での生分解性評価試験の期間短縮へ一歩前進

産総研

ポイント

・ 沿岸域の海水微生物叢からこれまでに知られていなかったPHB分解菌とPHB分解酵素を多数発見

・ PHBの分解過程が進むごとに分解に関わる微生物の種類が変わることが判明

・ 生分解性評価試験の期間短縮化で、高機能な生分解性プラスチック開発の加速への貢献が期待

 

 

概 要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)生物プロセス研究部門 成廣隆 研究グループ長、黒田恭平 主任研究員、バイオメディカル研究部門 日野彰大 主任研究員、中山敦好 キャリアリサーチャーと、独立行政法人 製品評価技術基盤機構 バイオテクノロジーセンター 三浦隆匡 主査、企画管理部 紙野圭 課長は、沿岸域において海水に含まれる微生物叢の多様性が生分解性プラスチックの一種であるポリヒドロキシ酪酸(PHB)の生分解に重要であることを見いだしました。

 

近年、プラスチックによる海洋汚染が懸念され、微生物によって最終的に二酸化炭素と水に分解される生分解性プラスチックが注目されています。海洋において高効率に分解される生分解性プラスチックを開発するためには、海洋微生物を用いた生分解性評価試験(BOD試験)を行う必要がありますが、海水中に生息する微生物の量は土壌などに比べて少ないことなどから、客観的な評価には1~2年という長い期間を要します。高機能な生分解性プラスチックの開発を推進するためには、生分解に関わる微生物の種類やその代謝機能の詳細を解明し、これら微生物を活性化させる条件を明らかにすることで性能評価期間を短縮することが重要です。

 

今回、日本沿岸の15カ所から海水を採取し、遺伝子情報を取得してPHBの分解に関与する微生物を実験室レベルで評価しました。その結果、これまで知られていなかったものも含めて多数の分解菌と分解酵素がPHBの分解に寄与していること、また、分解過程が進むごとに関わる微生物の種類が変わることが明らかになりました。このことは、PHBの生分解にとって海水に含まれる微生物の多様性が重要であることを示します。さらに、微生物の多様性を補強するための栄養源を添加することなどで、生分解性プラスチックのBOD試験にかかる期間の短縮につながることが期待されます。

 

なお、この技術の詳細は、2025年1月13日に「Journal of Hazardous Materials」にオンライン掲載されました。

 

下線部は【用語解説】参照

 

開発の社会的背景

石油由来のプラスチック製品は高い耐久性を持つものが多く、自然分解されにくい傾向があり、海洋に流出した際、海洋汚染や生態系への悪影響といったさまざまな問題を引き起こします。そこで、微生物の働きによって二酸化炭素と水に分解される生分解性プラスチックが注目されています。用途に応じた高い性能を持ちながら、海洋で効率的に分解される生分解性プラスチックの開発が進むことで、環境汚染が抑えられるとともに、石油由来プラスチックの使用量が減ることで化石燃料の使用量の減少にもつながります。

 

高効率に分解される生分解性プラスチックを開発するためには、微生物を用いたBOD試験をする必要があります。BOD試験の際には、土壌、堆肥、淡水、海水といったさまざまな環境を想定した標準試験法を用いることになりますが、都市生活や産業活動などによってプラスチック廃棄物が流れ込む沿岸域の海水で効率的に分解されるかどうかを調べることは最も重要です。しかし、土壌などに比べて海水中には微生物の量が少ないため、生分解性の評価をする標準試験法では1~2年という長期間を要します。このような長期間にわたる評価試験が、高機能な生分解性プラスチック開発の律速となっており、より短期間で性能評価をする技術開発が求められています。そのためには、沿岸域において生分解に関わる微生物の種類やその代謝機能の詳細を解明し、これら微生物の生分解性を向上させる技術を標準試験法に組み込むことが必要です。

 

研究の経緯

産総研は、内閣府のバイオエコノミー戦略に基づき、素材の開発と高機能化・製造・分解性評価・廃水処理といった一連の研究を組み合わせた「循環型社会を目指した生物資源利用技術」の社会実装を目指しています。循環型社会で石油由来プラスチックの代替として期待されている生分解性プラスチックの研究開発においては、さまざまな生分解性プラスチックが深海底で分解されることの実証や(2024年1月26日 産総研プレス発表)、ポリ乳酸の伸びを改善するとともに海水中での生分解が促進される新素材の開発といった研究を推進してきました(2024年3月26日 産総研プレス発表)。また、NITEは海洋生分解性プラスチックの分解試験法の標準化に対する支援や海洋生分解性プラスチックの分解に関わる微生物の探索に取り組んでいます(2024年5月23日 NITEプレス発表)。今回、産総研及びNITEは、生分解性を短期間で評価できる標準試験法の確立に向け、実験室環境での試験において生分解を担う微生物叢について詳細に解析しました。

 

なお、本研究開発は、NEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)の委託事業「海洋生分解性プラスチックの社会実装に向けた技術開発事業/海洋生分解性に係る評価手法の確立(課題番号:P20008)」による支援を受けています。

 

研究の内容

今回の研究では、生分解性プラスチックの生分解性評価に用いられる標準試験法のBOD試験において、試験期間の短縮を図るために生分解を担う微生物叢を詳細に解析しました。まず、日本沿岸の15カ所から海水を採取し、微生物が作り出す生分解性プラスチックのうち最も研究が進んでいるPHBを添加して、実験室でBOD試験を実施しました。その結果、PHBの生分解率は9.1%から94.4%と海水によって大きなばらつきがあることがわかりました。次に、各海水に含まれる微生物の量を定量PCRにより評価するとともに、16S rRNA遺伝子アンプリコン解析により微生物の種類と存在量比のデータを取得して微生物叢の多様性指数を算出しました。その結果、微生物量が多いほど生分解率が高くなることが確認されました。さらに、このような量的な指標に加え、微生物叢を質的に評価する多様性指数においても数値が高いほど生分解率が高くなる傾向にあることが明らかとなりました(図1)。このことは、後述する進化的に異なる多様な微生物がPHB分解に寄与しているという遺伝子解析の結果を支持しており、海水に含まれる微生物種の多様性が高いほどPHBの生分解にとって有利であることが示唆されました。

 

 

次に、複雑な微生物叢の中でPHBを分解することができる微生物を特定するため、15カ所のうち微生物量と多様性指数値が比較的高い海水を用いてBOD試験を実施し、微生物叢の組成と遺伝子発現の変化を時系列的に解析しました。その後、ショットガンメタゲノム解析によりBOD試験培養物で優占する102種の微生物由来ドラフトゲノムを取得しました。ドラフトゲノムからこれまでに分離培養されたPHB分解菌が有するPHB分解酵素のアミノ酸配列に対して相同性が高い遺伝子を抽出したところ、38種のドラフトゲノムから57個のPHB分解酵素遺伝子が見いだされました。これらの遺伝子の多くは、今まで知られていたPHB分解菌が有しているPHB分解酵素とは分子系統学的に異なっていたため、沿岸域には新しいPHB分解菌が多数生息していることが示唆されました(図2a)。さらに、微生物叢の遺伝子発現パターンをメタトランスクリプトーム解析により調査したところ、BOD試験の時間経過に伴い発現するPHB分解酵素の種類が変化していくことが示されました(図2b)。

 

 

以上の結果から、海水に含まれる微生物叢の多様性がPHBの生分解にとって重要であること、沿岸域にはこれまでに知られていないPHB分解菌が多数存在していることが明らかになりました。今回の発見は、沿岸域の微生物生態系における生分解性素材の分解メカニズムの解明に貢献します。また、実験室において微生物の多様性を補強するために栄養源を添加することで、短期間で実施可能な生分解性評価手法の確立が期待されます。

 

今後の予定

PHB以外の生分解性プラスチックを対象として微生物叢解析を実施し、より良い標準試験法の開発に役立てます。このような取り組みを通じて、国内外で開発される新しい生分解性素材が上市されるまでの期間短縮を実現し、海洋へのプラスチック廃棄物の拡散による環境問題の解決に貢献することを目指します。

 

論文情報

掲載誌:Journal of Hazardous Materials

論文タイトル:Metagenomic and metatranscriptomic analyses reveal uncharted microbial constituents responsible for polyhydroxybutyrate biodegradation in coastal waters

著者:Kyohei Kuroda, Kyosuke Yamamoto, Rino Isshiki, Riho Tokizawa, Chisato Shiiba, Shodai Hino, Naoko Yamano, Erika Usui, Tomoyo Miyakawa, Takamasa Miura, Kei Kamino, Hideyuki Tamaki, Atsuyoshi Nakayama, Takashi Narihiro

DOI:10.1016/j.jhazmat.2025.137202

 

用語解説

微生物叢

さまざまな環境に生息する多種多様な微生物の集合体。「マイクロバイオーム」ともいう。

 

生分解性評価試験(BOD試験)

微生物が有機物を分解する際に必要となる酸素の量を測定し、有機物の生分解率を評価する手法。生化学的酸素要求量(BOD, Biochemical Oxygen Demand)と、試験対象有機物が完全に分解された際に必要な理論酸素要求量(ThOD, Theoretical Oxygen Demand)から、以下の式により算出される。

生分解率(%)=(BOD / ThOD)× 100

 

バイオエコノミー戦略

バイオテクノロジーやバイオマスを活用するバイオエコノミーは、環境・食料・健康などの諸課題の解決、サーキュラーエコノミーと持続可能な経済成長の実現を可能にするものとして期待が高まっている。このような背景の中、日本の強みを活用してバイオエコノミー市場を拡大し、諸課題の解決と持続可能な経済成長の両立につなげていくためバイオエコノミー戦略が策定された。

(内閣府ウェブサイト https://www8.cao.go.jp/cstp/bio/index.html

 

定量PCR

定量したい微生物叢に特異的なDNA プライマーセットを用い、遺伝子断片の増幅量を蛍光強度に基づき測定して定量する手法。今回はすべての原核生物を対象とした定量PCRの結果を示す。

 

16S rRNA遺伝子アンプリコン解析

細菌(バクテリア)などの原核生物のリボソームの小サブユニットに含まれるリボソームRNAをコードする16S rRNA遺伝子を指標とし、微生物叢の組成構造(ある環境にどのような微生物がどれくらいの割合で存在するのか)を解析する手法。高速DNAシークエンサーなどを用いて解析を行うことが主流であり、1サンプルあたり数千〜数十万個の16S rRNA遺伝子塩基配列情報を取得して解析する。

 

多様性指数

16S rRNA遺伝子アンプリコンシークエンス解析から得られる種数に基づき、ある試料を構成する微生物叢の多様性を指数化した値。計算式の違いにより複数の多様性指数が提案されている。今回は、以下の式により算出されるSimpson値の結果を示す。

 

 

ショットガンメタゲノム解析

海水などの環境中の複合微生物から抽出したDNAを断片化し、網羅的に解読することで、複合微生物の生態や機能を解析する手法。

 

ドラフトゲノム

ある生物の全ゲノムの一部分。ゲノム配列には繰り返し配列などの解読が困難な部分が含まれているため、環境中から得られたショットガンメタゲノム情報を利用して完全ゲノムを構築することは難しい。このため、一部の配列情報を使って、微生物群の機能解析に必要な程度までゲノム配列を再構築した上でゲノム解析を行うことが多い。

 

メタトランスクリプトーム解析

海水や培養物に含まれる微生物の全RNAを回収し、網羅的に解読して微生物叢全体が発現している機能遺伝子を解析する手法である。ショットガンメタゲノム解析から見いだされる膨大な機能遺伝子の中から実際に転写されているものを把握することで、注目している代謝機能についてどの微生物が中心的な役割を担うのかがわかる。

 

 

プレスリリースURL

https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2025/pr20250128/pr20250128.html

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  • エリア
    東京都
  • キーワード
    研究開発、生分解性プラスチック、微生物、PHB、ポリヒドロキシ酪酸
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