がん関連タンパク質「AKT」が細胞膜に結合・安定化する新たな仕組みを解明
脂質認識PHドメインとキナーゼドメインの協働を分子シミュレーションと1分子観察で実証
2026年10月13日
慶應義塾大学
岐阜大学
国立がん研究センター
がん関連タンパク質「AKT」が細胞膜に結合・安定化する新たな仕組みを解明 ―脂質認識PHドメインとキナーゼドメインの協働を分子シミュレーションと1分子観察で実証―
慶應義塾大学大学院理工学研究科の中垣友希(研究当時),同大学理工学部の山本詠士准教授,岐阜大学糖鎖生命コア研究所の森俊貴研究員(国立がん研究センター研究所 先端バイオイメージング研究分野 外来研究員),鈴木健一教授(国立がん研究センター研究所 先端バイオイメージング研究分野長 兼任)らの研究グループは,細胞の増殖や生存を制御する重要なシグナル伝達タンパク質AKT(※1)が,細胞膜に結合して安定化される分子メカニズムを明らかにしました。
AKTは,脂質を認識するPHドメインと,酵素活性を担うキナーゼドメイン(KD)を持つ2つの機能部位を持つタンパク質(多ドメインタンパク質)です。従来,AKTが細胞膜へ結合するのは,主にPHドメインが膜脂質PIP₃(※2)を認識することで起こると考えられてきましたが,AKTが膜上でどのような姿勢を取り,KDが膜結合にどう関わっているかは十分に解明されていませんでした。
本研究では,分子動力学シミュレーション(※3)と生細胞1分子蛍光イメージング(※4)を組み合わせた結果,AKTが膜上でいくつかの結合状態を取ること,さらにPHドメインだけでなくKDにもPIP₃と相互作用する正電荷の膜接触面が存在することを見出しました。主要な膜結合状態では,PHドメインが複数のPIP₃を認識すると同時にKDも膜に接触し,AKTの活性化に必要なリン酸化部位が外側に露出した配置を取ることがわかりました。また,細胞内ではPHドメインがAKTを膜へ捕捉する中心的な役割を担う一方,KDは膜への結合を制御し,結合後はAKTが長く膜上に留まる状態を安定化させていることが示されました。
これらの結果は,AKTの膜結合が単一の脂質結合部位だけで決まるのではなく,PHドメインとKDの協働によって制御されることを示しています。AKTはがんをはじめとする多くの疾患に関与する重要な創薬標的であり,本成果はAKTシグナルの時間や空間の制御メカニズムを理解するための新たな分子基盤となることが期待されます。
本研究成果は,2026年9月29日に米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society(JACS)」に掲載されました。
1.本研究のポイント
・全長AKT分子がPIP₃を含む膜上で少なくとも4種類の結合状態を取ることを分子動力学シミュレーションで明らかにしました。
・従来知られていたPHドメインのPIP₃結合に加え,キナーゼドメイン(KD)のR367,R370を含む正の電荷を帯びた領域も膜脂質と相互作用していることを見出しました。
・生細胞1分子イメージングにより,PHドメインがAKTを膜へ引き寄せる役割を主に担う一方で,KDが膜結合を調節し,膜捕捉後は長時間の滞在を安定化させる役割を分担していることを実験的に明らかにしました。
・膜上で利用可能なPIP₃が少ない条件ではKDとPIP₃の接触が減少し,AKTの膜上での向きも変化することから,局所的なPIP₃量がAKTの膜上での結合状態をコントロールしている可能性を示しました。
2.研究背景
細胞は,外部から受け取った信号を内部へ伝えるために,多数のタンパク質からなるシグナル伝達ネットワークを利用しています。その中心的な経路の一つがPI3K/AKTシグナル伝達経路です。AKTは細胞の増殖,代謝,分化,タンパク質合成などを広く制御するセリン/スレオニンキナーゼであり,AKTを含むPI3K/AKTシグナル経路の異常な活性化が,多くのがんや組織過成長疾患の原因として知られています。
AKTの活性化は,細胞膜にPIP₃というリン脂質が産生されることから始まります。まず,AKTのN末端にあるPHドメインがPIP₃を認識してAKTを細胞膜へ引き寄せ,続いてThr308とSer473という特定の部位がそれぞれPDK1とmTORC2によってリン酸化されることでAKTが活性化されます。したがって,AKTがいつ,どのような姿勢で細胞膜に結合し,「どの程度その場にとどまるか」は,シグナル伝達の強さや時間を左右する重要な過程です。
これまでの研究では,AKTのPHドメイン単体とPIP₃との相互作用が詳しく調べられてきました。しかし実際のAKTはPHドメインだけでなく,酵素としての触媒反応を担う大きなKDを持つ多ドメインタンパク質です。そのため,全長AKTが膜上でどのような状態を取るか,PHドメインとKDがどのように協働して膜への結合や滞在をコントロールするかは,分子レベルでは十分に解明されていませんでした。
3.研究内容・成果
本研究では,まず分子動力学シミュレーションを用いて,全長AKTがPIP₃を含む細胞膜上でどのような状態を取るのかを解析しました。その結果,従来PIP₃との結合を担うと考えられてきたPHドメインだけでなく,KDも膜との相互作用に関与している可能性を見出しました。さらに,シミュレーションから予測されたKDの膜結合について,生細胞における1分子観察によって検証しました。
(1)AKTは膜上で複数の結合状態をとり,KDもPIP₃と相互作用する
PIP₃を含む脂質膜と全長AKTの分子シミュレーションを行ったところ,AKTは膜上で主に4種類の結合状態を取ることが分かりました。主要な状態では,PIP₃を認識するPHドメインだけでなく,KDも膜側に配置されていました(図1)。さらに,AKTの各アミノ酸とPIP₃との相互作用を詳しく解析したところ,PHドメインでは従来知られていた結合部位に加え,別の部位にもPIP3が結合していることが判明しました。また,KDに存在する正の電荷を帯びたアミノ酸R367とR370の周辺もPIP₃と繰り返し接触していました。このことから,PHドメインだけでなくKDも膜との相互作用に関与し,全長AKTの膜上での状態を安定化している可能性が示されました。
(2)PIP₃量によってAKTの膜上での状態が変化する
次に,細胞膜中でAKTが利用できるPIP₃量が変化した場合を調べるため,膜中のPIP₃を減らした条件でシミュレーションを行いました。PIP₃が少ない条件では,PIP₃との相互作用は主にPHドメインに集中し,KDとPIP₃との接触は大きく減少しました。それに伴い,PIP₃が多い条件で見られたKDの特徴的な膜上での向きも曖昧になりました。この結果から,PIP₃は単にAKTを膜へ結合させるだけでなく,その量に応じてAKTが膜上でとる状態を変化させる可能性が示されました。
(3)KDはAKTの膜結合と長時間の膜滞在を安定化する
シミュレーションから予測されたKDと膜の相互作用を生細胞で検証するため,AKTの1分子毎の膜上での動きを蛍光顕微鏡によって観察しました。その結果,KDのR367とR370を変異させると,全長AKTの膜への局在が低下しました。また,KD単体でも弱い膜結合が観察されましたが,R367とR370を変異させると,この膜結合はほとんど見られなくなりました。これにより,シミュレーションで予測されたKDの領域が,実際の細胞内でも膜結合に寄与していることが示されました。
さらに,1分子ごとに膜に新たに結合する頻度と滞在時間を解析したところ,PHドメイン単体では全長AKTより膜への結合頻度が高い一方,長時間滞在成分の滞在時間は短くなりました。これらの結果から,KDには細胞質ではPHドメインを介した膜結合を抑制する一方,PHドメインによって膜に捕捉された後は,膜との相互作用によってAKTの膜滞在を安定化させるという,二重の役割を持つことが示されました。
図1:AKTが脂質膜に結合した状態の分子動力学シミュレーション PHドメイン(水色)とKD(橙色)が脂質膜中のPIP₃と相互作用.
4.今後の展開
本研究により,AKTの膜結合は「PHドメインがPIP₃に結合する」という単純な仕組みではなく,PHドメインによるPIP₃認識とKDによる膜接触が協働して安定化されることが示されました。さらに,膜上のPIP₃量によってAKTが選択する結合状態が変化することから,細胞膜の脂質組成やPIP₃の局所的な偏りが,AKTシグナルの強さや持続時間を調節する可能性があります。
AKTの異常活性化は,がんをはじめとする多くの疾患と関連しており,多数の疾患関連変異が報告されています。今回,膜との相互作用に関与することが示されたR370についても,がん関連変異R370Cが知られています。今後,こうした疾患関連変異がAKTの膜上での結合状態や滞在時間にどのような影響を与えるのかを明らかにすることで,がんなどで見られるAKTの異常活性化の働きの解明や,新たな創薬開発につながることが期待されます。
また,本研究で用いた「計算・1分子観察の統合的アプローチ」は,AKT以外のさまざまな多ドメイン型膜結合タンパク質にも応用可能です。脂質を認識するドメインと触媒ドメインが協働して膜上での状態を切り替える仕組みが,細胞内シグナル伝達に共通する原理であるかを明らかにすることが今後の課題です。
<原論文情報>
雑誌名:Journal of the American Chemical Society(JACS)
論文タイトル:Cooperative Membrane Recognition by Lipid-Sensing and Kinase Domains Shapes Membrane-Bound States of AKT
著者:Yuki Nakagaki,Toshiki Mori,Kenichi G. N. Suzuki*,Eiji Yamamoto*(*責任著者)
DOI: https://doi.org/10.1021/jacs.6c13162
<用語説明>
※1 AKT:細胞の増殖,代謝,分化,タンパク質合成などを制御するセリン/スレオニンキナーゼで,PI3K/AKTシグナル伝達経路の中心的なタンパク質。主に,細胞膜中のPIP₃を認識して膜に結合するPHドメインと,酵素活性を担うキナーゼドメイン(KD)などから構成される。
※2 PIP₃:ホスファチジルイノシトール(3,4,5)三リン酸[PI(3,4,5)P₃]。細胞膜に少量存在する情報伝達脂質.細胞の外からの増殖因子刺激などに応答してPI3Kによって産生され,AKTなどのタンパク質を膜へ呼び込む。
※3 分子動力学シミュレーション:粒子の動きをコンピュータ上で再現する手法.古典力学におけるニュートンの運動方程式を数値的に解くことで,時々刻々の粒子の動きを知ることができる。
※4 1分子蛍光イメージング:蛍光標識した分子を1分子ずつ可視化し,生きた細胞の中で分子が細胞膜に結合する頻度や,膜上での移動,滞在時間などを測定する手法。
<研究支援>
本研究は,日本学術振興会(JSPS)科研費(JP22K06171,JP24K01974,JP24K21944),科学技術振興機構(JST)CREST(JPMJCR24B3),日本医療研究開発機構(AMED)(24tk0124003h0002,24ym0126134h0001),国立がん研究センター研究開発費(2023-A-03),武田科学振興財団の支援を受けて実施されました。
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このプレスリリースを配信した企業・団体
- 名称 国立大学法人東海国立大学機構岐阜大学
- 所在地 岐阜県
- 業種 大学
- URL https://www.gifu-u.ac.jp/
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