陸上植物の起源を探る比較ゲノム解析の謎、 「ツノゴケ」の高精度ゲノム解読に成功
陸上植物の起源を探る比較ゲノム解析の謎、 「ツノゴケ」の高精度ゲノム解読に成功
2020年3月16日
立教大学(学校法人立教学院)
立教大学(東京都豊島区、総長:郭洋春)、金沢大学(金沢市、学長:山崎光悦)、及び広島大学(東広島市、学長:越智光夫)は、陸上植物の起源を探る比較ゲノム解析のミッシングピースであるツノゴケのゲノム解読に成功したことを次のとおり発表します。榊原恵子立教大学理学部生命理学科准教授、西山智明金沢大学学際科学実験センター助教、および嶋村正樹広島大学大学院統合生命科学研究科准教授は、アメリカ・ボイス・トンプソン研究所Boyce Thompson InstituteのFay-Wei Li助教(コーネル大学助教兼任)、スイス・チューリヒ・バーゼル植物科学センター Zurich-Basel Plant Science CenterのPeter Szövényi 講師らと共に国際共同研究グループを形成し、ツノゴケ類2種3系統のゲノムを解読し公表しました。ツノゴケ類は、既にゲノムが公表されているセン類、タイ類と維管束植物が分かれる頃に分かれた系統で陸上植物最初期の進化を考える上で鍵になる系統でした。本研究成果を基にした分子系統解析により、ツノゴケ類はセン類+タイ類(セン類とタイ類からなる単系統群)と共にコケ植物として単系統群を形成することが示されました(図1)。また、ゲノム解読により、ツノゴケ類独自の特徴に関する遺伝的基盤の理解が進みます。
本研究成果は科学雑誌『Nature Plants』に掲載(2020年3月14日、日本時間1時00分、英国時間3月13日16時00分)されます(論文タイトル: Anthoceros genomes illuminate the origin of land plants and the unique biology of hornworts)。
1. 発表の背景
陸上植物はリグニン*1化した二次細胞壁肥厚を持つ仮導管や導管から成る維管束を持ち、枝分かれした複雑な胞子体世代を持つ「維管束植物」と、リグニン化した二次細胞壁肥厚をつくらず、胞子体にただ一つの胞子嚢をつくる「コケ植物」とに分けられます。ツノゴケ類はセン類、タイ類と共にコケ植物に含まれます。ツノゴケ類は平たい葉状体制の配偶体を持ち、内部の腔所には窒素固定を行うシアノバクテリアが共生しています。そして、基部に分裂組織を持つツノ状の胞子体を持つという独特の形態を示します(図2A)。また、ツノゴケ類の葉緑体は、緑藻類のように細胞内に1~2個しか存在しないのが普通で、緑藻類の特徴であるピレノイド*2による二酸化炭素濃縮機構を持ちます(図2B)。ツノゴケ類はコケ植物としても例外的な性質を多く持つため、陸上植物の中で最初に分かれたのか、維管束植物に近いのか、あるいはセン類、タイ類と共にコケ植物として単系統群を形成するのかさまざまに議論されてきた一群でした。2008年にセン類のヒメツリガネゴケ、2016年にタイ類のゼニゴケのゲノムが報告され、陸上植物の共通祖先が進化の初期に持っていた遺伝子構成が明らかになってきましたが、ツノゴケに関しては本年まで報告がなく、主要な陸上植物の一群であるツノゴケ類のゲノムについては、2月に中国の研究グループが発表したホウライツノゴケのゲノムと共に本研究成果が最初の報告になります。
2. 今回の研究成果
本研究により、2種3系統(Anthoceros agrestis Bonn系統およびOxford系統,Anthoceros punctatus)のツノゴケのゲノム塩基配列とアノテーション(どこにどういう遺伝子があるかを解析した情報)を公開しました。ゲノム配列はそれぞれ1億1千7百万~1億3千3百万塩基対で、うち、Anthoceros agrestis Bonn 系統についてはHi-C法(染色体の領域間の生体内での物理的な近さを推定する技術)の利用により6本の大きいスキャフォールド(途中分からない領域があっても順番が分かるDNA配列を並べたもの)と小さなスキャフォールドにまとまりました。この本数は染色体を蛍光観察した結果と一致し、染色体スケールで塩基配列を再構成できたことを意味します。一般的な植物のゲノムでは、動原体付近に反復配列が多く集まっていることが知られていますが、今回のツノゴケの染色体スケールのアセンブリーではこのパターンが見られませんでした。この反復配列が動原体付近に多くならないというパターンを示すゲノムは、ヒメツリガネゴケに次いで見つかったものです。シャジクモ藻類(シャジクモおよび接合藻)とセン類ヒメツリガネゴケ、タイ類ゼニゴケを含めたデータセットでオーソログ*3推定を行い、その分子系統解析により、ツノゴケはセン類+タイ類の単系統群と姉妹群となることが強く支持されました。すなわち、近年分子系統解析によって支持が蓄積されつつあったコケ植物は単系統群であるという関係がさらなる支持を得ました。
ツノゴケは他のコケ植物と異なり、胞子体の基部に持続的な分裂組織を持つため、同じく持続的な分裂組織を持つ維管束植物の胞子体との類似性が指摘されていました。そのため、ツノゴケが維管束植物に近縁であるとする説も長い間支持されていました。維管束植物の胞子体の分裂組織の維持に機能する遺伝子の一つにKNOX1遺伝子があります。しかし、今回の研究成果からツノゴケゲノムではKNOX1遺伝子が欠失していることが分かりました。ツノゴケ胞子体の持続的な分裂組織は維管束植物とは違う機構で制御されており、独自に形成されたものであることが分かりました。
セン類、ツノゴケ類と維管束植物では表皮に孔辺細胞という特殊な細胞が対になって分化し、植物体内部に通じる気孔(図2C)が形成されます。今回のゲノム解読により孔辺細胞分化を制御する一連の遺伝子がツノゴケ類でもヒメツリガネゴケ(セン類)、シロイヌナズナ(維管束植物)と共通に存在し保存されていることが明らかになりました。これは遺伝子レベルでの維管束植物とツノゴケの気孔の相同性を示すものです。タイ類には孔辺細胞を持つ気孔が見られないため、タイ類が陸上植物の中で最初に分かれた群であると考えられることもありましたが、タイ類では気孔形成の遺伝子は失われたということになります。
また、ツノゴケ類は窒素を固定すると期待されるシアノバクテリアと共生することが知られています。この共生に関与する遺伝子の候補が、ゲノム配列とRNA-seq(次世代シーケンサーによるcDNAシークエンス解析)によって同定されました。シアノバクテリアの一種Nostoc punctiformeと一緒に培養しているツノゴケと単独培養しているツノゴケの遺伝子発現を比較し、同定された発現量が異なる遺伝子の中には、受容体キナーゼ、転写因子および輸送体がありました。特に注目するのは、SWEET16/17 cladeに属するSWEET糖類輸送体です。これは、共生時に、ツノゴケが糖を分泌してシアノバクテリアに渡し、窒素固定を可能にしているものと考えられます。菌根菌との共生においてもSWEET糖輸送体が使われますが、SWEET1というグループに属する別の遺伝子が使われており、シアノバクテリアとの共生と菌根菌との共生とは独立に進化したと考えられます。
現在の地球の大気は二酸化炭素濃度が低く、植物の光合成にとってはどのように二酸化炭素を集めるかが重要な要素です。緑藻類およびツノゴケ類の一部は葉緑体にピレノイドという構造をつくり、そこで二酸化炭素を濃縮する機構を持っています。緑藻クラミドモナスで炭素濃縮機構に働く遺伝子群の相同遺伝子を今回のツノゴケゲノムで探すとLCIB遺伝子についてのみツノゴケ類に相同遺伝子があり、他の陸上植物では当該遺伝子が見つからないことが分かりました。研究グループではこの遺伝子がツノゴケ類のピレノイドにおける二酸化炭素濃縮機構に関わっているのではないかと考えています。本研究により公開されたツノゴケのゲノム情報はさらなる陸上植物の比較研究やツノゴケの進化遺伝学的研究の基盤となると期待されます。
本論文を執筆するに当たって、西山智明と榊原恵子は研究計画を立案し、ゲノムシークエンス、論文執筆を担当し、嶋村正樹はツノゴケの染色体数を決定しました。加えて、榊原恵子は転写因子の解析、西山智明はゲノムアノテーション、気孔発生関連遺伝子の解析を担当しました。
【用語解説】
*1) リグニン
維管束植物の維管束の仮導管や導管、二次細胞壁に含まれる高分子フェノール化合物。
*2) ピレノイド
藻類の葉緑体に含まれる構造で、二酸化炭素固定を触媒するルビスコの結晶である。多くはデンプンなどの貯蔵物質で囲まれている。
*3) オーソログ
異なる生物が持つ、共通祖先では同一の遺伝子であった遺伝子のこと。
3. 発表論文
・雑誌名: 『Nature Plants』
・論文タイトル: 「Anthoceros genomes illuminate the origin of land plants and the unique biology of hornworts」
・著 者: Li, F.-W., Nishiyama, T., Waller, M., Frangedakis, E., Keller, J., Li, Z., Fernandez-Pozo, N., Barker, M. S., Bennett, T., Blázquez, M. A., Cheng, S., Cuming, A. C., de Vries, J., de Vries, S., Delaux, P.-M., Diop, I. S., Harrison, J., Hauser, D., Hernández-García, J., Kirbis, A., Meeks, J. C., Monte, I., Mutte, S. K., Neubauer, A., Quandt, D., Robison, T., Shimamura, M., Rensing, S. A., Villarreal, J. C., Weijers, D., Wicke, S., Wong, G. K.-S., Sakakibara, K., Szövényi, P.
4. その他
・本研究の成果は、日本学術振興会科学研究費助成事業基盤研究(B)「シャジクモ藻綱全目ゲノム解読にもとづく陸上植物への進化解明」(研究代表者: 西山智明、課題番号: 15H04413)、挑戦的萌芽研究「陸上植物の胞子体進化解明に向けてのツノゴケ実験系の確立」(研究代表者: 榊原恵子、課題番号: 26650143)、基盤研究(C)「植物の世代交代制御因子の進化機構の解明」(研究代表者: 榊原恵子、課題番号: 18K06367)、新学術 領域研究「植物発生ロジックの多元的開拓」(研究代表者: 塚谷 裕一、課題番号: 25113001)、および新学術領域研究「細胞壁が制御する幹細胞の運命決定機構の解明」(研究代表者: 榊原恵子、課題番号: 18H04843)、基礎生物学研究所共同利用研究(研究代表者: 西山智明、課題番号: 13-710)、そのほか各国の研究費により助成・支援を受けたものです。
・本リリース内容の報道解禁は、論文がオンラインで公開される日本時間3月14日(土)1時00分(英国時間3月13日(金)16時00分)となります。
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このプレスリリースを配信した企業・団体
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- 業種 大学
- URL http://www.rikkyo.ac.jp/
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