胆管内乳頭状腫瘍の発生・維持・癌化のメカニズムの一端を発見

ーFGF10-ERKシグナルの活性化を阻害することで、胆管内乳頭状腫瘍が抑制されるー

岐阜大学

令和3年2月24日

国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学

 

胆管内乳頭状腫瘍の発生・維持・癌化のメカニズムの一端を発見 ーFGF10-ERKシグナルの活性化を阻害することで、胆管内乳頭状腫瘍が抑制されるー

 


 病理組織形態から分類・診断されるヒト胆管内乳頭状腫瘍(Intraductal papillary neoplasm of the bile duct, IPNB)は胆管癌の前癌病変(注1)とされていますが、未だその病態は不明な点が多くあります。その原因の1つは、この病態を忠実に再現する動物モデルがないことです。そこで、岐阜大学大学院医学系研究科腫瘍病理学分野の富田弘之准教授、同 腫瘍外科学分野の田中香織医師(現 大垣徳洲会病院外科医師)らのグループは、肺や膵の腺管の伸長や分岐に関与しているFibroblast growth factor (注2) 10 (FGF10)-ERK(注3)シグナル経路に着目し、胆管内乳頭状腫瘍のマウスモデルを作製することに成功しました。さらに、そのモデルを詳細に解析することで、胆管内乳頭状腫瘍の発生・維持・癌化のメカニズムの一端を明らかとし、治療応用への可能性を示しました。本研究成果は、現地(米国)時間 2021年2月23日(火)午前11時(日本時間 2月24日(水)午前1時)に米国の科学誌「Cell Reports」(オンライン版)で発表されました。

 

【発表のポイント】

・FGF10の過剰発現させた遺伝子改変マウスにできた腫瘍は、ヒトの胆管内乳頭状腫瘍(IPNB)病変を病理組織学的に模倣することを示した(図1)。

・このFGF10誘導性IPNBは、遺伝子異常の蓄積で多段階発癌(注4) を示し、癌化するものがあることを示した。

・このFGF10誘導性IPNBは、胆管上皮や胆道周囲腺に由来することを示した。

・ヒトのIPNB症例にも、FGF10-ERKシグナル活性化を示すものが多数みられた。

・乳頭状の形態維持には、FGF10-FGFレセプター2(FGFR2) -ERKシグナルの維持が必要で、このシグナルの抑制は、IPNBの抑制に寄与し、臨床治療への応用の可能性が示唆された。

1.胆管内乳頭状腫瘍(IPNB)の分類の変遷と本研究でのマウスモデルの概略図

 

【研究の背景】

 胆管内乳頭状腫瘍(IPNB)は、胆管癌に進行する前癌病変と考えられています。2000年代初頭、IPNBは、粘液の産生の有無にかかわらず乳頭上皮病変や拡張した嚢胞性病変を特徴とする特異な胆道腫瘍として提案されました。WHO(世界保健機関)による消化器腫瘍の分類では、ヒトIPNBは前癌病変とされ、その後もIPNBの臨床的な特徴に基づいて、いろいろな分類が提唱されましたが、その病態や機序は未だ明らかでありません。日本では、印刷工場で使用される化学物質に関連した胆管癌の集団発生がおき、この癌はIPNBの病理組織形態が多くみられたため、IPNBの発生やその病態の解明が急がれていました。

 

【研究の概要】

・FGF10-ERKシグナル経路の活性化は、肺や膵の腺管の伸長や分岐に関与しています。そこで、ドキシサイクリン投与で分泌蛋白FGF10過剰発現を誘導できるマウスを作製しました。その経過をみていくと、FGF10-ERKシグナル活性化でヒトIPNを模倣した乳頭状、嚢胞状に増殖する腫瘍性病変が発生しました (図2)。

・ 先行研究で我々が作製したサイトケラチン19(krt19)-iCre (注5)トランスジェニックマウス (Kanayama T, Tomita H, et al. PLos One 2019)などを用いて、FGF10のパラクライン (注6) 及びオートクライン (注6) 作用によりIPNBが発生し、胆道幹/前駆細胞を含む胆道上皮細胞や胆道周囲固有腺に由来することを示しました。

・Kras G12D、p53、p16遺伝子の欠損や変異により、FGF10誘導性IPNBは多段階発癌を示しました。

・FGF10誘導性IPNBの発生・進展はFGF10-FGFR2-RAS-ERKシグナル伝達経路の阻害により抑制されました。

・ヒトのIPNB症例でも、FGF10、ERKの活性化がみられました。つまり、このシグナルは、IPNBの治療標的であることが示唆されました。

 

 まとめると、本研究は、FGF10-FGFR2-RAS-ERKシグナルがIPNBおよびそれに関連する癌に対する新規な治療標的であることを示すエビデンスを提供するものとなります。

 

図2.FGF10誘導性IPNBの組織像とその発生のメカニズム

 

【今後の展開】

 FGFR阻害薬は胆管癌の治療薬として、臨床試験で高い奏功率を示し、胃癌への適応も検討され、このFGF-FGFR経路の抑制は他の癌の治療にも期待される。病理学的には、肝内胆管と肝外胆管は、組織発生の段階でその由来は違うため、やはり違う性質を有していることを念頭にさらに胆管腫瘍のメカニズムを検索していきたい。

 また、本研究成果は、形態を理解できる病理医にこそ出来るものであり、さらに病理組織形態の重要性を発信していきたい。

 

【用語解説】

(注1) 前癌病変:一般的に癌発生の危険性が有意に高い限局性病変のことを指す。

(注2) Fibroblast growth factor (FGF):胎生期の中胚葉形成や器管形成に重要な役割を果し、生後の創傷治癒・組織再生をはじめとした種々の病態生理学的現象に深く関与する増殖因子。

(注3)ERK:EGFや血清刺激、酸化ストレスなどによって活性化されるMAPKのサブファミリー。ERK経路は、典型的に増殖シグナル伝達に関与する増殖因子によって誘導される。

(注4)多段階発癌:細胞内で複数の遺伝子異常が蓄積するにしたがい,癌化ならびに悪性度が増していくとする説。

(注5)iCre (improved Cre):DNA組換え酵素で、34塩基対のloxP配列のペアを認識して、部位特異的な組換えを起こすことができる。iCreは、従来のCre蛋白より改良され、発現の安定したCre蛋白発現を示す。

(注6)パラクライン, オートクライン作用:パラクライン作用は、直接拡散などにより近隣の細胞に作用すること。オートクライン作用は、分泌された物質が分泌した細胞そのものに作用すること。

 

【論文情報】

雑誌名:Cell Reports

タイトル: Inhibition of FGF10-ERK signal activation suppresses intraductal papillary neoplasm of the bile duct and its associated carcinomas

著者:Hiroyuki Tomita#, *, Kaori Tanaka#, Akihiro Hirata, Hideshi Okada, Hisashi Imai, Yohei Shirakami, Kotaro Ohnishi, Shigeyuki Sugie, Hitomi Aoki, Yuichiro Hatano, Kei Noguchi, Tomohiro Kanayama, Ayumi Niwa, Natsuko Suzui, Tatsuhiko Miyazaki, Takuji Tanaka, Haruhiko Akiyama, Masahito Shimizu, Kazuhiro Yoshida, and Akira Hara

(# These authors equally contributed to this work, * Corresponding author)

DOI番号:10.1016/j.celrep.2021.108772

論文公開URL:https://doi.org/10.1016/j.celrep.2021.108772

 

【研究支援】

本研究は、科学研究費助成事業(JP 12891150)、武田科学振興財団からの支援を受けて行われました。

 

【研究者プロフィール】

富田 弘之(とみた ひろゆき)

岐阜大学大学院医学系研究科 腫瘍病理学分野

<略歴>

1998年 医師免許 取得

2008年 岐阜大学大学院医学系研究科 修了 (医学博士)

2014年 日本病理学会 病理専門医 取得

 

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