犬血管肉腫のマウス腹腔内播種モデルにおける合成マイクロRNA-214の腫瘍抑制効果
令和4年1月13日
国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学
犬血管肉腫のマウス腹腔内播種モデルにおける合成マイクロRNA-214の腫瘍抑制効果
岐阜大学応用生物科学部 森 崇 教授,上野 義仁 教授,同附属動物病院 吉川 竜太郎 臨床助教らの研究グループは,犬血管肉腫 (HSA) のマウス腹腔内播種モデルにおいて,miR-214/5AE(注1)の腹腔内投与が治療効果を持つことを認めました。人でも同様の血管肉腫が発生しますが,希少疾患であることから研究が進んでおらず,今回の結果は人への応用も期待されます。
本研究成果は,2022年1月6日(木)にVeterinary Research Communications誌のオンライン版で発表されました。
【発表のポイント】
・犬の血管肉腫 (HSA) は現在有効な治療法が存在せず,極めて予後が悪い。また,人でも同様の血管肉腫が発生するが,希少疾患であることから研究が進んでおらず,今回の結果は人への応用も期待される。
・抗腫瘍効果を示すmicroRNAの生体への投与は,細胞内への導入とヌクレアーゼによる分解が問題となっていた。
・それらの問題を改善した合成型miR-214であるmiR-214/5AEは,HSAのマウス腹腔内播種モデルにおいて,腫瘍細胞に対してアポトーシスおよび増殖抑制を誘導することを実証した。
・また,miR-214/5AEの投与により,有害事象が発生しないことも明らかにした。
【研究背景】
抗体医薬に次ぐ新たな創薬モダリティとして核酸医薬が注目されています。核酸医薬はオリゴヌクレオチドを基本骨格とする医薬品であり,メッセンジャーRNA(mRNA)やDNAなどの遺伝子に直接作用することで薬効を発現します。核酸医薬はその作用機序により様々な種類に分類されますが,その一つにマイクロRNA(miRNA)があります。miRNAは20~24塩基対から成る二本鎖RNAであり,生体内で生成されmRNAに作用することでタンパク質の生成を調節します。近年,miRNAの発現異常が細胞のがん化に関与していることが明らかになってきています。その生成の増加ががん化の原因となるmiRNAをoncomiR,生成の低下ががん化の原因となるmiRNAをantagomiRと呼んでいます。また,がん化した細胞にmiRNA(antagomiR)を加えることによりアポトーシスと呼ばれる細胞死を誘導し,がん細胞を死滅させることが可能であるとこが明らかとなっています。このことから今日,miRNA自身を抗がん剤として開発する試みが欧米の製薬企業,バイオベンチャー企業を中心に進んでいます。
しかし,天然のRNAはリン酸基のもつマイナスチャージのため、同じく表面がマイナスチャージの細胞中へ入りにくいという物理的な問題に加えて,生体内に存在する核酸分解酵素(ヌクレアーゼ)により容易に分解されてしまうため,医薬品として開発するためにはこれらの問題を解決する必要があります。これらの問題を解決するために我々はこれまでに,RNAの構成成分であるヌクレオシドに化学的に修飾を加えて構造を改変した人工ヌクレオシド(4'-アミノエチル修飾ヌクレオシド)(図1)を開発してきました。また,この人工ヌクレオシドを導入したmiRNA(図2)がヌクレアーゼに対して抵抗性を示し,血清中で安定に存在すること,標的遺伝子の発現を効果的に抑制することを明らかにしてきました。
図1 4'-アミノエチル修飾ヌクレオシド(左)
図2 miR-214/5AEの構造(右)
一方,犬の血管肉腫(HSA)は極めて予後不良であり,新たな全身治療法の開発が求められています。我々はmicroRNAを用いたHSAに対する新規治療法を開発するため,microRNA-214(miR-214)がHSA細胞株においてアポトーシスを誘導することを発見いたしました。しかし,前述のようにそのままでは細胞への取り込みに問題があり、また生体内のヌクレアーゼによって分解されてしまうため、生体内への投与が不可能でした。そこで,成熟型miR-214よりも高い細胞毒性とヌクレアーゼ耐性を示す合成型miR-214(miR-214/5AE)を開発いたしました。
【研究成果】
本研究では,miR-214/5AEは,マウス腹腔内播種モデルに対して安全に生体内投与が可能であり,腫瘍細胞のアポトーシスおよび増殖抑制を誘導することを実証しました(図3)。今回は腹腔内投与を行いましたが,この投与方法ではmiR-214/5AEを腫瘍細胞に直接曝すことができるため,より効率的に腫瘍に導入できる可能性があります。
miR-214/5AE投与後の,creaved caspase-3,p53,COP1,Ki-67の発現を解析したところ,コントロール群と比較してp53とcreaved caspase-3の発現量が高い傾向にあり(図4),またKi-67陽性細胞の割合が有意に低いことが確認されました(図5)。p53 経路の活性化が抗腫瘍作用に関わっていると考えられますが,その詳細なメカニズムはまだ解明されておらず,さらなる研究の必要があります。
miR-214/5AE投与による有害事象は,体重と血液検査で評価しましたが,コントロール群との間に差は見られませんでした。今後,より長期の評価が必要ですが,本研究のプロトコールに従ったmiR-214/5AEの腹腔内投与は,重大な副作用がなく,忍容性が高い可能性が示唆されました。
これらの結果は,HSA自然発症例や人血管肉腫に対するmiR-214/5AEを用いた新たな治療法開発の基礎となる可能性があると考えられます。
図3 A:腹腔内腫瘍の数 B:腹腔内腫瘍の重さ
Ns miR:非特異的microRNA(コントロール群)
5AE:miR-214/5AE投与群
図4 A:p53, Cleaved caspase-3, COP1のウエスタンブロット結果 B:バンドを定量した結果
Ns miR:非特異的microRNA(コントロール群)
5AE:miR-214/5AE投与群
図5
図5 A:ki-67陽性細胞数の結果
Ns miR:非特異的microRNA(コントロール群)
5AE:miR-214/5AE投与群
【今後の展開】
今回開発したmiR-214/5AEについては,現在有効な治療法の存在しない犬および人の血管肉腫に対する有効な治療法となり得る可能性が示されたことから,今後自然発生症例や異なる投与経路の検討を進めていく予定です。また,今回の化学修飾法(注2)については、他のRNA創薬にも応用可能な技術であることから,その可能性は極めて広範囲に渡るものです。
株式会社GF・Milleは,岐阜大学で生まれた核酸化学,糖鎖化学の技術やノウハウ,特許を活かした創薬開発を進めるベンチャー企業です。生物の遺伝情報は,ゲノムDNAの中に保存されています。その情報はメッセンジャーRNAに託され,そこから数万種類ものタンパク質が合成されます。これらのDNAやRNAは,従来「核酸」と呼ばれ,遺伝情報の運び屋として研究されてきました。しかし近年は,この核酸自身が,新しいタイプの医薬品として活用されるようになり,低分子医薬や抗体医薬に続く「次世代型医薬品」として注目を集めています。株式会社GF・Milleでは,医薬品として優れた配列のRNAを選抜し,化学修飾を加えて合成することで,副作用の少ないRNA医薬の完成を目指して挑戦を続けています。
また岐阜大学応用生物科学部附属動物病院では,多数の腫瘍性疾患の動物の治療を行なっていることから,これらの症例を利用して,新規オリゴRNA医薬品候補化合物の有効性を犬および猫における自然発症腫瘍にて確認することが可能です。犬や猫の自然発症腫瘍は,モデル動物にはない多様性が存在すること,人の自然発生腫瘍と生物学的動態が類似したものが多い等の特徴があることから,マウスと人の間を埋める存在として認識されつつあります。また,抗寄生虫薬のイベルメクチンやc-kitおよびPDGFRを標的とする分子標的薬であるmasitinibのように,先に動物薬として製剤化して,その安全性や効果を確認することで,巨額な開発費用が必要とされる人での製剤化のリスクを軽減することができます。
今後,我々のこれらのメリットを生かして,RNA創薬による社会への貢献を進めていきたいと思っています。
【論文情報】
雑誌名:Veterinary Research Communications
タイトル:Intraperitoneal administration of synthetic microRNA-214 elicits tumor suppression in an intraperitoneal dissemination mouse model of canine hemangiosarcoma
著者:Ryutaro Yoshikawa, Atsushi Maeda, Yoshihito Ueno, Hiroki Sakai, Shintaro Kimura, Tomohiro Sawadaishi, Satoru Kohgo, Kohei Yamada, Takashi Mori
DOI番号:https://doi.org/10.1007/s11259-021-09869-1
論文公開URL:https://link.springer.com/article/10.1007/s11259-021-09869-1
【用語解説】
1)miR-214/5AE:マイクロRNA(miRNA)は20~24塩基対から成る二本鎖RNAであり,生体内で生成されmRNAに作用することでタンパク質の生成を調節します。近年,miRNAの発現異常が細胞のがん化に関与していることが明らかになってきています。その生成の増加ががん化の原因となるmiRNAをoncomiR,生成の低下ががん化の原因となるmiRNAをantagomiRと呼んでいます。miR-214/5AEは,我々が開発した修飾ヌクレオシドを5分子含む化学修飾miRNAです。
2)化学修飾法:RNAは生体内に存在する核酸分解酵素(ヌクレアーゼ)により容易に分解されてしまうため,医薬品として開発するためにはヌクレアーゼに対して抵抗性を持たせる必要があります。本研究では,miRNA の生物活性を損なわせることなく,miRNA のヌクレアーゼ抵抗性を向上させるために,RNAの成分であるヌクレオシドの糖部に化学的にアミノエチル基を導入した新規修飾ヌクレオシド,4'-アミノエチル-2'-フルオロヌクレオシドを開発しました。
【研究者プロフィール】
森 崇(もり たかし)
岐阜大学応用生物科学部 教授
<略歴>
1998年3月 北海道大学大学院獣医学研究科博士課程 修了
2005年2月 岐阜大学応用生物科学部 講師
2007年5月 岐阜大学応用生物科学部 准教授
2016年4月 岐阜大学応用生物科学部 教授
吉 川 竜太郎(よしかわ りゅうたろう)
岐阜大学応用生物科学部附属動物病院腫瘍科 臨床助教
<略歴>
2021年3月 岐阜大学大学院連合獣医学研究科博士課程 修了
2021 年4月 岐阜大学応用生物科学部附属動物病院腫瘍科 臨床助教
上 野 義仁(うえの よしひと)
岐阜大学応用生物科学部 教授
<略歴>
1987年3月 東京理科大学理学部卒業
1992年3月 東京工業大学大学院総合理工学研究科博士課程修了
1992年4月 科学技術庁基礎科学特別研究員
1993年6月 北海道大学薬学部助手
2001年4月 岐阜大学工学部助教授
2011年4月 岐阜大学応用生物科学部准教授
2013年4月 岐阜大学応用生物科学部教授
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このプレスリリースを配信した企業・団体
- 名称 国立大学法人東海国立大学機構岐阜大学
- 所在地 岐阜県
- 業種 大学
- URL https://www.gifu-u.ac.jp/
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