原因不明の小脳性運動失調症のなかにSez6l2抗体陽性自己免疫性小脳失調症が稀ならず存在することを発見
~原因不明の小脳性運動失調症の診断と治療への貢献に期待~
2023年6月7日
国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学
原因不明の小脳性運動失調症のなかにSez6l2抗体陽性 自己免疫性小脳失調症が稀ならず存在することを発見 ~原因不明の小脳性運動失調症の診断と治療への貢献に期待~
ポイント
・Sez6l2抗体は研究グループが原因不明の小脳性運動失調症例から世界で初めて発見した抗体。
・Sez6l2抗体陽性自己免疫性小脳失調症が日本でも稀ならず存在することを確認。
・Sez6l2抗体の測定が、自己免疫性小脳失調症の鑑別診断と治療法選択に役立つ可能性。
概要
北海道大学大学院医学研究院の矢口裕章准教授、矢部一郎教授らの研究グループは、岐阜大学の木村暁夫准教授と下畑享良教授、聖マリアンナ医科大学の伊佐早健司講師と山野嘉久教授、京都府立医科大学大学院医学研究科の笠井高士准教授、新潟大学の田中惠子非常勤講師、横浜市立大学の高橋秀尚教授、北海道大学医学研究院の畠山鎮次教授、渡部 昌講師、近藤 豪助教との共同研究において、2014年に矢口准教授と矢部教授が世界で初めて発見した自己免疫性小脳失調症*¹に関連する自己抗体の一つであるSez6l2抗体*²の陽性例が、原因不明の小脳性運動失調症*³患者群のなかに複数例存在することを発見しました。同抗体はIgG*⁴サブクラス*⁵1*⁶のみではなく、IgGサブクラス4*⁷も保持していました。さらに、Sez6l2抗体は疾患コントロール群である神経変性疾患には見出されませんでした。 小脳性運動失調症は全国で約4万人存在するとされ、そのうち約3万人は神経変性疾患や遺伝性疾患が原因と考えられており、残りの約1万人は原因不明とされています。この原因不明の小脳性運動失調症患者の一部に、自己免疫機序に起因する小脳性運動失調症(自己免疫性小脳失調症)が存在することが近年報告されており、免疫療法により改善する可能性があるため、適切な診断法の開発が切望されています。また現在までに診断に役立ちかつ病原性の説明が可能な抗体が複数報告され、疾患概念が確立しつつあります。今回検討したSez6l2抗体はそのような抗体の一つで、2022年に欧州の脳神経内科医らが提案した診断基準案ではSez6l2抗体測定が推奨されています。 今回、本研究においてSez6l2抗体測定法を確立し、原因不明の小脳性運動失調症162例においてSez6l2抗体を測定した結果、新たに2例の陽性例を確認しました。本研究により、本邦においてもSez6l2抗体による神経疾患が稀ならず存在することが明らかになりました。亜急性の小脳性運動失調を呈するなどの自己免疫性小脳失調症が疑われる症例においては、積極的にSez6l2抗体を測定することが推奨され、より早期から治療介入が可能になることが期待されます。 なお、本研究成果は、2023年6月1日(木)公開のJNNP誌にオンライン掲載されました。 |
【背景】
小脳性運動失調症は小脳の障害により、ふらつき・めまい・しゃべりにくさ・歩きにくさなどの運動失調症状を呈する疾患群の総称です。この小脳性運動失調症の患者数は日本全国で約4万人とされ、そのうち神経変性疾患や遺伝性疾患を原因とする患者が約3万人と言われていますが、残りの約1万人は原因が不明とされています。
近年、この原因不明の小脳性運動失調症の一部は、自己免疫性機序により発症する自己免疫性小脳失調症であることが報告されています。この自己免疫性小脳失調症は『治療可能な』小脳性運動失調症として注目されており、海外から診断マーカーもしくは病原性の説明が可能な抗体として、複数の抗体が報告されるに伴い、その疾患概念が確立しつつある疾患群(図1)です。今回検討したSez6l2抗体はその中の一つであり、2014年に矢口准教授、矢部教授が本邦における症例の血液から、世界で初めて発見・報告して以来、世界の複数の国々から追加報告がなされてきた経緯があります。特に欧州では精力的に測定がなされ、原因不明の自己免疫性小脳失調症の約4%に同抗体が検出されたことが報告されています。その結果のもと、2022年に欧州の脳神経内科医らが提案した自己免疫性小脳性失調症の診断基準案では、Sez6l2抗体の測定が推奨されるところにまで至っています。さらに、2018年に矢口准教授と矢部教授はSez6l2抗体が、タンパク質間の直接結合を阻害することによって病原性を生じる可能性も報告しています。今回、研究グループは多施設共同研究を行い、原因不明の小脳性運動失調症患者多数例を対象に、Sez6l2抗体陽性自己免疫性小脳失調症がどの程度存在するかを検討しました。
【研究手法】
本研究では、自己免疫性小脳失調症の原因となる抗体であるmGluR1*⁸抗体が陰性で亜急性に進行する小脳性運動失調症例162例、及び神経疾患コントロールとして78例の神経変性疾患例を対象としました。また、Sez6l2抗体の陽性判定はSez6l2タンパク質をHEK293T細胞株に過剰発現させ、cell based assay法*⁹と免疫ブロット法*¹⁰で判定を行いました。またcell based assay法では、IgGサブクラスを検討するために、IgG1とIgG4でも免疫染色を行いました。さらに、ラットの小脳切片を用いて組織染色も行いました(図2)。なお本研究は、北海道大学病院自主臨床研究審査委員会で審査され、承認を受け実施しています(019-0262)。
【研究成果】
判定の結果、新たに2例のSez6l2抗体陽性例を確認しました。また、そのIgGサブクラスはIgG1に加えIgG4が関与していることを示しました。また、原因不明の小脳性運動失調症の場合、本邦における代表的小脳性運動失調症である多系統萎縮症*¹¹(multiple system atrophy:MSA)の初期段階にある可能性がありますが、長期にわたる臨床経過を解析することで、Sez6l2抗体陽性例はMSAとはその臨床経過と脳MRI*¹²所見が異なることも示しました。またSez6l2抗体陽性例においては、小脳性運動失調の他に精神症状や認知機能低下を認める例も存在することを示しました。
【今後への期待】
本研究によって、Sez6l2抗体陽性自己免疫性小脳失調症が本邦でも稀ならず存在することが示されました。今後、亜急性の小脳性運動失調を呈するなどの自己免疫性小脳失調症が疑われる症例では、積極的なSez6l2抗体の測定によって、より早期から治療介入が可能になることが期待されます。
また、Sez6l2抗体陽性例の臨床経過はMSAと異なることも分かりました。このことから、Sez6l2抗体陽性自己免疫性小脳失調症は独立した疾患群である可能性が考えられます。今回の報告を契機として、Sez6l2抗体のみならず、他の自己抗体によるものも含めた自己免疫性小脳失調症全体が注目されることが期待されますが、Sez6l2抗体陽性例では、認知機能低下やパーキンソン症状を呈することも報告されているため、今後、原因不明の認知症やパーキンソン症候群での検討も必要であろうと考えます(図3)。
【謝辞】
本研究はJSPS科学研究費助成事業(20K16481)、厚生労働科学研究費(20FC1041)からの支援を受けて実施しました。
論文情報
論文名 Sez6l2 autoimmunity in a large cohort study(本邦におけるSez6l2抗体陽性自己免疫性小脳失調症のコホート研究) 著者名 阿部 恵1、矢口裕章1*、工藤彰彦1、長井 梓1、白井慎一1、岩田育子1、松島理明1、中村直子2、伊佐早健司3、山野嘉久3、芦田真士4、笠井高士4、田中惠子5、渡部 昌6、近藤 豪6、高橋秀尚7、畠山鎮次6、竹腰 顕8、木村暁夫8、下畑享良8、矢部一郎1*(1北海道大学大学院医学研究院神経病態学分野神経内科学教室、2三重大学病院神経内科、3聖マリアンナ医科大学脳神経内科、4京都府立医科大学大学院医学研究科脳神経内科学、5新潟大学、6北海道大学大学院医学研究院生化学分野医化学教室、7横浜市立大学分子生物学教室、8岐阜大学脳神経内科)(*責任著者) 雑誌名 Journal of Neurology, Neurosurgery and Psychiatry (臨床神経学の専門誌) 公表日 2023年6月1日(木)(オンライン公開) |
【参考図】
図1. 小脳性運動失調症と自己免疫性小脳失調症の概念図。
図2. cell based assay法によるSez6l2抗体陽性例の同定と組織染色。
FLAGタグ付きSez6l2タンパク質をHEK293T細胞株に過剰発現させて、血清とFLAG抗体を一次抗体とし、二次抗体に蛍光色素抗体を用いた。Sez6l2タンパク質が発現している細胞を血清が認識して染色が一致するものを陽性と判定した。
組織染色においてもSez6l2抗体陽性と判定された患者血清はラットの小脳組織を認識することが示された。
図3. Sez6l2抗体陽性の神経疾患が引き起こしうる症状の概略。
【用語解説】
*1 自己免疫性小脳失調症 … 免疫学的機序により小脳性運動失調症を呈する疾患群の総称のこと。
*2 Sez6l2抗体 … seizure-related 6 homolog like 2(Sez6l2)タンパク質に対する自己抗体であり、抗神経抗体の一種。
*3 小脳性運動失調症 … 小脳の障害により、ふらつき・めまい・喋りにくさ・歩きにくさなどの運動失調症状を呈する疾患群の総称のこと。
*4 IgG … 免疫グロブリンの一種のこと。
*5 IgGサブクラス … ヒト、マウスには4つのIgGサブクラスがある。
*6 IgGサブクラス1 … 主要なIgGの65%程度を示し、補体系に関与するとされる。
*7 IgGサブクラス4 … 主要なIgGの中で少数であり、補体系への関与が乏しいことが報告されている。
*8 mGluR1 … 代謝型グルタミン酸受容体1型 のこと。
*9 cell based assay法 … 不死化細胞株にプラスミドを用いてタンパク質を過剰発現させ、抗体の陽性と陰性を判定する検査方法のこと。
*10 免疫ブロット法 … タンパク質を電気泳動し、専用の膜に転写し、特異的な抗体を反応させることで免疫学的手法を用いて抗原を検出する方法のこと。
*11 多系統萎縮症(multiple system atrophy:MSA) … αシヌクレインというタンパク質がオリゴデンドログリアに蓄積し、進行性の小脳性運動失調やパーキンソニズム、自律神経症状を呈する疾患群。小脳性運動失調症の代表的な神経変性疾患である。
*12 MRI … 磁気共鳴画像(Magnetic Resonance Imaging)のこと。
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このプレスリリースを配信した企業・団体
- 名称 国立大学法人東海国立大学機構岐阜大学
- 所在地 岐阜県
- 業種 大学
- URL https://www.gifu-u.ac.jp/
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