早期膀胱がんの悪性進展を抑える新しい核酸医薬を開発
2023年7月3日
国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学
早期膀胱がんの悪性進展を抑える 新しい核酸医薬を開発
【本研究のポイント】
・膀胱がんの多くは早期に発見され内視鏡切除されるが、再発し悪性進展しやすいことが問題である。
・研究チームは、悪性に進展しやすい早期膀胱がんの性質を反映した動物モデルを確立し詳細に検証したところ、マイクロRNA-145(miR-145) 1)という小分子RNAの低下が早期膀胱がんの発生・進展のトリガーになっていることを明らかにした。
・miR-145の二本鎖化学構造を改変して抗がん活性を向上させた核酸医薬(miR-145-S1)を開発し早期膀胱がんモデルに投与したところ、病変の悪性進展が抑えられることを実証した。
・miR-145-S1は早期膀胱がんの悪性進展を抑える新たな核酸医薬シーズとして今後開発が期待される。
【研究概要】
膀胱がんは最も多い泌尿器系がんで、喫煙歴のある男性に多く発生します。全世界で年間43万人以上が新たに膀胱がんと診断され、18万人が死亡しています。膀胱がんの75%以上は早期に発見されますが、早期段階でもすでに遺伝子異常をもち悪性に進展しやすいタイプがあり、再発や全身転移、死亡の原因となることがあります。この度、東海国立大学機構 岐阜大学の平島一輝 G-YLC特任助教(高等研究院・大学院連合創薬医療情報研究科・One Medicineトランスレーショナルリサーチセンター/COMIT)、赤尾幸博特任 教授(大学院連合創薬医療情報研究科)の研究グループは、悪性に進展しやすい早期膀胱がんの性質を反映した動物モデルを確立し、マイクロRNA-145(miR-145) 1)という小分子RNAの低下が早期膀胱がんの発生・進展のトリガーになっていることを明らかにしました。また、miR-145の化学構造を改変して抗がん活性を向上させた核酸医薬 2)(miR-145-S1)を開発し、早期膀胱がんモデルに膀胱内投与すると病変の悪性進展が抑えられることを実証しました。miR-145-S1は早期膀胱がんの悪性進展を抑える新たな核酸医薬シーズとして今後の開発が期待されます。また、本研究で確立した動物モデルを応用することで、今後の早期膀胱がんの治療研究開発がさらに加速化すると考えられます。 本研究成果は、日本時間2023年7月3日14時00分にMolecular Therapy Nucleic Acids誌(Impact Factor 10.183、創薬分野の国際雑誌のうち引用率8位/155雑誌)のオンライン版で発表されました。 |
【核酸医薬とこれまでの医薬の違い】
これまでの医薬は、タンパク質に直接結合して効果を示すものがほとんどでしたが、一部のタンパク質は複雑な構造を持つため薬剤が結合できず治療薬の開発が難しい場合がありました。核酸医薬の場合、タンパク質をつくる設計図であるRNAに結合しタンパク質の合成を抑えることで薬効を発揮します。核酸医薬のRNAに対する結合は規則的かつ安定的に起こるため、どのような遺伝子でも標的にできるメリットがあります。特に、赤尾幸博特任教授の研究グループが20年前から研究を進めてきたマイクロRNAは複数の遺伝子を同時に調節できる特徴があり、これまでの一つの遺伝子を標的とした薬剤とは全く異なる新しい概念の治療薬への発展が期待できます。近年、臨床で効果が実証されたCOVID-19ワクチンも核酸医薬であり、核酸医薬は次世代のバイオ医薬品として期待されています。 |
【研究背景】
膀胱がんは最も多い泌尿器系がんで、喫煙歴のある男性に多く発生します。全世界で年間43万人以上が膀胱がんと新たに診断され、18万人が死亡しています。膀胱がんの75%以上は早期に発見されますが、早期段階でもすでに遺伝子異常をもち悪性に進展しやすいタイプ(UROMOL2021 class 2b)があり、再発や全身転移、死亡の原因となっています a)。
早期膀胱がんは血管に乏しい膀胱粘膜表層に存在するので、血管内ではなく膀胱内への薬剤注入により治療されます。現在は弱毒化ウシ型結核菌(BCG)を膀胱内に注入し、非特異的に免疫を刺激する治療が行われていますが、BCGによる治療では悪性化に関わる遺伝子異常は抑えることができません。そのため、治療を行ったとしても再発や悪性進展を十分に抑えられないうえ、一部の症例では激しい副作用が起こることが問題です。しかし、過去数十年にわたり悪性化に直結する遺伝子異常を抑えられる新しい膀胱内注入医薬は開発されておらず、治療法に改善がない状態でした。これまでに赤尾幸博特任教授は、進行型の悪性膀胱がんではmiR-145の低下が病態に関わる因子として極めて重要であることを明らかにし、miR-145の補充が有望な治療戦略となりうることを報告してきました b,c,d)。しかし、早期膀胱がんに対しては、薬効を検証できる適切な動物モデルが存在せず、悪性進展におけるmiR-145の役割や治療効果を検証できない状態でした。
図 早期膀胱がんの悪性進展を抑える核酸医薬の開発
【研究成果】
平島一輝特任助教、赤尾幸博特任教授らは、病理組織学的解析、次世代シークエンサーによるゲノム解析、生化学的試験などの研究手法を使って動物モデルの検証を行いました。その結果、喫煙に関連して発生するN-Butyl-N-(4-Hydroxybutyl) Nitrosamine (BBN)という化学物質を特定の条件でラットに与えると発生する早期病変が、悪性に進展しやすいヒトの早期膀胱がん(UROMOL2021 class 2b)と極めて類似した性質をもつことを発見しました。この動物モデルを利用して研究を進めたところ、miR-145は病変形成のごく早期から低下しており、多くのがん遺伝子の制御を介して早期膀胱がんの発生・進展に中心的な役割を果たしていることを実証しました。さらに、研究チームはmiR-145の化学構造を改良し、高い抗がん活性を持つ新しい核酸医薬シーズであるmiR-145-S1を開発しました(図A)。miR-145-S1を早期膀胱がんモデルの膀胱内に投与しmiR-145の発現を補充したところ、早期病変の悪性進展が抑えられることを実証しました(図B)。
【今後の展開】
miR-145-S1は早期膀胱がんの悪性進展を抑える新たな核酸医薬シーズとして今後の開発が期待されます。また、本研究で確立した動物モデルを応用することで、今後の早期膀胱がんに対する治療研究がさらに加速化すると考えられます。
【論文情報】
雑誌名: Molecular Therapy Nucleic Acids
論文タイトル: Targeting microRNA-145-mediated progressive phenotypes of early bladder cancer in a molecularly defined in vivo model
著者: Kazuki Heishima, Nobuhiko Sugito, Chikara Abe, Akihiro Hirata, Hiroki Sakai, and Yukihiro Akao
DOI: https://doi.org/10.1016/j.omtn.2023.06.009
【用語解説】
1) マイクロRNA-145 (miR-145): 小分子RNAであるマイクロRNAのひとつ。21−25塩基の2本鎖RNAで、メッセンジャーRNAに結合し複数の遺伝子発現を抑制する。miR-145は、膀胱がんの発がんや進展に関連するc-Mycなどのがん遺伝子を制御していることが知られている。
2) 核酸医薬: DNAやRNAを用いた医薬品。
【参考文献】
a) Lindskrog, S. V. et al. An integrated multi-omics analysis identifies prognostic molecular subtypes of non-muscle-invasive bladder cancer. Nat Commun 12, 2301 (2021).
b) Takai, T. and Akao, Y. et al. A Novel Combination RNAi toward Warburg Effect by Replacement with miR-145 and Silencing of PTBP1 Induces Apoptotic Cell Death in Bladder Cancer Cells. International journal of molecular sciences 18, (2017).
c) Inamoto, T. and Akao, Y. et al. Intravesical administration of exogenous microRNA-145 as a therapy for mouse orthotopic human bladder cancer xenograft. Oncotarget 6, 21628–35 (2015).
d) Noguchi, S. and Akao, Y. et al. socs7, a target gene of microRNA-145, regulates interferon-β induction through STAT3 nuclear translocation in bladder cancer cells. Cell death & disease 4, e482 (2013).
【研究者プロフィール】
平島 一輝(へいしま かずき)
岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科・岐阜大学高等研究院
G-YLC特任助教
<略歴>
2013年3月 岩手大学獣医学課程 修了
2013年4月 岐阜大学連合獣医学研究科 獣医分子病態学・臨床腫瘍学
2016年9月 岐阜大学連合獣医学研究科 修了 博士(獣医学)
2017年3月 日本獣医病理学専門家協会認定専門医(Dip. JCVP)
2017年4月 米国イェール大学 イェールがん研究センター 腫瘍内科分野 博士研究員(Dr. Kluger)
2018年4月 岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科 特任助教
2022年4月 岐阜大学高等研究院 G-YLC特任助教
【研究者プロフィール】
赤尾 幸博 (あかお ゆきひろ)
岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科 特任教授
<略歴>
1978年 3 月 大阪医科大学卒業
1978年 4 月 名古屋第一赤十字病院内科(骨髄移植)
1984年 4 月 名古屋大学医学部第一内科 分院内科 (医学博士取得)
1988年 9 月 米国ウイスター研究所 (Dr. Calro Croce)
1990年 9 月 名古屋大学医学部分院内科
1991年 4 月 愛知県がんセンター研究所 (化学療法部) 主任研究員
1993年 9 月 大阪医科大学助教授
1996年 7 月 岐阜県国際バイオ研究所部長
2009年 4 月 岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科 教授
2018年 4 月 岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科 特任教授
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このプレスリリースを配信した企業・団体
- 名称 国立大学法人東海国立大学機構岐阜大学
- 所在地 岐阜県
- 業種 大学
- URL https://www.gifu-u.ac.jp/
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