地理的距離はやはり友好国支援を遠ざける

―日本では台湾だから助けるという世論も確認―

早稲田大学

地理的距離はやはり友好国支援を遠ざける 日本では台湾だから助けるという世論も確認―

詳細は、早稲田大学HPをご覧ください。

<発表のポイント>

●チェコと日本の市民を対象としたオンライン・サーベイ実験(※1)で、①「ロシアによるモルドバへの軍事侵攻」、②「中国による台湾への軍事侵攻」という仮想の危機シナリオと、③「中立シナリオ」を比較したところ、地理的距離の認識が友好的な関係を持つ被害国への支援を減少させることが統計的に有意に確認されました。

 ● 地理的距離の問題は軍事的な支援だけでなく、経済的な援助や人道的援助、難民受け入れなどの政策への支持のような論点にも大きく影響を与えることもわかりました。

 ● 本研究は、人々がウクライナやガザが遠いと感じることで、無関心になってしまっている可能性を示唆しています。

 ● チェコでも日本でも、友好国に対する軍事的な支援への支持につながる要因として、「距離を近く感じる」という要因のほかに、男性、軍事主義の傾向、そして社会的支配志向性(Social Dominance Orientation:SDO)(※2)があることがわかりました。

 

ウクライナ戦争では多くの民主主義国が友好国を助けるために団結しましたが、昨今はその支援疲れもみられつつあります。そのような友好国を支援する民主主義の世論について政治学から新しいデータで迫る研究です。

 早稲田大学政治経済学術院多湖淳(たごあつし)教授とオランダ・エラスムス大学のミカル・オンデルコ教授のチーム(以下、研究チーム)は、ロシアによるウクライナ侵攻のような国際的な危機が起きたときに、他国のために実施する自国の武力行使を、一般市民がどのくらい支持するのかを決める要因として、いままで直感的にしかその影響力を理解されていなかった地理的近接性(※3)の影響について、実験手法を用いて確かめました。

 研究チームは、2023年10月に、オンライン・サーベイ実験を利用し、チェコ(図1)と日本(図2)の市民を対象に①「ロシアによるモルドバへの軍事侵攻」、②「中国による台湾への軍事侵攻」という仮想の危機シナリオと、③「中立シナリオ」を比較した結果、地理的距離の認識が友好的な関係を持つ被害国への支援を減少させることを統計的に有意に確認しました。

本研究成果は、2025年3月28日付け(現地時間)で「Conflict Management and Peace Science」に掲載されました(論文名:Friends as Neighbors? Geographic Closeness Improves Support to Other Governments)。

(図1)チェコの市民を対象に実施したオンライン・サーベイ実験の結果

 

(図2)日本の市民を対象にしたオンライン・サーベイ実験の結果

 

 

(1)これまでの研究で分かっていたこと 

国際政治学では、友好国への支援の有無や程度の決定など、さまざまな政策を実施するか否かを決めるにあたって地理的条件が重要であると唱えられ、広く信じられてきました。たとえば、いわゆる地政学の議論はその典型的なものです。しかし、そういった議論は印象論に基づくものが多く、透明性がある科学的な手法にのっとった実証データによる裏付けは、意外にも限られてきました。

 

(2)今回の研究で明らかになったこと

 研究チームは、チェコと日本でそれぞれ1000名ほどの参加者をオンラインで募り、独自の世論調査を行う中で、そこに異なる架空の国際危機をめぐる記事を読ませる部分を挿入し、記事の種類をランダムに配置する社会科学実験を行う形で地理的距離の効果を計測しました。

 データ分析の結果、架空の中国による軍事侵攻を受けた台湾を自国の軍事力を用いて助けることを支持する市民の割合は、日本の参加者で56%、チェコの参加者で21%であり、両国には30%以上の違いがありました。逆にロシアがモルドバに軍事侵攻した場合においては、日本での軍事支援の支持が低くなり、チェコでは相対的にその割合は高くなりました。このようなチェコと日本での世論の反応の違いは、主として危機が起きているところまでの地理的距離の認識によって説明できることを世論データの回帰分析(※4)を通じて明らかにしました。さらに、距離の問題は軍事的な支援だけでなく、経済的な援助や人道的援助や難民受け入れ政策への支持などにも大きく影響を与えることもわかりました。

 本研究結果は、ウクライナやガザが「遠い」と人々が感じてしまうことで、自分の問題ではないと認識し無関心になってしまい、軍事的支援への賛同が減る可能性を示唆しています。「遠い」という意識はメディアなどでも操作されるものであり、距離感の認識が重要になるという実証は大きな意味があります。日本においては、距離の効果を統制しても「台湾を台湾だから助けなければいけない」と強く考える世論が存在していることが示されており、日本と台湾のつながりの独立した影響を確認できるデータとしても重要です。

 また、チェコでも日本でも、回答者が距離を近く感じるという本研究の肝となる要因のほかに、男性であること、軍事主義の傾向、そして社会的支配志向性(Social Dominance Orientation:SDO)が友好国に対する軍事的な支援への支持につながっていたことは、質的に大きな違いのある国を比較して確かめられたことを踏まえると、普遍的に、男性であり軍事主義で社会的支配志向性が高い人が国際問題における軍事的な力の役割を信じやすいことを示しています。

 

(3)研究の波及効果や社会的影響

 研究チームが用いたデータは、日本を代表するデータではないため、研究の知見を日本人一般の世論の状態として伝えるべきではありません。しかし、台湾への軍事行動を支持する人が、日本の参加者で56%、チェコの参加者で21%であり、そこに30%を大きく上回る違いがあったこと、さらに、距離の認識が大きく作用していたというデータによる確認は、地政学的な国際政治の理解、地理の重要性を軽く見てはいけないことを示しています。いわゆるコロンブスの卵かもしれませんが、データの明確な裏付けがあることは、それが欠けた状態と大きく異なります。

 台湾への軍事的な支援を日本の市民が支持することは、中国の台湾侵攻を抑止であきらめさせるには大事な要素です。その点、56%の支持という値を低く見るのか、高く見るのかは意見が分かれるところであり、前提として、日本国民を代表する数値と捉えてはいけません。しかし、その支持を高めるためには、台湾が日本に地理的に近い存在であることを人々に強調することが有益であることが本研究を通じて理解することができます。

 

(4)課題、今後の展望

 政治学では実験手法が多用されてきましたが、経済学や心理学よりも政治学の実験はコンテクスト依存性が高い特徴があります。すなわち、実験が行われた背景=コンテクストに影響をより強く受ける傾向があります。たとえば、バイデン政権下で行われた実験は、現在のトランプ政権下で行う実験と異なる反応を生みうるといえます。

 今回のオンライン・サーベイ実験の知見もコンテクスト依存性の高さには注意が必要です。今後は、トランプ第二次政権のアメリカを目の当たりにした今、チェコと日本で再現実験を行い、知見の頑健性を確かめるべきだと思います。

 

(5)研究者のコメント

 チェコと日本の比較という異色の比較研究で、これはイスラエルと日本という比較を行った実験研究に続くものです。日本は安全保障分野において異色の存在として理解されてきましたが、国際的にみて普通になっている部分とそうでない部分があるように思います。世論という切り口に限られますが、多湖研究室とその海外パートナーとの共同研究は、チェコ・イスラエルだけでなく、韓国やアメリカといった比較対象国も含めてデータを蓄積しています。

 

(6)用語解説

※1 オンライン・サーベイ実験

いわゆるランダム化比較実験のひとつで、オンラインにおける世論調査に異なるグループをランダムに作り、それぞれに異なる刺激を呈示して比較します。

 

※2 社会的支配志向性(Social Dominance Orientation:SDO)

社会的な不平等を受け入れ、他者に対する優越的な立場を求める心理的な傾向のことで、ここでは16の質問で計測しています。SDOが高いと不平等や他に対する優越の存在を支持し、SDOが低いと平等を重視し、他との優劣を気にしない心理的な傾向を持ちます。

 

※3 地理的近接性

地理上の距離が近いほど国際政治における自国への影響が大きくなり、当然それに伴って国益の程度が違ってくることを踏まえ、地理的な近さで国際関係を考える際に用いる専門用語です。英語では、geographical proximityと言います。戦争の発生確率は第一に地理的近接性で決まるといわれています。

 

※4 回帰分析

統計的推論の手法のひとつで、強い仮定を置いたうえで、原因(要因とも)と結果の関係を今得ているデータから推計します。ここで用いている多重回帰分析は、他の原因の影響を一定にして、特定の原因の効果を推定することを可能にします。

 

(7)論文情報

雑誌名:Conflict Management and Peace Science

論文名:Friends as Neighbors? Geographic Closeness Improves Support to Other Governments

執筆者名(所属機関名):

多湖淳(たごあつし) 早稲田大学政治経済学術院・教授

Michal Onderco Erasmus University Rotterdam

掲載日時(現地時間):2025年3月28日(金)

掲載URL:https://journals.sagepub.com/doi/full/10.1177/07388942251325159

DOI:10.1177/07388942251325159

 

(8)研究助成(外部資金による助成を受けた研究実施の場合)

科学研究費補助金・基盤研究(A)「国際関係をめぐる不満の国際比較実証研究」(22H00050)

“PRORUSS: Russian policies of influence in the populist-pragmatic nexus” (302250) funded by the Research Council of Norway and the Charles University Center of Excellence program (grant 24/SSH/18)

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