AI技術の活用で導波路の接続状態の良否を自動判定

専門技術に頼ることなく高周波デバイス特性の正確な評価を可能に

産総研

ポイント

・ 導波路の接続状態によって変化する高周波信号の測定データを参照し、機械学習を活用することで接続の良好・不良を自動で判定

・ 測定システム、周波数、測定対象によらず複数の事例で導波路の接続状態の判定が可能であることを確認

・ ミリ波からテラヘルツ波にわたる高周波デバイス評価システムのオートメーション化を推進

 

 

概 要 

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)物理計測標準研究部門 坂巻 亮 主任研究員、昆 盛太郎 研究グループ長は、ミリ波からテラヘルツ波にわたる電磁波の測定における導波路の接続状態を、機械学習を用いて自動判定する技術を開発しました。

 

導波路とは、電磁波を特定の方向に効率よく伝送するための通り道です。近年、ミリ波からテラヘルツ波にわたる高周波帯の電磁波を扱う通信機器などのデバイスの開発が進められています。これらのデバイスに多数搭載されている電子部品の透過特性や反射特性などの性能を評価する際、評価対象である電子部品と導波路を接続する作業が生じます。従来、導波路の接続状態は作業者が目視や手作業で確認していましたが、人によって接続の良否の判断が異なり、測定精度にばらつきが生じていました。

 

今回、導波路の接続状態によって変化する測定データを収集し、AI技術の一つである機械学習によって導波路の接続の良否を自動的に判定するシステムを開発しました。本成果により、熟練者でなくとも安定して高精度な測定を実施でき、研究開発や産業分野でのテラヘルツ技術の利用が向上すると期待されます。

 

なお、この技術の詳細は、2025年6月15日から20日にサンフランシスコ(アメリカ)で開催される「IEEE MTT‑S International Microwave Symposium(IMS)2025 workshop/general session」で6月15日に発表される予定です。

 

下線部は【用語解説】参照

 

開発の社会的背景

近年、6G通信テラヘルツスキャナーといった次世代技術の実用化に向け、ミリ波・テラヘルツ波の産業利用が急速に進展しています。これらの高周波帯を利用するデバイスには、アンプやフィルターといった電子部品が多数搭載されており、それらの性能評価や開発には高度な測定環境と専門知識が求められます。

 

電子部品の反射特性や透過特性などを評価する際、測定器からデバイスに電磁波を伝送して反射波や透過波を測定します。電磁波の伝送には導波管や同軸ケーブル、プローブといった導波路が用いられますが、これらの導波路は、デバイスの構造や使用する周波数に応じて、その都度、適切に測定システムの構成を検討して接続する必要があります。高周波帯、特にミリ波以上の帯域では、導波路のわずかな接続位置のズレが、測定結果に大きな影響を与えるため、導波路の接続には専門的な技術が必要です。さらに、接続状態の正しさを判断するには、専門的な経験や知識が求められています。最近では、高周波帯を扱うデバイスの種類と数が増加し、それに伴い多くのエンジニアが測定、検査作業に関与しています。そのため、高周波帯の測定経験が浅いエンジニアでも、安定して作業を行える測定環境の整備が求められています。現場では、「測定結果の信頼性をどう担保するか」「接続の良否をどのように判断するか」といった課題に直面しており、従来のノウハウ頼みの運用からの脱却が急務となっています。

 

研究の経緯

産総研では、これまで高周波デバイスの電気特性を安定かつ高精度に測定するための計測技術の開発を進め、さらにその技術を活用したデバイス開発にも注力してきました(2019年5月17日 産総研プレス発表)。また、これまで機械学習を用いたオートプローバーの開発を行い、特定の測定環境において動作実証を行ってきました*1。今回は、プローバーに限定せずに導波管を用いた高周波帯の測定システムを用い、テラヘルツ波帯に至る周波数帯域において目視や手作業に依存しない、客観的かつ一貫性のある測定精度の実現を目指しました。

 

研究の内容

本研究では、ミリ波からテラヘルツ波測定における導波路の接続状態を自動的に判定する技術を開発しました。従来、導波路の接続状態は作業者が目視や手作業で確認していましたが、判断が人によって異なり、測定精度にばらつきが生じるという課題がありました。測定システムでは導波路として、導波管、プローブ、同軸線路が広く利用されています。導波管を例に取ると、図1に示すようにテラヘルツ波帯ではシステムと測定対象であるデバイスの接続部である導波管の開口部の寸法が数百マイクロメートル程度となります。導波管には接続時の開口部の位置ズレを低減するためのピンが備えられていることが一般的ですが、それでも接続時には数十マイクロメートル程度の位置ズレが生じることがあります。この位置ズレはあったとしても微小なため、視認することが困難です。この接続部の位置ズレによって、接続部における高周波信号の反射が生じることで、測定結果に影響を及ぼします(図2)。位置ズレは平行方向だけではなく、接続時の微小な接続面の傾きのズレによっても生じます。これらのズレは測定結果に大きく影響するため、測定結果を確認しながら導波路の接続の再調整を行うこともあります。しかしながら、測定システムの構成・周波数帯などによって得られる測定結果は異なるため、熟練した技術者であっても不慣れなシステムを使用する際には判断に苦慮します。同様の課題はプローブ(図3)や同軸を用いた測定システムにも生じています。

 

 

 

 

そこで、今回、測定データから特徴を抽出し、接続状態を自動的に分類・判定するシステムを構築しました。接続状態の分類・判定には機械学習を取り入れました。また、導波路の接続状態によって変化する測定データ(例えば、透過特性や反射特性)を収集し、それを参照データとして活用しました。導波管のケースを説明すると、まず正常に接続されている時の特性が既知である(例えば、測定システムの校正に用いるThruデバイス)単一のデバイスの測定結果を参照データとして収集しました。そのデータの特徴を分析し、正常接続と不良接続を判別するモデルを開発しました。判別を行うための閾値として正常接続時(あるいは異常接続時)の測定値の標準偏差を適用することができます。

 

開発したアルゴリズムは参照データを収集した時に使用したデバイス種だけではなく、参照データを変えることなくその他のデバイス種に対して使用することができます。例えば、透過型のデバイスの測定結果を参照データとした場合でも反射型のデバイスの接続状態の判定が可能です。さらに、単一の測定システムおよび周波数帯だけでなく、異なるメーカー・異なる周波数帯(1 GHz〜220 GHz、220 GHz〜330 GHz、750 GHz〜1.1 THz)の複数の計測システムでも実証を行い、開発したアルゴリズムの汎用性を確認しました。これにより、従来の目視や手作業に依存しない、客観的かつ一貫した測定精度の確保が可能となりました。

 

データの判定においては、図4に示したように、測定結果に対して多項式フィッティングを行い、得られた多項式から特定の次数の係数を用いてデータ群の密度解析を行います。この時のデータ密度は局所外れ値因子(LOFとして出力されます。LOFが1に近い場合、その点の密度は周囲と同程度であり、外れ値ではないと判断されます。一方で、LOFが1より大きい場合は、データ密度が低く外れ値である可能性が高くなります。本手法では、参照データ群の中に投入したテストデータのデータ密度から接続状態を判定します。例えば、接続状態が良好である参照データを採用した時、接続不良の状態で得られたテストデータのデータ密度は低くなるため、LOFは大きくなります。これを利用することで、接続の良否をLOFの値で判定することが可能となります。なお、接続不良の時のデータを参照データとして採用した場合は、接続状態が良好の時に得られたテストデータのLOFが大きくなります。

 

開発したアルゴリズムを、一般的に校正に用いられる校正用基準器群の他、1インチ長の導波路を用いたテストデータにおいて動作実証しました。その結果、どの事例においても、LOFの値は導波路の接続状態によって有意差が認められ、接続状態を適切に判定できることが確認されました(図5)。

 

今回開発した技術によって、熟練者のみならず測定に不慣れな作業者でも高精度な測定を安定して実施できるようになり、産業分野におけるミリ波・テラヘルツ波技術の研究開発の加速化が期待されます。

 

 

 

今後の予定

今後は、この技術を活用した測定システムのセットアップの自動・自律化技術の開発に取り組んでいきます。今回の技術は接続状態の判定技術になりますが、これに導波路の電動アライメントシステムを組み合わせることによって、自律的かつ自動的な装置セットアップを実現することができます。これを実現することで、ミリ波・テラヘルツ波評価システムの信頼性向上や、オートメーション化(オートファクトリー化)への寄与が期待されます。特にプローブを用いた測定システムにおいては、装置のセットアップ作業におけるプローブの破損が発生することがあります。これらのセットアップ作業を自動・自律化することにより、高価な高周波機器の管理コストの低減を見込むことができます。従来では熟練者による装置セットアップが必要であったところを、誰でも(あるいは無人で)実現可能にすることによって、6G通信やテラヘルツスキャナーといった次世代高周波技術の技術開発の加速化を推進します。

 

発表情報

会議名:IEEE MTT-S International Microwave Symposium(IMS)2025 workshop/general session

タイトル:Detection algorithm for waveguide connection and probe contact states based on machine learning in frequency up to 1.1 THz

著者:Ryo Sakamaki, Seitaro Kon, Shuhei Amakawa, Takeshi Yoshida, Satoshi Tanaka, Minoru Fujishima

 

参考文献

*1:R. Sakamaki et ai, “Automatic probing system with machine learning algorithm”, 96th ARFTG Microwave Measurement Conference (ARFTG), 2021.

 

用語解説

6G通信

6G通信は、5Gの次世代通信技術で、より高速で低遅延な通信を実現します。理論的には、ピーク速度が100倍以上速く、数ミリ秒程度の遅延を目指します。これにより、IoTや自動運転車、仮想現実(VR)など、次世代の高度なアプリケーションに対応可能になります。

 

テラヘルツスキャナー

テラヘルツスキャナーは、テラヘルツ波(0.1~10 THzの周波数帯域)を利用して物体の内部構造を非破壊で解析する技術です。X線やマイクロ波よりも安全で、高い分解能を持ち、主にセキュリティ検査や医療、材料検査に利用されています。物質の透過特性を基に、隠れた異物や欠陥を検出することができます。

 

参照データ

ここでいう参照データとは教師データを指しています。教師データとは、機械学習モデルを訓練するために使われる入力データです。モデルはこのデータを元に正確な予測を行うための学習を行います。

 

プローバー

高周波プローバー(プローブステーション)は、半導体デバイスの高周波特性を測定するための装置です。微細なプローブを使い、ウェハ上の測定ポイントに高精度で接触させます。ミリ波帯やサブテラヘルツ帯の測定にも対応し、高周波デバイスの開発に欠かせない装置です。オートプローバーは、ウェハの搬送・位置合わせ・測定を自動化することにより、大量生産ラインにおける連続測定を高速かつ安定的に実施します。

 

多項式フィッティング

多項式フィッティングは、与えられたデータに最適な多項式関数を当てはめる方法です。通常、最小二乗法を使用して、誤差(実際のデータと予測値との差)を最小化します。これにより、データのトレンドを表現したり、予測を行ったりできます。

 

LOF

局所外れ値因子(Local Outlier Factor; LOF)は、データポイントが周囲のデータとどれほど外れているかを測定する手法です。各ポイントの密度を計算し、その密度が近隣のポイントと比べてどれほど低いかを評価します。LOFが高いほど、そのポイントはアウトライヤー(異常値)とみなされます。

 

 

プレスリリースURL

https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2025/pr20250611/pr20250611.html

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  • エリア
    東京都
  • キーワード
    研究開発、導波路、高周波デバイス、機械学習、ミリ波、テラヘルツ派
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  • 名称 国立研究開発法人産業技術総合研究所
  • 所在地 茨城県
  • 業種 政府・官公庁
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