磁気スキルミオンの非対称拡散現象を発見

熱ゆらぎによって一方向へ広がる新しい輸送現象、AI応用にも期待

早稲田大学

2026年8月20日

早稲田大学

磁気スキルミオンの非対称拡散現象を発見 熱ゆらぎによって一方向へ広がる新しい輸送現象、AI応用にも期待

【ポイント】

●温度の影響で絶えずランダムに運動するナノサイズの粒子状磁気構造「磁気スキルミオン」が、通常の粒子とは異なり、一方向へ優先的に広がっていく「非対称拡散」を示すことを理論的に発見しました。

●この現象は、磁気スキルミオンが持つ特殊な磁化配列に由来する性質と空間構造との相互作用によって生じることを解明しました。熱統計力学*1や非平衡統計力学*2における新しい輸送現象として位置付けられます。

●本成果は、磁気スキルミオンをはじめとする磁気テクスチャの新しい基礎物理の開拓につながるとともに、磁気の熱ゆらぎ*3を利用したAIハードウェアやリザバーコンピューティング*4など、新しい情報処理技術への応用も期待されます。

磁気スキルミオンは磁性物質を構成する原子に局在した磁気モーメントの集団が構成する粒子状の磁気テクスチャです。磁気モーメントは原子上に固定されているにも関わらず、集団で向きを変える結果、あたかも熱ゆらぎによってランダムに運動する粒子のように振る舞います。

ところで、無数にある粒子の一つ一つが熱ゆらぎによってランダムに運動することで、空間全体へと広がっていく現象は「拡散」と呼ばれ、熱統計力学における最も基本的な物理現象の一つです。

早稲田大学理工学術院の望月維人(もちづきまさひと)教授と張溪超(Xichao Zhang)研究院准教授(研究当時)らの研究グループは、熱ゆらぎによって運動する磁気スキルミオンが一方向へ優先的に広がる「非対称拡散*7」と呼ばれる現象を示すことを理論的に発見しました。この現象は通常の粒子の拡散現象とは異なり、磁気スキルミオンが持つ特殊な磁化配列に由来する性質(トポロジカルな性質*8)と構造化された空間との相互作用によって生じる新しい輸送現象であり、熱統計力学や非平衡統計力学に新たな知見をもたらす成果です。さらに、本研究は、磁気スキルミオンの新しい物理現象の理解を深めるとともに、スピントロニクス*9を基盤とする磁気の熱ゆらぎを利用したAIハードウェアやリザバーコンピューティングなど、新しい情報処理技術への応用も期待されます。

本研究成果は、2026年7月16日に国際学術誌「npj Spintronics」に掲載されました。

 

(熱ゆらぎが引き起こす磁気スキルミオンの非対称拡散現象の概念図。磁気スキルミオンをこの図のような系に閉じ込めた場合、通常の粒子はゲート(仕切りの壁に開けられた出入口)の位置に関わらず右から左への拡散と、左から右への拡散は同程度・等確率で起こります。しかし、磁気スキルミオンの場合、ゲートの位置が隔壁の中央からずれた非対称な位置にあると、一方の拡散が優先される(今の場合は左から右への拡散が優先的に起こる)非対称拡散が実現します。この現象は、トポロジカルな磁気テクスチャである磁気スキルミオンと構造化された空間との相互作用がもたらす新しい量子輸送現象です。)

 

(1)これまでの研究で分かっていたこと 

水の入ったコップに落としたインクの滴や、煙突から大気中に吐き出された煙は、それを構成する一つ一つの粒子が熱ゆらぎによってランダムに運動する結果、空間全体へと広がっていきます。この現象は「拡散」と呼ばれ、熱統計力学における最も基本的な物理現象の一つであると同時に、重要な研究対象として知られています。

粒子状の磁気構造である「磁気スキルミオン」も熱ゆらぎにより、まるで実体のある粒子のようにランダムに運動することが知られていましたが、その集合体がどのような拡散現象を示すかはほとんど分かっていませんでした。

磁気スキルミオンは、他の磁気スキルミオンや障壁(ポテンシャル壁)に衝突して反発力を感じると、通常の粒子のようにまっすぐに跳ね返るのではなく、反発力と直交する方向に運動することが知られていました。このような特殊な運動をする磁気スキルミオンの集団は、通常の粒子とは異なる変わった拡散現象が現れる可能性がありましたが、どのような拡散現象が現れるのかは、ほとんど分かっておらず、基礎物理と技術応用の両面から解明が待たれていました。

 

(2)今回の研究で明らかになったこと

本研究では、多数の磁気スキルミオンが熱ゆらぎの下で拡散する様子を理論的に解析し、構造化された空間における新しい拡散現象の発見・解明を目指しました。

研究グループは、磁性薄膜上に形成した大きな長方形の空間を隔壁で同じ大きさの二つの空間(チャンバー)に区切り、その間を磁気スキルミオンが行き来できるように隔壁に出入口(ゲート)を開けた素子構造を想定し、熱ゆらぎの効果を取り入れた大規模マイクロマグネティクスシミュレーション*10を行いました。さらに、その結果を統計力学に基づく速度方程式やスキルミオンの運動方程式(Thiele方程式)によって解析し、現象の物理的起源を明らかにしました。

その結果、ゲート壁が隔壁の中央からずれた非対称な位置にある構造では、磁気スキルミオンが熱ゆらぎだけで運動しているにもかかわらず、一方向へ優先的に拡散する「非対称拡散」が現れることを初めて理論的に発見しました。一方、ゲートを中央に配置した対称な構造では、このような方向性は現れず、通常の対称的な拡散が起こることも確認しました(図1)。

 

(図1:磁気スキルミオンが示す熱ゆらぎによる拡散現象の数値シミュレーション結果。二つの空間を隔てる壁の中央からずれた位置にゲートがある場合、左室の磁気スキルミオンは熱ゆらぎにより次々に右室に拡散していきますが(上左パネル)、右室の磁気スキルミオンはなかなか左室に拡散していきません(上中パネル)。左から右へ拡散する場合(L→R)の右室の磁気スキルミオン数と、右から左へ拡散する場合(R→L)の左室の磁気スキルミオン数の時間プロファイル(上右パネル)を見ると、明らかに非等価になっていることが分かります。一方、二つの空間を隔てる壁の中央にゲートがある場合、左室の磁気スキルミオンが右室に拡散して数(下左パネル)と、右室の磁気スキルミオンが左室に拡散していく数(下中パネル)はほぼ等しくなっています。実際、L→Rの場合の右室の磁気スキルミオン数と、R→Lの場合の左室の磁気スキルミオン数の時間プロファイル(下右パネル)を見ると、両者はほぼ等しくなっていることが分かります。)

 

 さらに解析の結果、この非対称拡散は、単に構造が非対称だから起こるのではなく、磁気スキルミオンが持つトポロジカルな性質によって生じる特有の運動と、構造との相互作用によって生まれることを解明しました(図2)。具体的には、磁気スキルミオンは、そのトポロジカルな性質に起因して、それを閉じ込めている空間の壁に衝突して反発力を受けると、反発力と垂直の向きに速度が生じ、壁に沿って運動します。これは、力を加えた方向に動く通常の粒子とはまったく異なる、かなり変わった振る舞いです。特に中心の磁化ベクトルが下を向いている磁気スキルミオンの場合、力の向きに対して左90度の向きに運動します。この特徴的な壁に沿った運動の結果、磁気スキルミオンは一方向へ通り抜けやすくなることが分かりました。

 

(図2:非対称拡散を生み出す物理機構。トポロジカルな磁気テクスチャである磁気スキルミオンは、それを閉じ込めている空間の壁に衝突して反発力を受けると、反発力と垂直の向き、つまり壁に沿って動きます。これは、力を加えた方向に動く通常の粒子とはまったく異なる振る舞いです。特に磁性体薄膜に面直上向きの磁場を印加すると磁気スキルミオンの中心磁化ベクトル(m)は面直下向きになりますが、この場合、力の向きに対して左90度の向きに運動します(左パネル)。その結果、左室にある磁気スキルミオンは壁に沿った運動によりゲートを通じて右室に行きやすいですが(右上パネル)、右室にある磁気スキルミオンは壁に沿って運動するとゲートから離れていくことになり、なかなか左室に行けません(右下パネル)。)

 

(3)研究の波及効果や社会的影響

本研究は、磁気テクスチャが示す新しい熱・非平衡輸送現象を明らかにしたものであり、熱統計力学や非平衡統計力学に新たな研究対象を提供する成果です。今後は、磁気スキルミオン以外のさまざまな磁気テクスチャにも研究対象が広がり、新しい輸送現象や集団ダイナミクス*11の発見につながることが期待されます。

また、本研究で明らかになった非対称拡散現象は、これまで原理的に制御することはできないと考えられてきた熱ゆらぎによって生じるランダムで複雑な集団運動が、磁気テクスチャや空間構造のパラメータを通じて制御できることを示しています。このような熱揺らぎが誘起するダイナミクスの制御は、多粒子系や多自由度系が示す豊かな時間変化そのものを情報処理に利用するリザバーコンピューティングなどと親和性が高く、熱ゆらぎを積極的に利用する次世代の情報処理素子の新しい設計指針となることが期待されます。

 

(4)課題、今後の展望

本研究は、磁気スキルミオンが示す新しい拡散現象を理論的に明らかにした成果です。今後は、この非対称拡散現象を実際の磁性薄膜やナノ構造において実験的に観測し、その発現条件や制御方法を明らかにすることが重要な課題となります。また、本研究では磁気スキルミオンを対象としましたが、同様の現象が他の磁気テクスチャや異なる材料系でも現れるかを調べることで、磁気テクスチャの熱・非平衡ダイナミクスに関する理解がさらに深まることが期待されます。

さらに、本研究を契機として、磁気テクスチャが示す熱・非平衡ダイナミクスの研究が発展し、これまで知られていなかった新しい輸送現象や集団ダイナミクスが見いだされることも期待されます。こうした基礎物理の発展は、熱ゆらぎを積極的に利用する新しい情報処理原理の構築につながり、将来的にはスピントロニクスやリザバーコンピューティングなどの次世代AIハードウェアの実現を支える基盤となることが期待されます。

 

(5)研究者のコメント

磁気スキルミオンのような磁気テクスチャは、本来、磁性体物質の原子上に局在した磁気モーメントが織りなす空間的なパターンや模様でしかないにもかかわらず、あたかも実体を持つ粒子のように振る舞い、さらに熱ゆらぎによる拡散現象を示すことは極めて興味深いことです。加えて、その熱拡散現象がトポロジカルな性質に由来する非対称性を示すという事実は、従来の粒子系には見られない新たな基礎物理と技術応用の可能性を示唆しています。本研究で明らかになった現象が、磁気テクスチャを対象とする新しい非平衡統計力学や応用研究の分野を切り拓くきっかけになればと期待しています。

 

(6)用語解説

※1 熱統計力学

多数の粒子が熱平衡状態で示す集団的な性質を統計的に理解する物理学の分野です。気体や液体の性質、相転移などを説明する基礎理論として発展してきました。

 

※2 非平衡統計力学

熱や物質の流れなどによって、平衡状態から外れた系で起こる現象を扱う物理学の分野です。自然界では、拡散や熱伝導、流体の流れなど、多くの現象が非平衡状態で起こります。本研究で発見した非対称拡散も、このような非平衡輸送現象の一つと位置付けられます。

 

※3 熱ゆらぎ

物質を構成する粒子は、有限温度では熱エネルギーによって絶えずランダムに運動しています。このランダムな運動を熱ゆらぎと呼びます。従来は電子デバイスではノイズとして避ける対象と考えられてきましたが、本研究では新しい輸送現象を生み出す重要な役割を果たすことが示されました。

 

※4 リザバーコンピューティング

複雑な時間変化を示す物理系を「計算資源」として利用する新しい情報処理方式です。複雑なダイナミクスを持つ物理系そのものに情報処理を担わせることで、高い計算性能と低消費電力の両立が期待されています。

 

※5 磁気テクスチャ

磁性体の中で電子スピンが空間的にさまざまな模様を形成した状態の総称です。磁気スキルミオンのほか、磁壁や磁気バブルなども磁気テクスチャに含まれます。本研究は、磁気スキルミオンだけでなく、より広い磁気テクスチャの物理にもつながる成果です。

 

※6 磁気スキルミオン

磁性体の中で電子の磁石(スピン)が渦状あるいは噴水状に並んだナノメートルサイズの粒子状の磁気構造です。実際の粒子のように運動しながらも壊れにくいという特徴を持ち、省エネルギーで堅牢・安定な次世代磁気メモリや情報処理デバイスへの応用が期待されています。

 

※7 非対称拡散

粒子が熱ゆらぎによってランダムに運動しているにもかかわらず、一方向へ優先的に広がる拡散現象です。通常の粒子では左右対称に拡散しますが、本研究では磁気スキルミオンが持つ特有の性質によって非対称な拡散が生じることを明らかにしました。

 

※8 トポロジカルな性質

物体を連続的に変形しても変わらない幾何学的な性質のことです。磁気スキルミオンはこのトポロジカルな性質によって粒子状の磁化構造が安定に保たれ、壁に衝突して反発力を受けた際に通常の粒子とは異なる特徴的な運動を示します。

 

※9 スピントロニクス

電子の電荷だけでなく、「スピン」と呼ばれる磁石としての性質も利用する情報処理技術です。従来よりも低消費電力で高速な電子デバイスの実現が期待されています。

 

※10 マイクロマグネティクスシミュレーション

磁石内部の磁化(スピン)の向きや動きを、コンピューター上で計算・再現するシミュレーション手法です。材料の磁気特性や磁気構造の時間変化を予測できるため、新しい磁気デバイスの設計や、実験では観測が難しい現象の解明・予測に広く用いられています。

 

※11 集団ダイナミクス

多数の粒子や物体が互いに影響を及ぼし合いながら示す、集団全体としての時間変化や運動のことです。本研究では、多数の磁気スキルミオンが熱ゆらぎや相互作用のもとで集団としてどのように拡散・輸送されるかを解析し、新しい輸送現象を明らかにしました。

 

(7)論文情報

雑誌名: npj Spintronics

論文名: Diffusion asymmetry of repulsive skyrmions in structured environment implementation and its equivalence to recurrent neural networks

執筆者名(所属機関名):

張 溪超/Xichao Zhang (研究当時:早稲田大学理工総研・研究院准教授,現:香港科技大学・中国)、

望月維人*/Masahito Mochizuki (早稲田大学理工学術院・教授)

Charles Reichhardt(ロスアラモス国立研究所・米国)

Cynthia J. O. Reichhardt(ロスアラモス国立研究所・米国)

Qiming Shao(香港科技大学・中国)

Rui Zhang(香港科技大学・中国)

Yan Zhou(香港中文大学・中国)

Yongbing Xu(南京大学・中国、ヨーク大学・英国)

掲載⽇時(⽇本時間): 2026年7月16日

掲載URL:  https://www.nature.com/articles/s44306-026-00154-y

DOI: https://doi.org/10.1038/s44306-026-00154-y

 

(8)キーワード

磁気スキルミオン、磁気テクスチャ、非対称拡散、熱統計力学、非平衡統計力学、熱ゆらぎ、スピントロニクス、AIハードウェア、リザバーコンピューティング

 

(9)研究助成(外部資金による助成を受けた研究実施の場合)

研究費名:国立研究開発法人科学技術振興機構 戦略的創造研究推進授業CREST

研究課題名:Beyond Skyrmionを目指す新しいトポロジカル磁性科学の創出 (課題番号:JPMJCR20T1)

研究代表者名(所属機関名):于秀珍(理化学研究所)

 

研究費名:日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(A)

研究課題名:スキルミオンが持つ新しい物質機能・物性現象の開拓とスキルミオニクスの創出(課題番号:JP25H00611)

研究代表者名(所属機関名):望月維人(早稲田大学)

 

研究費名:学術変革領域研究(A) 『キメラ準粒子が切り拓く新物性科学』

研究課題名:キメラ準粒子の理論(課題番号:JP24H02231)

研究代表者名(所属機関名):村上修一(東京大学)

 

研究費名:日本学術振興会 科学研究費助成事業 若手研究

研究課題名:ナノ機能界面のトポロジカル磁気テクスチャのデバイス機能の創出創出(課題番号:JP25K17939)

研究代表者名(所属機関名):ZHANG XICHAO(早稲田大学)

 

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