エステルの新たな可能性!脱酸素型カップリング反応の開発

世界初・芳香族エステルと有機リン化合物からベンジルホスフィン化合物を作る

早稲田大学

2020年4月16日

早稲田大学

【発表のポイント】

・エステル化合物の脱酸素型カップリング反応の開発に世界で初めて成功。

・幅広い基質一般性を有することから、新たな医薬品候補化合物の合成手法としても期待。

・エステルの前駆体であるカルボン酸化合物も適用可能。

 

早稲田大学理工学術院の山口潤一郎(やまぐちじゅんいちろう)教授らの研究グループは、芳香族エステル (※1)と有機リン化合物とを金属触媒、温和な還元剤と共に反応させることで対応するベンジルホスフィン化合物が得られるという「脱酸素型カップリング」の開発に世界で初めて成功しました。

エステルは安価で入手が容易な有機化合物の基本構造の一つです。これまでエステル化合物と求核剤(※2)とを用いる有機反応は「1,2-付加」と呼ばれる形式の反応が一般的でした。また、近年の遷移金属触媒化学の発展により芳香族エステル(ArCOOPh)からエステル骨格(COOPh)を取り除き反応させる「脱カルボニル型カップリング」、フェノール部位(OPh)のみを取り除き反応させる「非脱カルボニル型カップリング」といった形式の反応が本研究グループをはじめとし様々な研究グループにより報告されてきました。

今回の研究では、パラジウム触媒と温和な還元剤であるギ酸ナトリウムを用い、エステル化合物と有機リン化合物を反応させることで芳香族エステル(ArCOOPh)からカルボニル部位(CO)の酸素原子とフェノール部位(OPh)を取り除き有機リン化合物と繋げる「脱酸素型カップリング」が進行することを見出しました。芳香族エステルをベンジル化剤として用いる今までに無い形式の反応です。

今回の研究により、医薬品を含めた30種類以上のエステル化合物をベンジルホスフィン化合物へと変換できることがわかっています。また、エステルの前駆体であるカルボン酸を直接反応に使用することも可能です。今後は様々な求核剤の利用へ展開することで、ベンジル化合物の新たな合成プロセスの提供が期待できます。

本研究成果は、アメリカ化学会誌『Journal of the American Chemical Society』のオンライン版に2020年4月11日(現地時間)に掲載されました。

 

(1)これまでの研究で分かっていたこと

芳香族エステルは有機合成化学で頻用される安価で入手容易な有機化合物の一種です。そのため芳香族エステルを用いた数多くの有機反応がこれまでに報告されてきました。


汎用的な手法としてエステル化合物と種々の求核剤(Nu)との「1,2-付加反応」があります。この方法ではエステルから対応するアルコールやケトン化合物を得ることができます。また、近年の精力的な研究により、遷移金属触媒を用いることで「脱カルボニル型カップリング」、「非脱カルボニル型カップリング」などの新たな形式の反応も開発されています。これらの方法ではエステル化合物を多様な官能基を有する芳香族化合物へと変換することが可能です。

 

(2) 今回の研究で新たに実現しようとしたこと

早稲田大学の研究グループ(先進理工学研究科修士課程2年黒澤美樹、同博士後期課程2年一色遼大、高等研究所武藤慶講師、理工学術院山口潤一郎教授)は芳香族エステルを用いた新しい形式の反応を提案すべく「脱酸素型カップリング」の開発に挑戦しました。

 

(3)そのために新しく開発した手法

その方法は、芳香族エステルと有機リン化合物とをパラジウム触媒、温和な還元剤であるギ酸ナトリウムとを反応させることで対応するベンジルホスフィン化合物を合成する手法です。芳香族エステルのフェノール部位、カルボニル骨格の酸素原子を取り除きベンジル化剤として用いることができます。

今回、適切なパラジウム触媒と還元剤を選択することで、この新しい反応の実現にいたりました。

 

(4)今回の研究で得られた結果及び知見

今回見出した脱酸素型ベンジルホスフィン合成反応により30種類以上の芳香族エステルを反応させることができるとわかりました。

複雑な構造を有する医薬品化合物を変換することも可能であり、新しい医薬品候補化合物の合成といった応用にも成功しています。また、適切な添加剤を用いることで芳香族エステルの前駆体である芳香族カルボン酸を使用した場合にも反応が進行することも見出しています。

 

(5)研究の波及効果や社会的影響

今回開発した「脱酸素型カップリング」は芳香族エステルを用いた新たな形式の有機反応です。芳香族エステルは大変安価で入手容易な化合物群であるため、医農薬の開発研究や工業的プロセスに新たな手法を提供することができます。また従来ベンジル化剤として頻用されていたハロゲン化合物と比較して、より低環境負荷な芳香族エステルをベンジル化剤とすることができるため、環境調和に優れた反応としての利用が期待されます。

さらに、今回報告した有機リン化合物とのカップリング反応に留まらず様々な求核剤へ適用できる可能性があり、芳香族エステルの新たな反応形式として幅広く用いられることが予期されます。

 

(6)今後の課題

新たな形式の反応であるため適用可能な求核剤が有機リン化合物に限られていること、反応には高温を必要とすることが今後の課題です。反応はまだ発見されたばかりであるため、今後、様々な求核剤の検討や高活性な金属触媒の探索を通じて、これらの課題を克服したいと考えています。

 

(7)用語解説

1 芳香族エステル:ベンゼン環にエステル基(COOR)がついたもの。安価な安息香酸誘導体やサリチル酸などから誘導できるため、容易に入手可能。香りのある化合物が多い。

 

2 求核剤:電子が不足している化学種(求電子剤)と反応し電子を受け渡すことで化学結合を形成する化学種。

 

(8)論文情報

掲載雑誌:Journal of the American Chemical Society(アメリカ化学会誌)

論文名:Catalytic Deoxygenative Coupling of Aromatic Esters with Organophosphorus Compounds(芳香族エステルと有機リン化合物との触媒的脱酸素型カップリング)

著者:Miki Kurosawa, Ryota Isshiki, Kei Muto, and Junichiro Yamaguchi(黒澤美樹、一色遼大、武藤慶、山口潤一郎)

論文公開日: 2020年4月11日 (現地時間)(Just Accepted Manuscripts)

DOI: 10.1021/jacs.0c02839

掲載URL:https://doi.org/10.1021/jacs.0c02839

 

早稲田大学ウェブサイト

https://www.waseda.jp/top/news/69023

 

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今回の反応を開発した研究グループ

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