「一歩引いて見る」ことで議論は変わる

―バーチャル空間での三人称視点が集団意思決定に与える影響を解明―

早稲田大学

2026年6月3日

早稲田大学

東京都市大学

TIS株式会社

岡山理科大学

芝浦工業大学

「一歩引いて見る」ことで議論は変わる バーチャル空間での三人称視点が集団意思決定に与える影響を解明―

【発表のポイント】

●集団意思決定では、俯瞰的な視点から議論することが重要ですが容易ではありません。三人称視点(第三者視点)から自己の体験を観察していることを想像することが、俯瞰的な視点で自己の体験に向き合う有効な手段であることがわかっています。これをふまえ、バーチャル空間にて三人称視点で議論することが集団意思決定に及ぼす影響を、一人称視点と比較する実験によって明らかにしました。

●三人称視点は、(1)意思決定の質(自己の最終意見がグループのコンセンサスと一致した程度の向上、他者の最終意見を推測できた程度の向上)、(2)コミュニケーション行動(会話の流れを調節するためのジェスチャー行動の増加)、(3)参加者自身の認識(グループ内に生じた葛藤の減少、グループ内の感情の相互依存性の減少)に影響を及ぼしました。

●得られた結果を総合すると、三人称視点は、対立が生じやすい局面には有効である一方で、共感が重視される局面には有効でないことが示唆されました。つまり、バーチャル空間における三人称視点は、感情的結びつきの認識に多少の代償を伴いながらも、グループをより円滑で合意形成しやすい意思決定へと導き得るといえます。

 組織やチームが意思決定を行う際、メンバー一人ひとりが自己の利得や価値観などにとらわれず、俯瞰的な視点から議論に関わることが重要ですが容易ではありません。このような俯瞰的な視点を持つためのメカニズムとしてセルフディスタンシング(自己から心理的に距離を置くこと)があり、その典型的な実践手段は三人称視点から自己の体験を観察していることの想像です。

 早稲田大学人間科学学術院市野 順子(いちの じゅんこ)教授、TIS株式会社 技術本部セクションチーフの井出 将弘(いで まさひろ)氏、岡山理科大学経営学部の横山 ひとみ(よこやま ひとみ)教授、芝浦工業大学システム理工学部の淺野 裕俊(あさの ひろとし)教授、東京都市大学メディア情報学部の宮地 英生(みやち ひでお)教授、同学部の岡部 大介(おかべ だいすけ)教授の研究グループは、没入型バーチャル空間において、三人称視点と一人称視点での対話の比較を通して、集団意思決定に及ぼす影響を調査しました。その結果、三人称視点は一人称視点と比べて、(1)意思決定の質(自己の最終意見がグループのコンセンサスと一致した程度の向上、他者の最終意見を推測できた程度の向上)、(2)コミュニケーション行動(会話の流れを調節するためのジェスチャー行動の増加)、(3)参加者自身の認識(グループ内に生じた葛藤の減少、グループ内の感情の相互依存性の減少)に有意に影響を及ぼしました。これらの結果から、三人称視点は、対立が生じやすい局面には適する一方で、共感が重視される局面には適さないことがわかりました。

 本研究成果は、ヒューマンコンピュータインタラクション(HCI)分野におけるトップ国際会議CHI2026「The ACM CHI Conference on Human Factors in Computing Systems (CHI) 2026」で2026年4月13日に発表・公開されました(論文名:Effects of Embodied Self-Distancing in Virtual Environments on Group Decision-Making)。

 

キーワード:

集団意思決定、VR(バーチャルリアリティ)、第三者視点、三人称視点、一人称視点、セルフディスタンシング(self-distancing、自己距離化)、対立の抑制、共感の低下、会議、ミーティング、オフィス

 

1.これまでの研究で分かっていたこと

 三人称視点は、セルフディスタンシング(心理学の分野で提唱された概念で、自己から心理的に距離を置くこと)の典型的な実践手段です。これによって、過去の体験に関して、感情調節・自己制御・行動変容に肯定的な効果をもたらすことがわかっています。しかし、現在進行している体験の最中に三人称視点から自己を観察することは容易ではありません。

 これに対し、バーチャル空間では、ユーザーはあたかも自分の身体のように感じるアバターとして存在しており、加えて、ユーザーの視点を任意の位置に設定できるため、体験の最中に三人称視点から自己を観察することが容易にできる可能性があります。これまで、バーチャル空間で三人称視点を適用した研究は多くありますが、主に単独のゲームやスポーツなど個人レベルの活動への影響に焦点を合わせており、集団意思決定など集団レベルの活動への影響はほとんどわかっていませんでした。

 

2.新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

 今回の研究では、一般から募集した48の3人組(144人、20~49歳)の参加者を対象に、三人称視点(参加者の視点を自己のアバターの後方斜め上に設定)と一人称視点(参加者の視点を自己のアバターの頭部に設定)のいずれかを用いて、2種類のトピックについて3人で議論し意思決定してもらう実験を行いました(図1)。集団意思決定に及ぼす影響を、意思決定の質・コミュニケーション行動・参加者自身の認識(アンケート)に関する多数の項目を用いて定量的・定性的に評価しました。

 各項目の結果を総合すると、三人称視点は、<対立が生じやすい局面に有効である>一方で、<共感が重視される局面に有効でない>ことが示唆されました。以降では、これらに関連する結果を示します。

 

三人称視点

 

一人称視点

図1:2つの実験条件のバーチャル空間での参加者の視界例  (手前の緑色のシャツのアバターがこの参加者のアバター)

2.1 三人称視点が<対立が生じやすい局面に有効である>ことを示す結果

【他者の最終意見を推測できた程度の向上】

 グループでの議論を経て形成されたコンセンサスに対して、他者の最終意見(本心)を、議論後に各参加者に推測してもらいました。その結果、三人称視点は一人称視点よりも推測できた程度が高く、統計的にも有意でした(図2)。このことから、三人称視点の参加者は、他者の意見をよく聴き、かつ、それをよく覚えていたことがわかります。

 

図2:他者の最終意見(本心)を推測できた程度 (他者2人共の最終意見を正しく推測できた場合が1.0)  

【グループ内に生じた葛藤の減少】

 議論中、グループ内で葛藤がどの程度生じたと思うかについて、関係葛藤(価値観の違いや対人関係の軋轢)と課題葛藤(意見の対立)に分けて、議論後に各参加者に尋ねました。その結果、いずれも、三人称視点は一人称視点よりも葛藤が小さく、統計的にも有意でした(図3)。このことから、三人称視点では、対立が抑制され、議論が協調的に進行したことがわかります。

 インタビュー分析の結果も同様の傾向が見られました。三人称視点の参加者からは、妥協点の模索や意見のすり合わせに関するコメントが多く寄せられました。一方、一人称視点の参加者からは、対立についてのコメントが多く寄せられました。

 

図3:グループ内に生じた葛藤 (葛藤の大きさを7段階で評価。値が大きい方が葛藤が大きい。)  

【自己の最終意見がグループのコンセンサスと一致した程度の向上】

 グループでの議論を経て形成されたコンセンサスに対して、自己の最終意見(本心)と一致しているかを、議論後に各参加者に尋ねました。その結果、三人称視点は一人称視点よりも一致の程度が高く、統計的にも有意でした(図4)。このことから、三人称視点の参加者は、グループのコンセンサスを単に受け入れただけでなく、本心から同意したことがわかります。

 

図4:自己の最終意見(本心)がグループのコンセンサスと一致した程度

(自己の最終意見とグループのコンセンサスが一致した場合が1.0)

 

 以上の結果から、他者の意見を理解しようとする認知的な姿勢(他者の最終意見を推測できた程度の向上)が、対立が生じにくい土壌を形成し(グループ内に生じた葛藤の減少)、最終的な合意への積極的な支持(自己の最終意見がグループのコンセンサスと一致した程度の向上)につながった様子が伺えます。

 言い換えれば、三人称視点は、自己の意見に固執せず他者の意見を取り入れる認知的枠組みを促し、結果として対立の少ない協調的な議論プロセスと、強い納得を伴った集団的意思決定を可能にしたと言えます。

 

2.2 三人称視点が<共感が重視される局面に有効でない>ことを示す結果

【グループ内の感情の相互依存性の減少】

 議論中、自己と他者の間で感情や態度がどの程度影響し合ったと思うかについて、議論後に各参加者に尋ねました。その結果、三人称視点は一人称視点よりも感情の相互依存性が小さく、統計的にも有意でした(図5)。このことから、三人称視点では、互いの感情や態度の影響を受けにくくなり、共感が低下したことがわかります。

 インタビュー分析の結果も同様の傾向が見られました。三人称視点の参加者からは、相手の感情のわかりにくさや感情よりも議事進行を優先させたことなどに関するコメントが多く寄せられました。一方、一人称視点の参加者からは、他者の感情を理解できたことや共感し合えたことについてのコメントが多く寄せられました。

 

図5:グループ内の感情の相互依存性 (相互依存性の大きさを7段階で評価。値が大きい方が相互依存性が大きい。)  

 

3.研究の意義と今後の展望

 実験結果から、バーチャル空間における三人称視点は、対立が生じやすい場面で有効である可能性が示唆されました。例えば、経営会議や多部門間の利害調整会議での意思決定場面、人事評価面談などでの活用が期待されます。その一方で、共感や傾聴といった情緒的側面が重視される局面に有効でない可能性も示唆されました。例えば、メンタルヘルスやカウンセリング面談、チームビルディングや関係改善を目的とした対話、従業員や住民の意見を聴く参加型会議などには適さないことが予想されます。

 これらの効果の二面性を踏まえると、視点を固定的ではなく状況に応じて切り替える「状況適応的な視点制御」が有効と考えられます。議論が加熱し対立が深刻化した局面では三人称視点を導入し、冷静な思考を促します。反対に、議論が停滞したりメンバー間の結びつきが弱まったりした局面では一人称視点に切り替え、活発な参加や情動的な近接性を回復させます。このような視点制御をAIによるファシリテーション支援と組み合わせることで、より柔軟で効果的な議論運営が可能となることが期待されます。

 

4.論文情報

国際会議名:Proceedings of the Association of Computing Machinery Conference on Human Factors in Computing Systems (CHI '26)

論文名:Effects of Embodied Self-Distancing in Virtual Environments on Group Decision-Making

執筆者名(所属機関名):市野順子1*、井出将弘23、横山ひとみ4、淺野裕俊5、宮地英生6、岡部大介6

1. 早稲田大学 人間科学学術院

2. 早稲田大学 大学院人間科学研究科(論文採択時の所属機関:東京都市大学 大学院環境情報学研究科)

3. TIS株式会社 技術本部

4. 岡山理科大学 経営学部

5. 芝浦工業大学 システム理工学部(論文採択時の所属機関:工学院大学 情報学部)

6. 東京都市大学 メディア情報学部

*:責任著者、筆頭著者

掲 載日時:2026年4月13日

掲載URL:https://doi.org/10.1145/3772318.3791367

DOI:10.1145/3772318.3791367

 

論文のデモ動画(英語版)

 https://dl.acm.org/doi/suppl/10.1145/3772318.3791367/suppl_file/3772318.3791367-presentation-video.mp4

 

国内会議名:第27回 一般社団法人情報処理学会シンポジウム(インタラクション2026) 

論文名:バーチャル環境における身体性を伴うセルフディスタンシングが集団意思決定に及ぼす影響 

執筆者名(所属機関名):市野順子1*、井出将弘23、横山ひとみ4、淺野裕俊5、宮地英生6、岡部大介6 

1. 早稲田大学 人間科学学術院

2. 早稲田大学 大学院人間科学研究科(論文採択時の所属機関:東京都市大学 大学院環境情報学研究科) 

3. TIS株式会社 技術本部 

4. 岡山理科大学 経営学部 

5. 芝浦工業大学 システム理工学部(論文採択時の所属機関:工学院大学 情報学部) 

6. 東京都市大学 メディア情報学部 

*:責任著者、筆頭著者 

掲載日時:2026年3月3日 

掲載URL:https://www.interaction-ipsj.org/proceedings/2026/data/pdf/INT26005.pdf

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