アジア6カ国100名超の研究者が人工細胞構築に向けた10年ロードマップを発表
2026年6月8日
早稲田大学
東京大学大学院総合文化研究科
理化学研究所
東京科学大学
神戸大学、大阪大学
アジア6カ国100名超の研究者が人工細胞構築に向けた10年ロードマップを発表 ~「ProtoCell」から「AutoCell」へ至る協調的研究戦略を提示~
詳細は早稲田大学HPをご覧ください
| 【発表のポイント】 ●生体分子などを組み合わせることによって天然の細胞の本質的な機能を付与した人工細胞※1の実現に向けて、タンパク質合成・代謝・遺伝情報の複製・分裂、さらに、多階層システム統合の主要課題を明確にし、 ProtoCellの構築に続いてAutoCellの構築へと発展させる2段階戦略を定めました。 ●人工細胞構築に向けてAI駆動型中央バイオファウンドリ※2を活用し、標準化と自動化による新たな共同研究モデルを提案しました。 ●アジアの研究者群による人工細胞研究におけるロードマップの発表で、同研究分野におけるアジアの国際的な存在感の強化に繋がります。 |
早稲田大学理工学術院の木賀大介(きがだいすけ)教授、東京大学大学院総合文化研究科の市橋伯一(いちはしのりかず)教授、国立研究開発法人理化学研究所生命機能科学研究センターの清水義宏(しみずよしひろ)チームディレクター、東京科学大学未来創成研究院地球生命研究所の松浦友亮(まつうらともあき)教授、神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科の近藤昭彦(こんどうあきひこ)客員教授、神戸大学先端バイオ工学研究センターの蓮沼誠久(はすぬまともひさ)センター長・教授、大阪大学大学院工学研究科の青木航(あおきわたる)教授らの国際共同研究チームは、深セン先進技術研究院(中国)所長のChenli Liu教授らと協力し、多種類の生体分子などを組み合わせることで生命に近い細胞システムを構築することを目指し、今後10年間にわたる人工細胞研究の体系的なロードマップ(以下、「本ロードマップ」という)を発表しました。
本ロードマップは、これまで個別・探索的に進められてきた人工細胞研究を、アジア全体で連携した高インパクトな研究へと発展させる重要な転換点となるもので、人工細胞構築における主要なボトルネックの克服を加速させることが期待できます。その結果、個々の分子としては「生きてはいない」生体分子たちを組み合わせることで、生命を創り出せるかという根源的な問いに対して、アジアからの知見を示し、国際的な責任を果たすことを目的としています。
本成果は、「Nature Biotechnology」に、2026年5月26日にオンライン掲載されました。
キーワード:
人工細胞研究、合成生物学、国際共同研究、AI駆動研究
(1)これまでの研究で分かっていたこと
リン脂質、タンパク質、DNAなどの生体高分子を用いて、単一細胞に相当するシステムを一から構築することは、合成生物学における最も挑戦的な目標の一つです。
この目標の達成は、「生命とは何か」という根本的な問いの理解を深めるだけでなく、プログラム可能でカスタマイズ可能な機能性細胞の創出に繫がります。これにより、基礎科学だけでなく、バイオものづくりやバイオ医療をはじめとするバイオテクノロジー分野にも、大きな変革をもたらすことが期待されます。過去20年にわたり、欧州では MaxSynBio や BaSyC、米国では Build-a-Cell Initiative などの取り組みが進められ、細胞の各種機能に対応したモジュールの設計や機関横断型の共同研究の基盤が築かれてきました。
一方で、個々の機能モジュールの研究は大きく進展しているものの、それらを時間的・空間的に統合し、完全に機能する人工細胞へと組み上げることは、依然として世界的な未解決課題です。
(2)新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと
2023年、アジア6か国の研究者は SynCell Asia Initiative を設立しました。これは、世界の人工細胞研究において、アジア独自の力強い研究コミュニティを形成する重要な一歩となりました。
その後、SynCell Asia Workshop を継続的に開催し、参加研究者は深い議論を重ね、ビジョンを共有しながら、アジアの視点と地域的強みに根ざした科学的枠組みと行動計画を形成してきました。今回、本取り組みを通じて本ロードマップを発表しました。
まず、本ロードマップでは、人工細胞構築に向けて以下の4つを中核的課題として挙げました。
【中核的課題】
1.代謝の連続性
現在の無細胞系の多くは、ATPやNADHなどのエネルギー物質をあらかじめ投入する方式に依存しており、継続的なエネルギー再生や代謝サイクルを十分に備えていません。そのため、長時間にわたる自律的な動作が大きく制限されています。
2.リボソームの自律性
RNAの情報からタンパク質を生産する工場として動作する巨大分子であるリボソームは、多数のタンパク質とRNAによって構成されている、という再帰的な性質があります。そして、リボソームの組み立てには、リボソームの構成成分であるタンパク質の構造を変化させる酵素や、RNAへの化学修飾が必要です。しかし、現在のリボソームの人工的な組み立て手法ではこれらが十分に再現されていません。このことが、自己持続的なタンパク質生産の実現を妨げています。
3.モジュール設計ルールの不足
細胞機能についての制御可能な各種モジュールについて、物理原理に基づいてこれらを設計するための体系的な指針が、まだ確立されていません。例えば、膜の成長と細胞分裂をどのように力学的に結合させるかについても、十分に理解されていません。
4.時空間協調制御の複雑性
DNA複製、染色体分配、細胞分裂を時間的・空間的に精密に制御することは極めて困難です。これは、人工細胞構築における最も深刻なシステムレベルのボトルネックです。
これらの課題に対応するため、本ロードマップでは、中央集約型の新しい研究パラダイムを以下の4つの軸で提案するとともに、10年間の時間軸における目標設定を提示しました。
【中核的課題を解決するための新しい研究パラダイムの提案】
1.AI駆動型中央バイオファウンドリ
この構想では、従来の研究室単位の分散的な取り組みに代わり、統合拠点としてAI駆動型中央バイオファウンドリを設置することを提案しています。
このモデルでは、「中央ファクトリー」と「各国に分散したワークステーション」を組み合わせます。試薬や、標準化され機能拡張が可能な人工細胞を中央ファクトリーで調製し、自動化されたパイプラインを通じて参加研究室へ分配します。これにより、閉ループ型の Design-Build-Test-Learn、すなわち DBTL サイクル※3を実現します。
2.単一人工細胞オミクス
自動化プラットフォームを用いて、ゲノム、トランスクリプトーム、プロテオーム、メタボローム、定量イメージングデータを単一細胞レベルで取得します。これにより、機械学習モデルに必要な高次元データを提供します。
3.ハイブリッドモデリング
生命システムの内容物と反応過程をできる限り理論に取り込んだ「ホワイトボックス型」の機構論的モデルと、これと相補的な、実験条件と実験結果の組み合わせの高次元データから構築される「ブラックボックス型」データ駆動モデルという、2つのモデルを組み合わせることで、人工細胞についての設計上の制約や重要な制御パラメータを明らかにします。
4.人工細胞の進化
多数の要素からなる生命システムについて、合理的設計を行った場合でも、予期しない相互作用が生じる可能性があります。そこで本ロードマップでは、細胞の成長と分裂からなる細胞増殖のサイクルが完全に確立される前の研究段階から、細胞機能の各種モジュールの組み合わせについての大量のバリエーション構築と、これらからの人為選択を繰り返して行う、人工的な進化サイクルの推進を提案しています。これにより、成長とDNA複製の連動など、細胞を構成する多階層をまたぐ、創発的な機能を探索します。
【本ロードマップを実現するための時間軸】
1.第1段階:ProtoCell (1〜5年目)
第1段階では、安定なリン脂質ベシクル※4を基盤とする ProtoCell の構築を目指します。
ProtoCell は、少なくとも200遺伝子からなるゲノム基本セット※5を持ち、無細胞転写翻訳システム※6によって90%以上の種類のタンパク質を生産できることを目標とします。また、主要代謝物を内因的に合成できるシステムを備えることも目指します。
さらに、人工細胞の「デジタルツイン」を開発し、機械的シグナルと生化学的シグナルがどのように協調して分裂を制御するのかを探索します。
2.第2段階:AutoCell (6〜10年目)
第2段階では、外部から供給される無細胞発現システムに依存せず、ゲノムにコードされたリボソーム再生を内因的に実現する AutoCell の構築を目指します。
AutoCell について、細胞の各種機能が協調した成長・分裂サイクルが、少なくとも連続10回以上進行することを目標とします。また、各種目的に応じた環境選択圧のもとで人工細胞を進化させます。さらには、複数種類の人工細胞からなる集団について、細胞間での物質交換や分業による創発的な挙動を行わせることも視野に入れています。
(3)研究の波及効果や社会的影響
SynCell Asia が提案した本ロードマップは、アジア各国が持つ技術的強みの相補性を活かし、国境を越えた共同研究、共有インフラ、オープンスタンダードを基盤とする新たな研究モデルを構築するものです。
ProtoCell から AutoCell へと至る2段階戦略と、AI駆動型中央バイオファウンドリをシステム統合の中核に据える構想は、細胞機能の個々のモジュールが十分に結合されていないという現在の課題に直接対応するものです。このような研究組織の設計とプラットフォーム構築は、世界的にも前例のない独自の協同研究モデルです。この新たなパラダイムは、人工細胞研究を、各研究室が異なる反応環境で個別に進める断片的なモジュール探索から、標準化された手法に基づく体系的・協調的な人工細胞システムの構築へと転換するものです。さらに、本ロードマップのもとで構築される共同研究体制とインフラは、人工細胞構築にとどまらず、定量生物学、人工知能、バイオものづくりなどの発展を共通して牽引する基盤となることが期待されます。
(4)課題、今後の展望
人工細胞の構築には、これを構成する各種の機能モジュールを開発してきた多くの研究者の協同が必要になります。しかし、開発した各種モジュールを組み合わせることが課題として残されていました。
本ロードマップに示されるように、基盤人工細胞をAI駆動的に合成する施設の設立や国際的な標準化・共同研究を通じて、課題を段階的に克服し、自律的に動作する人工細胞の構築へと至る各種研究の進展が期待されます。
(5)研究者のコメント
わが国では、人工細胞の研究会として世界に先駆けて2007年に設立された「細胞を創る」研究会を中心とした活動が行われてきました。早稲田大学理工学術院電気・情報生命工学科に所属する複数の教員もこの研究会で活動しており、2016年には岩崎秀雄教授を会長として早稲田大学にて年会が開催されています。
2010年代になると、アメリカ、欧州それぞれでの人工細胞研究コミュニティが設立され、国際共同研究が活発になってきました。アジアでも人工細胞研究の機運が高まっている今、このロードマップを世界に対して示すことができたことは大きな意義があります。
また、国内でも、高市政権が示した戦略17分野の一つ、「合成生物学・バイオ」において、人工細胞研究が次世代の合成生物学の重要テーマとして注目されています。自律的に増殖する人工細胞の実現に至る以前の段階でも、細胞の部分機能に対応して構築される個々の人工的な部分システムが、学術的にも産業応用にも活用されており、今後さらなる活用が見込まれます。なお、この研究分野の詳細については、国立研究開発法人科学技術振興機構から本年3月に刊行された調査報告書「人工細胞システム研究の新展開」にもまとめられており、そちらも合わせてご覧ください。
(6)用語解説
※1 人工細胞
生物の細胞が持つ機能を、リン脂質、タンパク質、DNAなどの生体分子を組み合わせて人工的に再構成した細胞様システム。本研究では、生命に近い性質を持つ人工細胞を一から構築することを目指している。
※2 AI駆動型バイオファウンドリ
AI、実験自動化、データ解析を組み合わせて、生物システムの設計、構築、評価、学習を効率的に繰り返す研究基盤。本ロードマップでは、標準化された人工細胞や試薬を調製し、各国の研究室と連携して開発を進める中核拠点として提案されている。
※3 DBTLサイクル
Design-Build-Test-Learn の略で、設計、構築、評価、学習を繰り返す、合成生物学における研究開発の進め方。人工細胞研究では、AIや実験自動化を活用しながら、人工細胞の設計、作製、測定、改善を反復することで、複雑な細胞システムの構築を効率化する。
※4 リン脂質ベシクル
リン脂質が水中で自発的に形成する袋状の構造。生物の細胞膜に似た膜で囲まれた空間を作ることができるため、人工細胞を構築する際の基本的な「入れ物」として用いられる。
※5 ゲノム基本セット
細胞が基本的な機能を維持するために必要な遺伝子だけに絞り込んだゲノム。人工細胞研究では、生命活動に必要な最小限の遺伝情報を明らかにし、それを人工的な細胞システムの中で機能させることが重要な目標となる。
※6 無細胞転写翻訳システム
細胞を使わずに、リボソームなどを含む試験管内などでDNAの情報からRNAを作り、さらにタンパク質を合成する反応系。人工細胞の内部でタンパク質を生産するための基盤技術として重要である。
(7)論文情報
雑誌名:Nature Biotechnology
論文名:A framework for building a synthetic cell from the SynCell Asia initiative
日本国内の執筆者名(所属機関名):
木賀 大介 (早稲田大学 理工学術院 教授)
青木 航(大阪大学 大学院工学研究科 教授)
市橋 伯一(東京大学 大学院総合文化研究科 教授)
小坂 唯心(大阪大学 大学院工学研究科 助教)
近藤 昭彦 (神戸大学大学院 科学技術イノベーション研究科 客員教授)
清水 義宏(国立研究開発法人理化学研究所 生命機能科学研究センター チームディレクター)
蓮沼 誠久 (神戸大学 先端バイオ工学研究センター センター長・教授)
松浦 友亮(東京科学大学 未来社会創成研究院 地球生命研究所 教授)
水無 渉 (新エネルギー・産業技術総合開発機構 技術戦略研究センター)
掲載日時:2026年5月26日
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- 名称 早稲田大学
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- URL https://www.waseda.jp/top/
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