がん幹細胞の機能を制御する“スイッチ”を発見!

-がん根治に向けた新規治療薬の創製へ-

岐阜大学

令和4年1月11日

国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学

がん幹細胞の機能を制御する“スイッチ”を発見! -がん根治に向けた新規治療薬の創製へ-

 

 岐阜薬科大学大学院薬科学専攻の平岩茉奈美大学院生(日本学術振興会特別研究員)、岐阜薬科大学薬理学研究室の深澤和也助教、家崎高志助教、岐阜薬科大学・岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科の檜井栄一教授らの研究グループは、金沢大学、東京大学との共同研究により、脳腫瘍の一種であるグリオブラストーマの「根治」を目指した新規の創薬ターゲットを発見しました

 グリオブラストーマは、脳組織中のグリア細胞ががん化することで発症する疾患です。グリオブラストーマは治療が非常に難しく、診断後の余命も極めて短いことが知られていますが、その原因の1つとして「がん幹細胞」の存在が提唱されています。がん幹細胞は「がん細胞を生み出す能力」と「治療抵抗性」を併せ持つことが大きな特徴であり、がんの「根治」を目指すためには、がん幹細胞を制圧することが重要であると言えます。しかしながら、「がん幹細胞の機能はどのように制御されているのか?」、「がん幹細胞を制圧するためには、どの因子を治療標的にすべきなのか?」ということについては、不明な点が数多く残されています。

 研究グループは、がん幹細胞に発現するSMAD specific E3 ubiquitin protein ligase 2SMURF2(1) というタンパク質が、がん幹細胞の機能をコントロールしていることを発見しました。さらに、SMURF2の機能を調節する“スイッチ”を切り替えることで、グリオブラストーマの進行が制御されることを見出しました。本研究成果はSMURF2がグリオブラストーマ治療に対する有望な治療標的となりうることを明らかにしたものであり、様々ながんの「根治」を目指した「がん幹細胞標的薬」の創製に繋がることが期待されます。

 本研究成果は,英国学術雑誌『Communications Biology』に掲載されました。(オンライン版公開日:日本時間 令和4年1月11日 午後7時)

 

【本研究のポイント】

・「がん幹細胞」は抗がん剤や放射線といった従来の治療法に対して抵抗性を持っており、「がん幹細胞」の制圧によってがんの根治が期待できます。

・グリオブラストーマ患者のがん組織において、SMURF2の特定の部位のリン酸化 (※2) が低下していることを見出しました。

・SMURF2の特定の部位のリン酸化を調節する(=SMURF2を活性化させる“スイッチ”を切り替える)ことで、「がん幹細胞」の機能が制御されることを世界に先駆けて発見しました。

・SMURF2はTGF-β受容体 (※3) の分解を介して「がん幹細胞」の機能を抑制していることを明らかにしました。

・以上の成果は、様々ながんの「がん幹細胞」を標的とした、革新的な新規抗がん剤の創製に貢献できることが期待されます。

 

【研究の背景】

 グリオーマは脳に存在するグリア細胞が腫瘍化した病気であり、悪性度によって大きく4つのグレードに分類されます。このうち、グリオブラストーマは悪性度および発症頻度が最も高く、急速に悪化する頭痛や認知症、運動麻痺などの症状を特徴とします。標準的な治療法として、まず手術による腫瘍組織の摘出が行われますが、グリオブラストーマは脳組織に染み込むように広がっていくため、完全に取り除くことができません。また、手術後に抗がん剤や放射線による治療を行ったとしても、5年生存率は10%程度とされており、ここ数十年の間で治療成績に大きな改善は見られていません。

 最近の研究から、治療後にもがん幹細胞が体内に残っていることが、グリオブラストーマの治療を困難にさせる原因の1つとして知られつつあります。がん幹細胞は「がんの親玉」とも言われるように、自分自身のみならず、がん細胞をも生み出します(がん幹細胞性)。また、がん幹細胞は、既存の抗がん剤や放射線に対して治療抵抗性を持つことが知られています。したがって、がん幹細胞を制圧することができれば、グリオブラストーマの治療成績を大きく向上させ、根治が期待されます (図1)。しかしながら、がん幹細胞の機能がどのようにして制御されているのか、その詳細なメカニズムの全容は未だ明らかになっていません。

 

1: がんの根治には、がん幹細胞を制圧することが重要である。

 

 研究グループはこれまでに、がん幹細胞のCDK8タンパク質の働きを阻害することでがんの進展を抑制することに成功しており、がん幹細胞を標的とする治療法の有効性を示しました(Fukasawa K. et al., Oncogene (2021))。また、同グループは、骨や脂肪を生み出す間葉系幹細胞の機能調節にSMURF2タンパク質が重要であること、さらにSMURF2の働きを制御する “スイッチ”(=Thr249(※4)のリン酸化)を発見しています(Iezaki T. et al., Development (2018))。

 

【研究成果の概要】

 研究グループはまず、SMURF2がグリオーマ幹細胞の機能にどのような影響を与えているのか調べるため、患者由来のグリオーマ幹細胞を用いた実験を行いました。その結果、SMURF2の働きを抑える(=SMURF2抑制細胞を作製する)ことによって、がん幹細胞の機能の指標であるスフィア形成能が増強しました(図2A)。また、SMURF2抑制細胞をマウスに移植したところ、生存期間の大幅な短縮(図2B)と、腫瘍サイズの増大(図2C)が認められました。以上より、がん幹細胞の腫瘍形成能には、SMURF2が非常に重要であることが示されました。

 

図2:グリオーマ幹細胞のSMURF2の働きを抑えると、グリオブラストーマが顕著に増大する(点線で囲まれた領域は腫瘍部位を表す(C))

 

 次に、SMURF2の活性がグリオーマの悪性度と関連しているかについて検討しました。グリオーマ患者から摘出した腫瘍組織を調べたところ、グリオブラストーマを含む悪性度の高い腫瘍組織では、SMURF2のThr249のリン酸化が著しく抑制されていました(図3)。すなわち、グリオブラストーマではSMURF2の活性化が抑制されていることが分かりました。

3グリオブラストーマ組織ではSMURF2Thr249のリン酸化が抑制される。

 

 そこで、 SMURF2 発現細胞及び SMURF2 の Thr249 がリン酸化されないグリオーマ幹細胞(= SMURF2 リン酸化不活性化細胞)をそれぞれ作製して観察したところ、 SMURF2 発現細胞ではスフィア形成能が低下するのに対し、 SMURF2 リン酸化不活性化細胞では逆に増強していました(図 4A )。さらに、各細胞をマウスに移植したところ、 SMURF2 発現細胞では生存期間の延長と腫瘍サイズの減少が見られたのに対し、 SMURF2 リン酸化不活性化細胞では生存期間の短縮と腫瘍サイズの増大が認められました(図 4B, C )。以上のことから、 SMURF2 によるがん幹細胞の機能調節には、Thr249のリン酸化状態が重要 であることが明らかになりました。 

 

 

 

4SMURF2Thr249のリン酸化状態によって、グリオブラストーマの進展程度が変化する(点線で囲まれた領域は腫瘍部位を表す(C))。

 

 最後に、SMURF2はどのようなメカニズムでグリオーマ幹細胞の機能を調節しているのかを検討しました。その結果、がん幹細胞の機能調節に重要なTGF-β受容体の分解をSMURF2が促進させていることがわかりました。つまり、SMURF2TGF-β受容体の分解を介してグリオーマ幹細胞の機能を抑制していることが示唆されました(図5)。

5SMURF2Thr249のリン酸化によって、グリオブラストーマの発症・進展が抑制される(図中のPはリン酸化を示す)。

 

【研究成果の意義・今後の展開】

 研究グループは、SMURF2がグリオブラストーマ幹細胞の制御因子であることを発見しました。また、そのメカニズムとしてThr249のリン酸化が重要であること、さらに、活性化したSMURF2がTGF-β受容体の分解を介して、グリオーマ幹細胞の機能を調節していることを世界で初めて明らかにしました。

 本研究によって「がん幹細胞の機能を制御するメカニズム」の一端が明らかになったとともに、「がんの根治には、がん幹細胞の制圧が重要である」という説に新しいエビデンスを付与することができました。現在、がんの根治を指向した「がん幹細胞標的薬」の創製へとつなげるべく、SMURF2のThr249のリン酸化を調節する(=“スイッチ”のON/OFFを切り替える)ことができるような薬剤の探索に取り組んでいます。

 さらに、本研究成果はグリオブラストーマに限らず、がん幹細胞の存在が明らかとなっている種々の難治性がんにも当てはまる可能性があることから、アンメット・メディカル・ニーズ (※5) の解消にも貢献できることが期待されます。

 

【用語解説】

※1 SMAD specific E3 ubiquitin protein ligase 2(SMURF2)

E3ユビキチンリガーゼと呼ばれる酵素の1つで、リン酸化(後述)によって活性化される。ユビキチンという「目印」をつけることで、特定のタンパク質の分解を促進させる働きを持つ。近年、様々ながんの発症・進展に関わっていることが報告されている。

 

※2 リン酸化

タンパク質を構成するセリンやスレオニン、チロシンといった特定のアミノ酸に、リン酸基が結合する反応。タンパク質の機能調節に極めて重要な反応である。

 

※3 TGF-β受容体

細胞の表面に存在し、TGF-β(トランスフォーミング増殖因子β)と呼ばれるタンパク質が結合することで、様々な細胞機能を変化させる。がん幹細胞の機能調節に重要であることが報告されている。

 

※4 Thr249

ヒトのSMURF2を構成する748個のアミノ酸のうち、249番目にあたるスレオニン(Thr: threonine)を指す。

 

※5 アンメット・メディカル・ニーズ

未だ有効な治療方法が確立されていない疾患に対する医療ニーズ。

 

【掲載論文】

雑誌名:Communications Biology

論文名:SMURF2 phosphorylation at Thr249 modifies glioma stemness and tumorigenicity by regulating TGF-β receptor stability

(SMURF2の249番目のスレオニンのリン酸化はTGF-β受容体の安定性制御を介してグリオーマ幹細胞の幹細胞性と腫瘍形成能を調節する)

著者名:Manami Hiraiwa, Kazuya Fukasawa, Takashi Iezaki, Hemragul Sabit, Tetsuhiro Horie, Kazuya Tokumura, Sayuki Iwahashi, Misato Murata, Masaki Kobayashi, Akane Suzuki, Gyujin Park, Katsuyuki Kaneda, Tomoki Todo, Atsushi Hirao, Mitsutoshi Nakada and Eiichi Hinoi.

平岩茉奈美, 深澤和也, 家崎高志, Hemragul Sabit, 堀江哲寛, 徳村和也, 岩橋咲幸, 村田美怜, 小林正輝, 鈴木紅音, 朴奎珍, 金田勝幸, 藤堂具紀, 平尾敦, 中田光俊, 檜井栄一

 

※本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業 基盤研究B(一般)「がん幹細胞を標的とした革新的な抗がん剤の創製」(研究代表者:檜井栄一)、金沢大学がん進展制御研究所共同研究拠点の支援を受けて行ったものです。

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