3Dプリンタ用ステンレス鋼粉末の開発に成功

~従来と比較して小さなエネルギーで高速造形が可能~

本発表資料は、科学記者会、名古屋教育記者会、共同通信PRワイヤーにお送りしています。

 

報道関係各位                         2022 年 7 月 11 日 

 

名古屋工業大学

東京都立産業技術研究センター

 

3Dプリンタ用ステンレス鋼粉末の開発に成功 ~従来と比較して小さなエネルギーで高速造形が可能~

【発表のポイント】

 ・従来の粉末と比べ、小さいエネルギー密度、高速造形が可能な3Dプリンタ用ステンレス鋼粉末を開発(省エネルギー・高速造形3Dプリンティング)

 ・従来の粉末と比べ、組織微細化と欠陥の低減による強度向上(高強度3Dプリンティング造形)

 ・今後、骨接合材、脊髄固定器具、人工関節、骨頭など、医療分野への応用が可能

 

【概要】

 金属積層造形、いわゆる金属3Dプリンティングでは、従来工法において使用されてきた金属での造形が盛んに行われてきましたが、積層造形体の更なる高機能化に向けて新規材料開発が重要になってきました。名古屋工業大学の渡辺義見教授・佐藤尚准教授の研究グループは、地方独立行政法人東京都立産業技術研究センターの大久保智博士と「ヘテロ凝固核粒子を含有させたステンレス粉末の作製とそれを用いた積層造形」に関する共同研究を実施し、この度、従来のステンレス鋼粉末と比べ、小さなエネルギーで高速造形が可能な新規金属粉末の開発に成功しました。図1に従来SUS316L(※1)造形体と本発明品との比較を示します。特に高速造形において、相対密度の向上、欠陥の低減、組織の微細化および強度の向上を達成しました。

本成果は2022年6月26日にJournal of Materials Processing Technology誌にて公開されました。

 

図1 従来SUS316L造形体と本発明品との比較。

 

【研究の背景】

 近年、付加加工(AM技術(Additive Manufacturing))と呼ばれる新たな加工法が注目されています。これは、CADによるデジタルデータに基づき3次元構造物を造形する手法であり、付加製造、3次元積層造形法、3Dプリンタ技術等と呼ばれています。高強度や高耐久性が要求される、よりハイエンドな製品の製造を行う際には、金属3Dプリンティング技術が重要となっています。特に、金属の中でもステンレス鋼は、その優れた耐食性から広く利用されており、3Dプリンティング技術への適用が望まれています。しかしながら、金属3Dプリンティングでは、金属特有の溶融・凝固を素過程とする必要があるため、粉末の溶け残りや冷却時の体積収縮に起因する内部空孔が形成しやすいという欠点があります。また、鋳造組織に類似する粗大な不均一組織(柱状組織)が形成して、強度が低下すると同時に力学特性に異方性が発生するという潜在的な問題を抱えています。

 

【研究の内容・成果】

 今回、渡辺教授らは、鋳造工学や溶接工学で利用されている異質核生成理論(ヘテロ凝固理論(※2))を金属3Dプリンティング技術に応用しました。本手法は、母材金属よりも高い融点を有し、かつ母材金属の初晶となる相に対して原子配列の整合性の良いヘテロ凝固核粒子を添加して3Dプリンティングを行う点に特徴があります。母材金属粉末とヘテロ凝固核粒子を混合し、その混合粉末を用いて3Dプリンティングを行うと、凝固が均一に発生するため、内部欠陥の発生が抑えられ、密度の高い造形体が得られます。従来SUS316Lとヘテロ凝固核粒子を添加した発明品を用いて3Dプリンティングにより造形した材料をアルキメデス法により測定した相対密度を図2に示します。ここで、横軸は造形に要したエネルギー密度でプロットしてあります。エネルギー密度を下げても、相対密度があまり低下しないことが分かります。この様に、発明品を使うことにより、小さいエネルギー密度で造形が可能となりました。また、この図に金属組織を同時に示しますが、発明品は従来SUS316Lと比較して、微細化していることが分かります。

 

図2 従来SUS316L造形体と本発明品の相対密度に及ぼすエネルギー密度の影響。エネルギー密度79.4 J/mm3の条件で造形した組織も表示。

 

図3は異なるスキャン速度で造形した3DプリントSUS316Lの相対密度を示します。この図にはスキャン速度600mm/秒の条件で造形した試料のX線CT(※3)による欠陥評価も示しています。従来のSUS316L粉末を使った3Dプリンティングでは、スキャン速度、すなわち造形速度を速くすると相対密度が下がってしまい、造形性が下がってしまっていました。これに対して、発明品の粉末を使用すると、高速造形を行っても、あまり密度低下が発生しません。この様に、発明品によって、高速造形が可能となりました。

 

図3 異なるスキャン速度で造形した3DプリントSUS316Lの相対密度。スキャン速度600mm/秒の条件で造形した試料のX線CTによる欠陥評価も掲載。

 

引張り強さを調査したところ、スキャン速度200mm/秒で造形した場合、従来SUS316L粉末では576MPaであったのに対し発明品では599MPaに、スキャン速度600mm/秒で造形した場合、従来SUS316L粉末では551MPaであったのに対し発明品では605MPaになり、強度が向上することが見いだされました。また、ビッカース硬さを調査したところ、従来SUS316L粉末を用いた造形体の硬さは、スキャン速度をあげて造形すると下がる傾向があるものの、発明品を用いた造形体の硬さはスキャン速度にあまり依存しないことも明らかになりました。この様に、発明品は、特に高速造形を行った場合に有効な技術と言えます。

 本発明品であるSUS316Lステンレス鋼粉末を用いて造形した、名古屋工業大学学章メダルの写真を図4に示します。

 

 

図4 開発した SUS316Lステンレス鋼粉末を用いて造形した名古屋工業大学学章メダル。

 

【社会的な意義】

 SUS316Lは通常のステンレス鋼と比較しても耐食性が高く、骨接合材、脊髄固定器具、人工関節、骨頭、ガイドワイヤーなどの用途を持つ生体材料でもあります。発明品は食塩水中で、従来粉末を用いた造形体と同等な耐食性を示すことも明らかになり、医療分野への展開も可能となります。

 

【今後の展望】

 本手法は、母材金属に合わせてヘテロ凝固核粒子を選定することで、様々な金属種・合金種を用いた3Dプリンティングに幅広く適用可能であることが特徴です。今後は、他のステンレス鋼や合金系など3Dプリンティング技術に応用が期待される他の金属あるいは合金についても調査を行っていきます。また、添加する異質核粒子の形状やサイズ、添加量を最適化し、さらなる性能発揮を求めていきたいと考えています。

 

【用語解説】

(※1)SUS316Lステンレス鋼・・・Fe-(17~19)質量%Cr-(13~15)質量%Ni-(2。25~3)質量%Moの化学組成を有するステンレス鋼。特に良好な機械的特性、耐食性、溶接性を併せ持ち、化学機器、熱交換器、海洋構造物等に用いられる材料として重要な合金で、3Dプリンタ用材料としても知られる。

 

(※2)ヘテロ凝固核(異質核)・・・凝固の際には、液体が固体になるきっかけが必要で、液体の中に微細な固体粒子があると、それを足場として凝固が発生する。この粒子をヘテロ凝固核(異質核)粒子と呼ぶ。本発明では、このヘテロ凝固の性能の優劣を原子レベルの結晶学的によって検討し、SUS316LにはSrOが適していることを明らかにした。

 

(※3)X線CT・・・CTはコンピュータトモグラフィーの略で、コンピュータ断層撮影とも言う。ステージを360度回転させながらX線を透過し、それを検出器により収集することで、3次元的な像を構築して非破壊的に材料を評価する手法の一種。

 

【論文情報】

論文名:Grain refinement of stainless steel by strontium oxide heterogeneous nucleation site particles during laser-based powder bed fusion

著者名:Yoshimi Watanabe, Tomoki Yuasa, Hisashi Sato, Satoshi Okubo and Kengo Fujimaki

掲載雑誌名:Journal of Materials Processing Technology

公表日:Available online 26 June 2022

DOI: https://doi.org/10.1016/j.jmatprotec.2022.117700

URL: https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0924013622002126

 

【特許情報】

       発明の名称:積層造形用材料及びそれを用いた積層造形体の製造方法

  発明者:渡辺義見、佐藤尚、湯浅友暉、大久保智

  出願人:国立大学法人 名古屋工業大学、地方独立行政法人東京都立産業技術研究センター

  出願番号:特願2021-060497

       出願日:2021年3月31日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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