日本周辺海域の宝石サンゴの成長速度が明らかに
宝石サンゴの保全に貢献
2023年6月28日
公益財団法人 海洋生物環境研究所/国立研究開発法人 産業技術総合研究所/学校法人 立正大学学園
ポイント
・日本周辺海域に分布するアカサンゴ・モモイロサンゴ・シロサンゴの成長速度を鉛210法で推定
・最も成長の遅いアカサンゴが大人の小指ぐらいの太さまで成長するのに40〜70年かかることが判明
・アカサンゴの個体群動態の把握や資源管理、絶滅リスクの評価に貴重な知見を提供 |
概 要
公益財団法人 海洋生物環境研究所【理事長 保科正樹】(以下「海生研」という)中央研究所 山田正俊研究参与、国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村和彦】(以下「産総研」という)地質調査総合センター地質情報研究部門 鈴木淳研究グループ長と、立正大学【学長 寺尾英智】地球環境科学部 岩崎望教授は、準絶滅危惧種(NT)に指定されているアカサンゴ、モモイロサンゴ、シロサンゴについて、鉛210法を用いて成長速度を推定しました。アカサンゴが太くなる速さ(肥大成長速度)は0.21〜0.36 mm/年と推定されました。これは、大人の小指ぐらいの太さである直径15 mmに成長するのに40〜70年かかることを示しています。本研究で推定された成長速度は、現場で約8年間に渡って観察飼育されたアカサンゴの成長速度(参考文献1)と一致し、鉛210法による推定値の確からしさが確認されました。この研究によって得られた成果は、宝石サンゴの保全を図るために、重要な知見となります。
この成果は2023年6月27日(日本時間 15:00)にFrontiers in Marine Science誌(電子版)に掲載されます。
下線部は【用語解説】参照
研究の背景
アカサンゴ、モモイロサンゴ、シロサンゴは、八放(はっぽう)サンゴ綱サンゴ科に属する固着性の刺胞動物(図1)で、国内では相模湾以南の水深75~320 mの海底に生息しています。これらのサンゴは、宝石サンゴとも呼ばれ、古くから骨軸(こつじく)が装身具として用いられており、重要な経済的・文化的価値を持っています。しかし長年にわたって過剰に漁獲されてきたことから、生息数の減少が危惧されてきました。そのため現在、環境省が選定するレッドリストで「準絶滅危惧(NT)」に分類されています。また中国産のアカサンゴ、モモイロサンゴ、シロサンゴなどがワシントン条約の附属書Ⅲに掲載され、国際的な取引が規制されています。
生物個体群の健全性、絶滅リスクの予測や保全のためには、年齢の推定や成長速度は必要不可欠な知見です。
本研究は、(独)日本学術振興会の科学研究費助成事業(20310144:2008~2010年度)、農林水産省の新たな農林水産政策を推進する実用技術開発事業(22032、2010~2012年度)の支援を受けて実施しました。
図1.宝石サンゴとして知られるアカサンゴ(左)、モモイロサンゴ(中)、シロサンゴ(右)の群体
研究内容と成果
本研究では、琉球列島、奄美群島、大隅諸島、高知県沖、小笠原南方の各海域から採集された宝石サンゴの骨軸が太くなる速さ(肥大成長速度)を骨軸断面の鉛210濃度の傾きから推定しました 。アカサンゴでは肥大成長速度が0.21〜0.36 mm/年でした(図2)。これは、大人の小指ぐらいの太さである直径15 mmになるのに40〜70年かかることを示しています。モモイロサンゴでは0.36 mm/年、シロサンゴでは0.36〜0.60 mm/年でした。また、骨軸が伸びる速さ(伸長成長速度)は骨軸断面の鉛210平均濃度を用いた場合と骨軸中心部の鉛210濃度を用いた場合の二つの方法で推定しました(図3)。骨軸断面の鉛210平均濃度を用いた場合、アカサンゴ1.8 mm/年及び8.5 mm/年、シロサンゴ4.7 mm/年でした。アカサンゴの伸長成長速度推定値の相違は、サンプルの大きさや測定部位の相違に起因すると考えられます。
図2.奄美大島沖合産アカサンゴ骨軸の肥大成長速度の推定。骨軸断面の鉛210の傾きから成長速度を推定、半径の成長速度はそれぞれ0.15、0.16 mm/年であり、直径の成長速度は0.31 mm/年となる。※Frontiers in Marine Science誌に掲載された図を改変
図3.奄美大島沖合産アカサンゴ骨軸の伸長成長速度の測定法。骨軸断面の鉛210の傾きから成長速度を推定、AからHまでの伸長成長速度は、骨軸横断面の平均濃度を用いた場合8.5 mm/年、骨軸中心部の濃度を用いた場合6.1 mm/年となる。※Frontiers in Marine Science誌に掲載された図を改変
図4.鹿児島県竹島沖の水深135 mの海底で98ヶ月間飼育されたアカサンゴ。左は飼育前、2005年3月25日。右は飼育後、2013年3月21日、Iの三角から右方向に伸びる枝が飼育期間中に成長、bの部位で成長速度を推定。※PeerJ誌に掲載された図を改変
2022年岩崎らにより発表された研究(参考文献1)では、鹿児島県竹島沖の水深135 mの海底で98ヶ月間飼育されたアカサンゴの肥大成長速度は0.37 mm/年でした(図4)。この値は、本研究でのアカサンゴの成長速度推定値と概ね一致し、鉛210法での推定値の確からしさが確認されました。
本研究で用いた鉛210法は、宝石サンゴの成長速度を計測するために、有効な手法であることがわかりました。そして、宝石サンゴの成長が非常に遅いことは、宝石サンゴの保全を考えていく上で、重要な基礎的知見となります。
また、我々の研究チームでは、最近、日本周辺海域のアカサンゴの遺伝的な集団構造の一部を明らかにすることに成功しました(参考文献2)。各地のアカサンゴの集団が、どのような範囲で遺伝子の交流を持ちながら維持されているかについての情報は、資源管理に向けても、大変貴重な情報となります。アカサンゴなどの宝石サンゴは、海水温の上昇や海洋酸性化、貧酸素化など気候変動の影響も懸念されます。宝石サンゴの成長速度に関する情報や、遺伝的な集団構造に関する知見を収集していくことで、長期的な絶滅リスクの評価にも貢献できると考えています。
論文情報
掲載誌:Frontiers in Marine Science
論文タイトル:Growth rate estimation by 210Pb chronology in precious corals collected off the southern coast of Japan
著者:Masatoshi Yamada, Atsushi Suzuki, Nozomu Iwasaki
発表日: 2023/06/27
DOI: 10.3389/fmars.2023.1091594
関連するプレスリリース
日本周辺海域のアカサンゴの遺伝的な集団構造の一部が明らかに-アカサンゴの保全に貢献-
発表日: 2023/04/27
URL: https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2023/pr20230427/pr20230427.html
参考文献
1) Iwasaki, N., Hasegawa, H., Tamenori, Y., Kikunaga, M., Yoshimura, T., Sawai, H. (2022) Synchrotron μ-XRF mapping analysis of trace elements in in-situ cultured Japanese red coral, Corallium japonicum. PeerJ, 10, e13931. doi: 10.7717/peerj.13931
2) Kise H, Iguchi A, Saito N, Yoshioka Y, Uda K, Suzuki T, Nagano AJ, Suzuki A and Iwasaki N (2023) Genetic population structure of the precious coral Corallium japonicum in the Northwest Pacific. Frontiers in Marine Science. 10, 1052033. doi: 10.3389/fmars.2023.1052033
用語解説
準絶滅危惧種(Near Threatened, NT)
環境省のレッドリスト(絶滅のおそれのある種)のカテゴリーの1つで「現時点での絶滅危険度は小さいが、生息条件の変化によっては「絶滅危惧」に移行する可能性のある種」。
鉛210法
堆積物やサンゴ骨軸に取り込まれた210Pb が固有の半減期で減衰していくことを利用する年代測定法である。
ワシントン条約
絶滅が危惧されている野生動植物の種の国際取引に関する条約で、保護が必要と考えられる野生動植物を規制の厳しい方から附属書Ⅰ、Ⅱ、Ⅲに区分して掲載している。
機関情報
公益財団法人 海洋生物環境研究所
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
立正大学
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このプレスリリースを配信した企業・団体
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- URL https://www.ris.ac.jp/
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