脳の糖鎖が伸びる仕組みを解明

脱髄に関わる糖鎖合成酵素GnT-IXの新たな機能

岐阜大学

2026年1月9日

岐阜大学

脳の糖鎖が伸びる仕組みを解明 〜脱髄に関わる糖鎖合成酵素GnT-IXの新たな機能〜

 

 

本研究のポイント

・GnT-IXは、O-マンノース(Man)型糖鎖と呼ばれる糖鎖の枝分かれを作る酵素で、脳に特異的に存在し、脱髄(だつずい)疾患や脳腫瘍などに関わることがわかっています。

・GnT-IXを欠損したマウスでは、O-Man型糖鎖が伸びた先に作られるケラタン硫酸と呼ばれる糖鎖の量が大きく減少していました。

・ケラタン硫酸合成酵素群は、枝分かれしたO-Man型糖鎖に作用しやすかったことから、O-Man型糖鎖の分岐は糖鎖を伸長させる役割を持つことがわかりました。

 

 

研究概要

 岐阜大学糖鎖生命コア研究所の木塚 康彦教授、自然科学技術研究科修士課程2年生の伊藤 智哉さんらの研究グループは、ミシシッピ大学、大阪大学、東京都健康長寿医療センター研究所との共同研究で、脳においてO-マンノース(Man)型糖鎖と呼ばれる糖鎖が伸びる仕組みを解明しました。

 タンパク質に付く糖鎖には膨大な種類が存在しており、その形はタンパク質によって異なります。これら糖鎖は、細胞の中で多くの糖鎖合成酵素の働きによって作られ、様々な疾患との関わりが報告されています。一方、糖鎖合成酵素の働きや糖鎖の作られ方を制御する仕組みについては不明な点が多く残されています。

 本研究では、脳において脱髄疾患などに関わるO-Man型糖鎖に着目しました。O-Man型糖鎖は、脳に特異的に存在するGnT-IX(別名MGAT5B)と呼ばれる糖鎖合成酵素によって枝分かれ構造が作られます。GnT-IXは脱髄疾患や脳腫瘍との関わりが報告されていますが、その分子メカニズムはよくわかっていません。本研究では、GnT-IXを欠損するマウスの脳ではO-Man型糖鎖が伸びにくくなること、またO-Man型糖鎖を伸ばしてケラタン硫酸と呼ばれる糖鎖を作る酵素は、枝分かれしたO-Man型糖鎖に作用しやすいことが明らかになりました。本研究は、脳における糖鎖合成の仕組みの解明や、脱髄疾患の病態解明へつながることが期待されます。

 本研究成果は、現地時間2026年1月7日にThe Journal of Biological Chemistry誌のオンライン版で発表されました。

 なお、本研究は、文部科学省の大規模学術フロンティア促進事業「ヒューマングライコームプロジェクト」による支援を受けています。

本研究の概要図

 

 

研究背景

 糖鎖1)とは、グルコースなどの糖(動物では約10種類の糖が存在)が枝分かれしながら鎖状につながったもので、多くはタンパク質や脂質などに結合した状態で存在しています。タンパク質に付いている糖鎖には様々な形のものがあり、タンパク質ごとに糖鎖の形が異なること、また同じタンパク質でも、臓器ごとに糖鎖が異なること、健康なときと病気のときとで糖鎖の形が変化することなどが知られています。特に、疾患特異的な糖鎖の変化は、実際に医療の現場でがんの診断などに使われており、糖鎖の変化をもたらす仕組みの解明は、医療応用を考える上でも重要です。

 タンパク質に付く糖鎖は、細胞の中で糖転移酵素2)(糖鎖合成酵素)と呼ばれる酵素の働きによって作られます。ヒトの体内には、約180種類の糖転移酵素が存在し、それらの働きが厳密に制御されることで膨大な種類の糖鎖が作られます。また糖鎖はしばしば枝分かれ構造を作ったり、様々な長さに伸長したりしますが、その仕組みや意義については不明な点が多く残されています。

 GnT-IX(MGAT5Bとも呼ばれる)3)は、脳に特異的に存在する糖転移酵素で、タンパク質に付いたO-マンノース(Man)型糖鎖4)と呼ばれる糖鎖に作用して、枝分かれ構造を作る酵素です(図1A)。これまでの研究で、GnT-IXを欠損したマウスでは脱髄5)疾患からの回復が早いことや、GnT-IXを欠損させたがん細胞では、脳腫瘍の一種であるグリオーマ6)の生育が抑えられることなどが報告され、GnT-IXが作る枝分かれしたO-Man型糖鎖と疾患との関わりが明らかになってきています。このように、GnT-IXと疾患との関わりがわかってきた一方で、O-Man型糖鎖がタンパク質の働きをどのように制御するのかはよくわかっていません。糖鎖は一般に、色々な形に伸びることで多彩な機能を発揮します。これまでに、枝分かれのないO-Man型糖鎖が様々な形に伸びることは知られていましたが、枝分かれしたO-Man型糖鎖がどのように伸びるのかは不明でした(図1B)。そこで本研究では、GnT-IX欠損(KO7))マウスを用い、枝分かれしたO-Man型糖鎖の伸長について調べました。

 

図1 GnT-IXが作る糖鎖構造

A: O-Man型糖鎖は、タンパク質のセリン(S)またはスレオニン (T)に付く糖鎖で、GnT-IXによって枝分かれ構造が作られる。

B: O-Man型糖鎖は、伸長されて様々な末端構造を持つ。一方、GnT-IXによって枝分かれ構造が作られたあとのO-Man型糖鎖がどのように伸長していくかはよくわかっていない。

 

 

研究成果

 まず、GnT-IX KOマウスの脳を用い、O-Man型糖鎖の先に伸びる糖鎖構造について調べました。その結果、伸びた糖鎖の末端に存在する構造の一つで、ケラタン硫酸8)と呼ばれる構造が、GnT-IX KOマウスで大幅に減少していることがわかりました(図2A, B)。ケラタン硫酸は、脳や角膜などに多く存在する、繰り返し構造を持つ長い糖鎖で(図2C)、Phosphacan9)など特定のタンパク質の糖鎖にのみ存在しています。また機能的には、脳において神経の再生を抑制する働きがあることなどがわかっています。本研究により、脳においてケラタン硫酸が正常に作られるためには、O-Man型糖鎖の枝分かれが必要であることがわかりました。このことから、GnT-IXが作る枝分かれ構造は、O-Man型糖鎖の伸長を促進する働きがあることが示唆されました。

 

図2 GnT-IX欠損マウスにおけるケラタン硫酸の減少

A : GnT-IXを持つマウスと持たないマウスの脳のタンパク質を抽出し、phosphacanとケラタン硫酸を検出した。

B : Aの実験で、赤い矢印で示されるケラタン硫酸を持つタンパク質のシグナルの強さを定量した結果。

C : ケラタン硫酸の構造。Sは硫酸を表す。

 

 ケラタン硫酸は、B4GALT1、B4GALT4、B3GNT7、CHST1、CHST2、CHST6など複数の酵素によって作られる長い糖鎖です (図3) 。ケラタン硫酸を作るこれらの酵素の働きと、O-Man型糖鎖の根本の枝分かれの有無についてはこれまでわかっていませんでしたが、GnT-IXの欠損によりケラタン硫酸が大きく減少したことから、これらの酵素は直鎖よりも枝分かれした O-Man型糖鎖に働きやすい可能性が考えられました。

 

図3 ケラタン硫酸の構造と生合成酵素

 

 そこで、これら6種類のケラタン硫酸合成酵素をそれぞれ精製し、直鎖と分岐鎖のO-Man型糖鎖を基質 10)として用いた酵素反応を行い、酵素活性が枝分かれの有無で異なるかどうかを調べました(図4A)。その結果、特にB4GALT1、B4GALT4、CHST1については、直鎖よりも分岐鎖に対して著しく高い活性を示すことがわかりました (図4B) 。このことから、O-Man型糖鎖がGnT-IXによって枝分かれすると、ケラタン硫酸の合成酵素が働きやすくなり、多くのケラタン硫酸が作られます。したがって、GnT-IX KOマウスの脳でケラタン硫酸が減少したのは、O-Man型糖鎖の枝分かれがなくなって、ケラタン硫酸合成酵素が働きにくくなったためと考えられます。

 

図4 O-Man型糖鎖の枝分かれがケラタン硫酸合成酵素に与える影響

A : 6種のケラタン硫酸合成酵素を精製し、それぞれ枝分かれのない直鎖のO-Man型糖鎖および枝分かれのあるO-Man型糖鎖を基質として、酵素活性を測定した。

B : 測定した酵素活性の結果をグラフで表す。比活性とは、酵素の重量と反応時間あたりに酵素が作った生成物の量を表す。

 

 

今後の展開

 本研究では、GnT-IXにより作られるO-Man型糖鎖の枝分かれ構造が糖鎖の伸長を促進し、末端のケラタン硫酸の合成に寄与していることを明らかにしました。本研究で明らかになったメカニズムは、ケラタン硫酸以外の末端の糖鎖構造にも共通している可能性があり、O-Man型糖鎖の枝分かれの意義の解明につながると期待されます。さらに、GnT-IXは脱髄疾患やグリオーマに関与し、ケラタン硫酸は神経の再生に関わることなどから、本研究の成果は今後、これら神経系疾患の病態解明に貢献することが期待されます。

 

 

用語解説

1)糖鎖:グルコース (ブドウ糖) などの糖が鎖状につながった物質。遊離の状態で存在するものもあれば、タンパク質や脂質に結合した状態のものもある。デンプン、グリコーゲンなどの多糖は数多くの糖がつながり、糖鎖だけで遊離の状態で存在する。一方タンパク質に結合したものは、数個から20個程度の糖がつながったものが多い。

 

2)糖転移酵素:糖鎖を合成する酵素のことで、ヒトでは180種類程度存在することが知られている。主に、細胞の中のゴルジ体と呼ばれる小器官に存在している。

 

3)GnT-IX:糖鎖を合成する糖転移酵素の一種で、細胞の中のゴルジ体に存在し、O-Man型糖鎖の枝分かれ構造を作る。MGAT5Bとも呼ばれる。

 

4)O-マンノース型糖鎖:タンパク質に付く糖鎖の種類の1つで、タンパク質のセリン残基(アミノ酸の1文字表記法でSと表記)もしくはスレオニン残基(1文字表記でT)にマンノース(Man)という糖が結合している。この糖鎖の形成異常はある種の筋ジストロフィーの原因となる。GnT-IXはこの糖鎖の分岐構造を作る。

 

5)脱髄:神経細胞は、軸索と呼ばれる長い突起に電気を通すことで、軸索でつながった別の神経細胞に情報を伝達する。通常、軸索が髄鞘と呼ばれる絶縁体に覆われて保護されることで正常に電気が伝達されるが、さまざまな原因により髄鞘が破壊されることがあり、それを脱髄と言う。脱髄が起こると神経の正常な情報伝達ができなくなり、しびれや麻痺を引き起こす。

 

6)グリオーマ:脳腫瘍の一つで、神経膠腫とも呼ばれる。脳を構成する細胞のうち、グリア細胞が腫瘍化したもの。脳腫瘍の中で最も多い。

 

7)KO (knockout):特定の遺伝子を改変してその機能を失わせること。現在では、世界中の研究室で、ゲノム編集技術などにより培養細胞や実験モデル動植物などの遺伝子のノックアウトが行われている。

 

8)ケラタン硫酸:タンパク質に付いた糖鎖の末端構造の一つ。硫酸(Sと表記)を持った二糖が繰り返し鎖状につながった構造を持つ。神経系では、神経軸索の再生や、神経変性疾患などに関わることが知られている。

 

9)Phosphacan:脳に存在するタンパク質の一種で、O-Man型糖鎖が付いており、その先にケラタン硫酸が付いていることがわかっている。

 

10)基質:化学反応における出発物質のこと。反対に、化学反応の結果できるものを生成物(産物)と言う。酵素は、自身が行う反応において、特定の構造を持った基質を厳密に認識することから、酵素と基質は鍵と鍵穴の関係に例えられる。

 

 

論文情報

雑誌名:The Journal of Biological Chemistry

論文タイトル:Enzymatic basis of branching and extension of O-Man glycans for keratan sulfate biosynthesis

著者:Tomoya Itoh, Hidenori Tanaka, Mohit Pareek, Masamichi Nagae, Hiroshi Manya, Akemi Ido, Sushil K. Mishra*, Yasuhiko Kizuka* (*共同責任著者)

DOI: 10.1016/j.jbc.2026.111140

 

 

 

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プレスリリース添付画像

本研究の概要図

図1

図2

図3

図4

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