75歳以上の2型糖尿病、SGLT2阻害薬で死亡・透析リスクが 低い可能性
500万人規模の医療ビッグデータから
【概要】
野間久史 統計数理研究所/総合研究大学院大学教授、後藤温 横浜市立大学医学部教授、福田治久 九州大学大学院医学研究院准教授らの研究グループは、75歳以上の2型糖尿病患者におけるSGLT2阻害薬※1またはDPP-4阻害薬※2の使用が、死亡、心血管疾患、腎疾患などのリスクとどのように関連するかを分析しました。
75歳以上の高齢者では、糖尿病に加えて、心疾患、腎機能低下、脳卒中、フレイルなど複数の健康問題を抱えることが多いため、ランダム化臨床試験※3に含めることが難しく、日常診療でどの糖尿病治療薬を選択することが望ましいのかについての直接的な科学的根拠は限られていました。本研究では、日本の自治体が保有する医療・健診情報を統合した500万人規模の大規模医療データベースであるLIFE Study※4をもとに、最新のデータサイエンスの方法である標的試験エミュレーション※5を実施しました。
75歳以上の2型糖尿病患者8,486人を対象として、SGLT2阻害薬を新たに開始した2,204人と、DPP-4阻害薬を新たに開始した6,282人を比較しました。その結果、SGLT2阻害薬を開始した群では、DPP-4阻害薬を開始した群に比べ、死亡のリスクが相対的に約32%低いことが示されました。ハザード比※6は0.677、95%信頼区間は0.500–0.916でした。また、末期腎不全または透析導入のリスクも、SGLT2阻害薬群では相対的に約63%低いことが分かりました。一方、心不全による入院と心筋梗塞については、主要解析で両群の間に明確な差は認められませんでした。また、脳卒中はSGLT2阻害薬群で多く観察されました。本研究は、⾼齢者における治療薬の選択が予後に影響する可能性を⽰し、臨床現場での治療⽅針決定に重要な知⾒を提供するものです。
本研究成果は、2026年8月19日に老年医学分野の国際学術誌「Age and Ageing」にオンライン掲載されました。
図1:約500万人規模のLIFE Studyを用いた、75歳以上の2型糖尿病患者におけるSGLT2阻害薬とDPP-4阻害薬の比較研究。
【研究の背景】
2型糖尿病は、高齢者に多くみられる代表的な慢性疾患です。特に75歳以上では、糖尿病そのものだけでなく、心不全、心筋梗塞、脳卒中、腎不全、身体機能の低下などが、その後の生活の質や生命予後に大きく影響します。
一方、同じ「75歳以上」であっても、健康状態には大きな個人差があります。活動的で自立した生活を送っている人がいる一方、複数の病気を抱え、フレイルや脱水、低血圧、副作用の影響を受けやすい人もいます。このため、高齢者の糖尿病治療では、血糖値を下げることだけでなく、心臓や腎臓を守ること、安全性を確保すること、生活機能を維持することを同時に考える必要があります。
SGLT2阻害薬は、腎臓で糖が再吸収される仕組みを抑え、余分な糖を尿中に排出する薬です。血糖を下げる効果に加えて、心不全や腎疾患のリスクを低下させることが、大規模な臨床試験から示されてきました。しかし、これまでの試験の多くはプラセボとの比較であり、75歳以上を対象として設計されたものではありませんでした。これに対してDPP-4阻害薬は、低血糖を起こしにくく、比較的使用しやすいことから、日本の高齢者の日常診療で広く使われています。
75歳以上の患者について、これら2種類の薬を直接比較した科学的根拠は限られていました。高齢者を対象とする長期間のランダム化臨床試験は、健康状態の個人差が大きいこと、複数の薬を使用していること、治療内容が途中で変更されやすいことなどから、実施が容易ではありません。
さらに日常診療では、患者の状態によって医師が薬を選択します。例えば、心不全や腎疾患のある高リスク患者にSGLT2阻害薬が優先的に処方される場合、単純に治療後の結果を比べるだけでは、薬の効果と、もともとの患者背景の違いを区別できません。
図2:標的試験エミュレーションによる主要結果。SGLT2阻害薬の開始は、DPP-4阻害薬の開始に比べ、全死亡および末期腎不全・透析導入のリスクが低いことと関連した。
そこで本研究では、LIFE Studyに蓄積された大規模なリアルワールドデータを用い、標的試験エミュレーションという方法によって、SGLT2阻害薬を開始した場合とDPP-4阻害薬を開始した場合を、あたかも理想的な臨床試験で比較したかのように分析しました。
【研究方法・成果】
本研究では、LIFE Studyに含まれるレセプト(診療報酬明細書)、病名情報、薬剤処方、入院、死亡、健診・検査情報を連結したデータを解析しました。対象期間は2014年4月から2024年9月までで、19自治体、約505万人の住民情報が含まれています。
解析対象は、75歳以上の2型糖尿病患者のうち、過去12か月間にSGLT2阻害薬またはDPP-4阻害薬の使用がなく、いずれかの薬による治療を新たに開始した人です。治療開始時の健診情報が利用できることを条件とし、すでに末期腎不全または透析中の人、活動性のがんがある人、緩和ケアを受けている人などは除外しました。
最終的に、SGLT2阻害薬群2,204人、DPP-4阻害薬群6,282人の計8,486人が対象となりました。追跡期間の中央値は3.0年でした。
治療開始前のデータを見ると、SGLT2阻害薬群には、心不全、慢性腎臓病、心血管疾患などをすでに抱えている人が多く含まれていました。そこで、年齢、性別、BMI、血糖値、血圧、腎機能、喫煙、飲酒、心不全、脳卒中、心疾患、使用薬剤、治療開始年など、多数の背景要因を統計学的に調整し、比較する2群の条件を可能な限りそろえました。
また、治療開始直後に起こるイベントは、薬の効果ではなく、もともとの病状の悪化や臨床的な不安定さを反映している可能性があります。このため、死亡、心血管疾患、腎疾患の主要解析では、治療開始後1か月を導入期間とし、この期間に起こったイベントを主要な治療後アウトカムには含めず、その後から比較を開始しました。
主な結果は以下の通りです。
・全死亡のリスクは、SGLT2阻害薬群で相対的に約32%低かった
ハザード比0.677、95%信頼区間0.500–0.916
・3年間の死亡リスクは、SGLT2阻害薬群で5.0%、DPP-4阻害薬群で8.7%だった
絶対差は3.7ポイント。観察研究に基づく仮想的な換算では、27人が3年間SGLT2阻害薬を開始した場合、死亡1件の減少に相当すると推定されました。
仮想的治療必要数(number needed to treat)※7 27.0、95%信頼区間17.9–55.6
・末期腎不全または透析導入のリスクは、SGLT2阻害薬群で相対的に約63%低かった
ハザード比0.374、95%信頼区間0.157–0.890
ただし、発生件数は多くないため、推定値の大きさについては慎重な解釈が必要です。
・心不全による入院と心筋梗塞については、主要解析で明確な差を認めなかった
心不全入院:ハザード比1.103、95%信頼区間0.854–1.426
心筋梗塞:ハザード比1.015、95%信頼区間0.768–1.341
・脳卒中はSGLT2阻害薬群で多く観察されたが、慎重な解釈が必要
治療開始時の選択に基づく主要解析では、ハザード比1.420、95%信頼区間1.165–1.828でした。
一方、当初の薬を継続した場合を想定した解析では、ハザード比は1.110、95%信頼区間0.866–1.424まで縮小し、明確な差は認められませんでした。
安全性については、重症低血糖や尿路感染症に明確な差は認められませんでした。一方、当初の薬を継続した場合を想定した解析では、性器感染症がSGLT2阻害薬群で多く観察されました。これは、SGLT2阻害薬について従来から知られている副作用と整合する結果です。
研究グループは、治療薬を開始した時点で比較する解析に加え、治療の継続を考慮した解析、腎機能データが確認できる人だけに限定した解析、死亡を脳卒中の競合イベントとして扱う解析など、複数の方法で結果を検証しました。全死亡については、多くの解析でSGLT2阻害薬群のリスクが低い方向を示しましたが、一部の解析では信頼区間が広くなり、統計学的な不確実性も残りました。
特に脳卒中の結果については、SGLT2阻害薬が脳卒中を直接増やしたと解釈すべきではありません。治療開始前のSGLT2阻害薬群には、心不全、腎疾患、心房細動、脳卒中歴などを持つ人が多く、統計的な調整後も、フレイル、血管病変の程度、医師が薬を選んだ理由など、データに含まれない背景差が残った可能性があります。また、死亡リスクが異なる場合、死亡した人はその後に脳卒中を経験しないという「競合」の影響も生じます。
したがって、本研究の結果は「75歳以上であれば誰にでもSGLT2阻害薬を使用すべき」という意味ではありません。全死亡や腎アウトカムに関する好ましい関連と、脳卒中や性器感染症などの注意点の双方を踏まえ、一人ひとりの状態に応じて治療を選ぶことが重要です。
【研究の意義】
本研究の第一の意義は、これまで臨床試験で十分な科学的根拠を得ることが難しかった75歳以上の2型糖尿病患者に焦点を当てた点です。75歳以上は、糖尿病治療を実際に多く必要とする年代である一方、併存疾患やフレイルのため臨床試験から除外されやすく、治療についての「エビデンスの空白」が生じやすい集団です。本研究は、この空白に実臨床データから新たな科学的根拠を与えるものです。
第二の意義は、SGLT2阻害薬をプラセボと比較したのではなく、日常診療で高齢者に広く使用されているDPP-4阻害薬と直接比較した点です。臨床現場で医師と患者が直面するのは、多くの場合、「薬を使うか使わないか」ではなく、「複数の選択肢の中からどの薬を選ぶか」という問題です。本研究は、より実際の診療に近い問いに答えています。
第三の意義は、約500万人規模の医療データ基盤と、標的試験エミュレーションという統計的因果推論の方法を組み合わせた点です。治療開始前の背景条件、治療を選択する時点、追跡の開始時点を明確にそろえるとともに、治療開始直後の臨床的不安定さの影響を抑える1か月の導入期間を設定しました。これにより、通常の診療データを単純に比較する場合に生じやすいバイアスを減らし、臨床試験に近い問いをリアルワールドデータで検討しました。
ただし、本研究は大規模な診療データを用いた観察研究であり、ランダム化臨床試験ではありません。統計学的に多数の背景要因を調整しているものの、フレイル、身体機能、服薬状況、血管病変の重症度、医師が薬を選んだ理由など、データに含まれていない要因の影響を完全に取り除くことはできません。また、腎機能、喫煙、飲酒など一部の情報には欠測があり、診療報酬データに基づく病名やアウトカムの誤分類もあり得ます。LIFE Studyに参加する自治体のデータに基づくため、日本全体や海外の患者にそのまま当てはまるとは限りません。
本研究の結果は、患者さんが自己判断で現在の糖尿病治療薬を中止したり、別の薬へ変更したりすることを推奨するものではありません。SGLT2阻害薬の使用にあたっては、腎機能、心不全、脳卒中歴、血圧、脱水への弱さ、フレイル、感染症のリスク、併用薬などを総合的に考慮し、主治医と相談して決定する必要があります。
【今後の展望】
今後は、日本国内の他の医療データベースや海外データを用いて、本研究結果を再検証することが必要です。特に、脳卒中については、虚血性脳卒中と出血性脳卒中の違い、治療開始前の脳血管病変、血圧や体液量の変化、フレイルや脱水の影響などを詳しく調べる必要があります。
また、より長期間の追跡、個々のSGLT2阻害薬間の比較、心不全や慢性腎臓病の有無に応じた評価、介護認定、日常生活動作、転倒、入院、生活の質など、高齢者にとって重要な幅広いアウトカムの検討も求められます。リアルワールドデータによる検証と、実施可能な臨床試験を相互に組み合わせることが重要です。
今回の成果は、日本発の大規模医療データと、統計的因果推論・標的試験エミュレーションに代表されるデータサイエンスを活用することで、臨床試験だけでは答えることが難しい高齢者医療の重要課題に対し、実践的なエビデンスを生み出せることを示したと考えることもできます。こうした研究の積み重ねにより、年齢だけで一律に治療を決めるのではなく、一人ひとりの健康状態や価値観に応じた個別化医療の実現に貢献することが期待されます。
【用語解説】
※1 SGLT2阻害薬(sodium–glucose cotransporter 2 inhibitors)
腎臓で糖が血液中に再吸収される働きを抑え、尿中への糖の排出を増やすことで血糖値を下げる薬です。心不全や腎疾患に対する保護効果も報告されています。一方、脱水、性器感染症などに注意が必要です。
※2 DPP-4阻害薬(dipeptidyl peptidase-4 inhibitors)
血糖値に応じてインスリン分泌を促す消化管ホルモンの働きを保つことで、血糖値を下げる薬です。単独では低血糖を起こしにくく、比較的使用しやすいことから、日本の高齢者に広く処方されています。
※3 ランダム化臨床試験(randomized clinical trial)
参加者をランダムに複数の治療群へ割り付け、治療効果を比較する臨床試験です。患者背景の偏りを抑え、薬の効果を評価するうえで信頼性が高い研究デザインの一つとされています。
※4 LIFE Study
自治体が保有する保健・医療・介護データを個人単位で統合し、20年間を追跡することを目指した大規模データベースプロジェクトです。九州大学との契約締結により学術利用することができ、本研究では統計数理研究所と九州大学との契約締結によりデータ利用が行われました。LIFE Studyの詳細はウェブサイトを参照ください(https://life.lifestudylab.org/)。
※5 標的試験エミュレーション(target trial emulation)
リアルワールドの診療データを用い、「理想的なランダム化臨床試験を行うとすれば、誰を対象とし、いつ治療を開始し、何と何を比較し、どの時点から追跡するか」をあらかじめ明確に定め、その試験を可能な限りデータ上で再現する方法です。患者背景の違いなどによるバイアスを減らし、治療効果に関する因果的な問いを検討するために用いられます。
※6 ハザード比・95%信頼区間(hazard ratio; HR、95% confidence interval; CI)
ハザード比は、追跡期間中に死亡や病気などのイベントが発生する速さを2群で比較する指標です。1より小さい場合は比較対象群よりリスクが低く、1より大きい場合は高いことを示します。95%信頼区間は、推定値にどの程度の統計学的な不確実性があるかを示します。
※7 仮想的治療必要数(number needed to treat)
2つの治療群の一定期間後の絶対リスクの差から、「一つのイベントを減らすために何人を治療する必要があるか」を換算したものです。本研究の27人という値は、観察研究による標的試験エミュレーションから得られた3年間の仮想的・時間依存的な推定であり、ランダム化臨床試験で直接得られた治療必要数ではありません。
【発表論文】
タイトル
Real-world effectiveness of SGLT2 inhibitors in adults aged 75 years or older: a target trial emulation
(75歳以上の成人におけるSGLT2阻害薬のリアルワールドでの有効性:標的試験エミュレーション)
著者 野間久史、後藤温、杉本大貴、砂田寛司、小田太史、前田恵、福田治久
掲載誌 Age and Ageing
DOI 10.1093/ageing/afag246
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このプレスリリースを配信した企業・団体
- 名称 情報・システム研究機構 統計数理研究所
- 所在地 東京都
- 業種 その他教育
- URL https://www.ism.ac.jp/
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