幼少期自然体験が、将来の「生物多様性教育」につながる可能性

小中学校教諭662名の調査から、自然との心理的なつながりを介した関連を明らかに

1.ポイント

・東京都八王子市の小学校・中学校教諭662名を対象に、「幼少期自然体験」注1、「自然との心理的なつながり」注2、「生物多様性教育注3の実践」の関係を分析しました。

・幼少期自然体験が豊かな教員ほど、現在の自然との心理的なつながりが強く、さらに、自然との心理的なつながりが強い教員ほど、より幅広い生物多様性教育を実践しているという一貫した関連が確認されました。

・一方、生物多様性教育を進める上では、他教科の準備等による多忙さ、動植物や自然に関する知識不足、教材

・資料の不足などが主な課題として挙げられました。

・生物多様性教育を充実させるためには、教材や研修などの環境整備だけでなく、教員自身が自然に触れ、自然とのつながりを育む機会をつくることの重要性が示唆されます。

                                                

2.概要

 

生物多様性の損失が世界的な課題となる中、学校教育には、子どもたちが生物や生態系について学び、自然や環境への関心を育む役割が期待されています。こうした教育を実践する上で中心的な役割を担うのが教員です。しかし、生物多様性に関する教育をどの程度、どのような形で実践するかは学校教員によって異なります。そこで本研究では、東京都八王子市の公立小学校・中学校教諭を対象としたアンケート調査から、学校教員の「幼少期自然体験(Childhood Nature Experiences: CNE)」と、現在の「自然との心理的なつながり(Nature Relatedness: NR)」に着目しました。そして、これらが生物多様性教育の実践とどのように関連しているのかを、構造方程式モデリング(SEM)注4によって分析しました。その結果、小学校・中学校、理科教員・非理科教員という異なる教員グループのいずれにおいても、幼少期自然体験が豊かな教員ほど自然との心理的なつながりが強く、自然との心理的なつながりが強い教員ほど生物多様性教育の実践数が多いという共通した関係が確認されました。本研究は、学校での生物多様性教育が、カリキュラムや教材といった制度的な条件だけではなく、学校教員自身がこれまで自然とどのように関わってきたかという個人的な経験や、自然に対する心理的なつながりとも関連していることを定量的に示したものです。

本研究成果は、2026年8月29日付け(日本時間)でSpringer Natureが発行する学術誌「Biodiversity and Conservation」に掲載されました。

 

3.研究の背景

生物多様性は、遺伝子、種、生態系などさまざまなレベルの生命の多様性を含む概念であり、その保全は現代社会の重要な環境課題の一つです。こうした課題について社会の理解と行動を促すために、学校教育は重要な役割を担っています。特に小・中学校段階で自然や生物に触れ、環境問題について考える経験は、その後の自然や環境に対する意識を形成する重要な機会となります。

一方、日本の小・中学校では「生物多様性教育」という独立した教科があるわけではありません。理科を中心として、小学校の生活科や総合的な学習の時間など、さまざまな場面を通じて関連する学習が行われています。そのため、生物多様性に関する学習をどのように実践するかについて、教員が果たす役割は大きいと考えられます。

本研究では、こうした教員間の実践状況の違いに影響する要因を理解するため、専門分野や年齢などに加えて、子ども時代の自然体験と自然との心理的なつながりに注目しました。

 

4.研究の詳細

2022年6月から7月にかけて、東京都八王子市の公立小学校および中学校に勤務する常勤教諭を対象にアンケート調査を実施しました。解析対象となった学校教員は662名で、小学校教諭416名、中学校教諭216名などから回答を得ました。調査では主に、1. 生物多様性教育として実践している活動、2. 生物多様性教育を実践する際に感じている課題、3. 幼少期(6~12歳頃の)自然体験、4. 現在の自然との心理的なつながり、5. 年齢、性別、専門分野などの属性について尋ねました。生物多様性教育については、校内での自然観察、動植物の飼育・栽培、生態系についての学習、人間活動による生態系への影響、地域や地球規模の環境問題についての議論、自然保全活動など14種類の実践について調べ、その実践数を指標として分析しました。さらに、幼少期自然体験、自然との心理的なつながり、年齢、性別、生物多様性教育の実践の関係を構造方程式モデリング(SEM)によって解析しました。

 

「子ども時代の自然体験」から「自然とのつながり」、そして教育実践へ

本研究で最も特徴的だったのは、小学校教諭、中学校教諭、理科を専門とする教諭、理科を専門としない教諭のすべてで共通した関係が確認されたことです(図)。幼少期において自然の中でさまざまな経験をしていた教員ほど、成人後の自然との心理的なつながりが強く、自然とのつながりが強い学校教員ほど、より多くの種類の生物多様性教育を実践していました。つまり、幼少期の自然体験そのものが直接現在の授業を決めるというよりも、自然体験がその後の自然に対する心理的なつながりと関連し、それが学校教員としての教育実践にも関連しているという構造が示されました。

 

 

図 生物多様性教育実践数、自然との心理的なつながり(Nature Relatedness: NR)、および幼少期自然体験(Childhood Nature Experiences: CNE)に関する構造方程式モデリング(SEM)の標準化パス係数。 a)小学校教員、b)中学校教員、c)理科教員、d)非理科教員。 アスタリスク(*)は統計的有意水準を示す:p < 0.05、 ** p < 0.01、 *** p < 0.001。

 

一方、年齢は自然との心理的なつながりとは正の関連を示しましたが、生物多様性教育の実践数への直接的な効果は認められませんでした。この結果は、単に年齢や教職経験を重ねることだけではなく、自然との心理的・感情的な関係が教育実践を考える上で重要である可能性を示しています。

 

小学校教員と理科教員ほど多くの実践

生物多様性教育の実践数は、小学校教諭で平均3.6、中学校教諭で平均2.2でした。小学校では、校内の自然観察(56.5%)、植物の栽培・観察(55.5%)、生き物の飼育・観察(46.9%)など、自然に直接触れる体験型の活動が多く行われていました。これに対して中学校では、「人間活動が生物や生態系に及ぼす影響」(30.5%)や「地球規模の環境問題」(30.5%)など、知識や議論を中心とした活動が比較的多くみられました。また、理科を専門とする教員の実践数は平均4.7で、非理科教員の平均2.9を上回りました。

 

「時間」「知識」「教材」が教育実践の壁に

生物多様性教育を実施する上での課題も明らかになりました。小学校・中学校ともに半数を超える学校教員が、他の教科等の準備で忙しいことを課題として挙げました。また、植物、動物、自然に関する知識が不足していることも、小学校・中学校ともに約半数の教員が課題として認識していました。さらに、小学校では51.0%の教諭が、教材や資料が十分ではないことを課題として挙げました。そして、認識している課題の数が多い学校教員ほど、生物多様性教育の実践数が少ないという負の相関も確認されました。

 

5.研究の意義と波及効果

今回の結果は、生物多様性教育を広げていくためには、「何を教えるか」だけでなく、「教える人が自然とどのような関係を築いているか」にも目を向ける必要があることを示唆しています。教育現場への支援としては、学校教員の負担を軽減するとともに、地域の自然環境に即した使いやすい教材を提供することや、生物・自然について学べる研修を充実させることが重要です。さらに、教員研修などに地域の自然環境での直接的な体験を取り入れることで、知識を増やすだけでなく、教員自身が自然との関わりを深めることも、生物多様性教育の充実につながる可能性があります。より長期的には、子どもの頃から自然に触れる機会を確保することが、自然を大切にする市民を育てるだけでなく、将来、教育を担う人々の生物多様性教育への関わりにもつながる可能性があります。

 

ただし、本研究は東京都八王子市という一つの地域を対象とした調査であるため、結果をそのまま日本全国や他国の教育現場に一般化することには注意が必要です。また、学校周辺の自然環境や緑地へのアクセス、学校における支援体制なども、生物多様性教育の実践に影響する可能性があります。今後は、都市化の程度や自然環境、学校・自治体からの支援体制なども考慮しながら、異なる地域で検証する必要があります。

 

6.用語解説

(注1)幼少期自然体験(Childhood Nature Experiences: CNE)

本研究では、6~12歳の頃に経験した11種類の自然に関わる活動について、その頻度を質問して評価しました。

 

(注2)自然との心理的なつながり(Nature Relatedness: NR)

自分自身が自然界とどの程度、感情的・認知的につながっていると感じているかを表す心理的な概念です。本研究では、学術的によく用いられている「Nature Relatedness-6(NR-6)」尺度によって評価しました。

 

(注3)生物多様性教育

本研究では、生物や生態系の観察、動植物の飼育・栽培、生態系や絶滅危惧種などについての学習、環境問題についての議論、自然保全活動など、生物多様性に関連する教育実践を指します。本研究では生物多様性教育の取り組みを評価するため、それらの実践項目数を評価しました。

 

(注4)構造方程式モデリング(Structural Equation Modeling: SEM)

複数の要因の間にどのような関連があるかを、一つのモデルの中で統計的に検討する手法です。本研究では、子ども時代の自然体験、自然との心理的なつながり、年齢、性別、生物多様性教育の実践の関係を分析するために使用しました。

 

7.論文情報

掲載誌:Biodiversity and Conservation

タイトル:From Childhood Nature Experiences to Classroom Practice: Factors associated with Biodiversity Education among Japanese Teachers

著者:Saki Rikukawa, Ryo Yoshizawa, Yoshiatsu Tanaka, Shinya Numata

DOI:10.1007/s10531-026-03462-1

URL:https://link.springer.com/article/10.1007/s10531-026-03462-1

 

本プレスリリースは発表元が入力した原稿をそのまま掲載しております。また、プレスリリースへのお問い合わせは発表元に直接お願いいたします。

プレスリリース添付画像

このプレスリリースには、報道機関向けの情報があります。

プレス会員登録を行うと、広報担当者の連絡先や、イベント・記者会見の情報など、報道機関だけに公開する情報が閲覧できるようになります。

プレスリリース受信に関するご案内

このプレスリリースを配信した企業・団体

SNSでも最新のプレスリリース情報をいち早く配信中

過去に配信したプレスリリース