緊急事態宣言後、若者の精神科受診が増加
~宣言期間が長い地域で増加が大きい傾向~
2026年10月20日
早稲田大学
緊急事態宣言後、若者の精神科受診が増加
~宣言期間が長い地域で増加が大きい傾向~
発表のポイント
●日本全国の医療保険データを用いて、2013年から2024年までの精神科医療の利用状況を分析しました。
●新型コロナウイルス感染症の最初の緊急事態宣言後、15~39歳と60~69歳で精神科外来受診の増加傾向が加速し、特に20~24歳で最も大きな変化がみられました。
●外来受診の増加は、緊急事態宣言が繰り返し実施された期間が長い地域で、より大きい傾向がみられました。一方、精神科入院は多くの年齢層・地域で減少しました。
●今後の感染症流行などの公衆衛生上の危機に備え、年齢や地域ごとに精神科医療の利用状況を継続的に把握する必要性を示す結果です。
新型コロナウイルス感染症の流行は、人々の生活や働き方、人との交流を大きく変化させ、メンタルヘルスにも影響を及ぼしました。しかし、日本でその後の精神科医療の利用が長期的にどのように変化したのかは十分に分かっていませんでした。早稲田大学人間科学学術院の可知 悠子(かち ゆうこ)准教授らの研究グループは、全国の医療保険データを用いて、2013年4月から2024年4月までの精神科外来・入院の利用状況を分析しました。その結果、最初の緊急事態宣言後、15~39歳と60~69歳で精神科外来受診の増加傾向が加速し、特に20~24歳で変化が最も大きいことが分かりました。また、その変化の大きさには地域差がみられました。本研究によって、今後、新たな感染症流行や大規模災害など、人々の生活や社会活動が大きく制限される事態が生じた際には、全国一律の指標だけではなく、年齢や地域ごとにメンタルヘルスや精神科医療の利用状況を継続的に把握する仕組みが重要と考えられます。本研究成果は2026年10月17日(土)に『Journal of Epidemiology』に掲載されました。

図1:最初の緊急事態宣言前後の20~24歳の精神科外来受診の推移。 青線:実際に観察された推移、赤破線:緊急事態宣言前の傾向が続いたと仮定した場合、灰色部分:緊急事態宣言後
キーワード:
新型コロナウイルス感染症、COVID-19、精神科医療、メンタルヘルス、若者、緊急事態宣言、精神科外来、分割時系列解析、NDB、地域差
(1)これまでの研究で分かっていたこと
新型コロナウイルス感染症の流行初期には、感染への不安や医療提供体制の混乱などにより、精神科を含む医療サービスの利用が一時的に減少しました。その後、海外では精神科外来や救急医療、入院などの利用が再び増加し、とくに若年層などで変化が大きかったことが報告されています。
一方、これまでの研究は感染拡大の初期や比較的短期間を対象としたものが多く、日本全国を対象として、コロナ禍後の精神科医療利用の変化を長期間にわたり年齢別・地域別に検討した研究は限られていました。また、日本では緊急事態宣言の実施期間が地域によって異なっていましたが、こうした地域差と精神科医療利用の長期的な変化との関係も十分に検討されていませんでした。
(2)今回の新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、そのために新しく開発した⼿法
本研究では、厚生労働省の「匿名医療保険等関連情報データベース(NDB※1)」に由来する全国規模の公開集計データを用い、2013年4月から2024年4月まで約11年間にわたる精神科医療の利用状況を分析しました。NDBは日本の医療保険診療をほぼ網羅するデータベースです。
分析には、政策や社会的出来事の前後で、それまでの長期的な傾向がどのように変化したかを評価する「分割時系列解析※2」を用いました。2020年4~5月の最初の緊急事態宣言を境として、それ以前の精神科医療利用の傾向と、その後の傾向を比較しました。また、地域差を検討するため、都道府県を緊急事態宣言の実施期間に基づく「実施強度※3」によって3つの地域群に分類しました。
その結果、精神科外来受診は、最初の緊急事態宣言後、15~19歳、20~24歳、25~29歳、30~39歳、および60~69歳で、それまでより増加する傾向が強まりました。
なかでも最も大きな変化がみられたのは20~24歳でした (図1)。緊急事態宣言が繰り返し実施された期間が長い地域では、人口10万人当たりの1日平均精神科外来受診件数について、緊急事態宣言後の増加傾向が宣言前と比べて1か月当たり0.54件分大きくなりました。中程度の地域では0.34、実施期間が短い地域では0.42でした。
また、外来受診の増加は、緊急事態宣言の実施期間が長い地域で全体として大きい傾向がみられました。
一方、精神科入院については、多くの年齢層・地域で緊急事態宣言後に減少しました。25~69歳の多くの地域では、外来の増加幅が入院の減少幅を上回っていたことから、単に入院から外来へ医療が置き換わっただけでは説明しにくく、精神科医療サービス全体の利用増加が示唆されました。
(3)研究の波及効果や社会的影響
新興感染症などの大規模な社会的危機は、すべての世代や地域に同じような影響を与えるわけではありません。本研究では、コロナ禍後の精神科医療利用の変化が年齢や地域によって大きく異なり、とくに若年層で外来受診の増加が顕著であることが示されました。
今後、新たな感染症流行や大規模災害など、人々の生活や社会活動が大きく制限される事態が生じた際には、全国一律の指標だけではなく、年齢や地域ごとにメンタルヘルスや精神科医療の利用状況を継続的に把握する仕組みが重要と考えられます。
また、若年層など影響を受けやすい集団を早期に把握し、地域での相談支援や外来医療へのアクセスを確保することは、将来の公衆衛生上の危機への備えにもつながります。
(4)課題、今後の展望
本研究では、公開された集計データを用いたため、性別などによる違いを検討することはできませんでした。また、緊急事態宣言と同じ時期には、学校休業、雇用や経済状況の変化、医療提供体制の変化なども生じており、今回観察された変化を緊急事態宣言の影響だけで説明することはできません。
また、緊急事態宣言の実施期間が長かった地域には大都市圏が多く、地域の医療提供体制などの違いが結果に影響した可能性があります。
今後は、年齢や地域による違いがなぜ生じたのかを、社会環境や医療提供体制の変化も含めて検討することが課題です。
(5)研究者のコメント
公衆衛生分野のこれまでの研究から、経済危機などの大きな社会変化は、社会的に不利な立場にある人々だけでなく、発達段階や個人の特性などによって影響を受けやすい人々にも、より大きな影響を及ぼすことが知られています。コロナ禍では、経済的な影響に加え、人とのつながりや日常生活も大きく変化しました。思春期から若年成人期は、社会環境の変化や孤立などがメンタルヘルスに影響しやすい時期でもあるため、この年代への影響をとくに懸念していました。
日本では、新型コロナウイルス感染症への対応として、他国のような強制力の強いロックダウンではなく、「ソフト・ロックダウン」とも呼ばれる比較的緩やかな対策がとられました。それでも今回の結果からは、社会への制限が比較的緩やかであった日本においても、精神科医療の利用に変化がみられ、その影響の大きさが世代や地域によって異なっていたことが分かります。今後、新興感染症や経済危機など社会を大きく揺るがす事態が生じた際には、影響を受けやすい世代や集団をあらかじめ想定し、早い段階から必要な配慮や支援を組み込むことが重要だと考えています。
(6)用語解説
※1 NDB(National Database of Health Insurance Claims)
日本全国の医療保険診療のレセプト情報などを集積したデータベースです。本研究では、NDBをもとに作成された公開集計データを使用しました。
※2 分割時系列解析
ある政策や社会的出来事が起きる前後のデータを長期間にわたって比較し、それまでの傾向が出来事の後にどのように変化したかを調べる統計手法です。政策などの影響を検討する際に用いられる準実験的な分析手法の一つです。
※3 緊急事態宣言の実施強度
本研究では、緊急事態宣言の実施期間の地域差を表すため、都道府県を低・中・高の3つの地域群に分類しました。低強度地域は最初の緊急事態宣言のみが実施された地域とし、その後も緊急事態宣言が実施された地域については、追加の宣言期間の長さによって中強度・高強度地域に分類しました。
(7)論文情報
雑誌名:Journal of Epidemiology
論文名:Long-term Age- and Region-Specific Changes in Psychiatric Service Utilization Following Japan’s First COVID-19 State of Emergency
執筆者名(所属機関名)︓可知 悠子(早稲田大学)、奥村 泰之(臨床疫学研究推進機構)、臼田 謙太郎(国立精神・神経医療研究センター)、立森 久照(慶應義塾大学/国立精神・神経医療研究センター)、竹島 正(大正大学)、西 大輔(東京大学)、黒田 直明(国立精神・神経医療研究センター)
掲載日時:2026年10月17日(土)
DOI:https://doi.org/10.2188/jea.JE20260237
(8)研究助成
研究費名:厚生労働科学研究費補助金
研究課題名:20GC2003、22GC2004、25GC2002
研究代表者名(所属機関名):竹島 正(大正大学)、西 大輔(東京大学)、黒田 直明(国立精神・神経医療研究センター)
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